道のり

ブラムの協力を取り付けて、夕刻。

ライラは村人に、宿屋建設の出資をすると返事した。

必要な金額を大まかに聞き、分割でお金を出すと約束する。



「七日ごとにお金を出すって?」



家に帰った後、ペノが面倒臭そうに言った。

「せめて一刻置きに出せばいいのに」と言い加え、ため息を吐かれる。



「ブラムに丸一日迷惑をかけるわけにはいきませんから」


「うーん、まあ……お金を受け取る方も、一刻ごととか、一日ごとに分割払いされたら困惑するかもね」


「そういうことです」



ライラは頷き、「お金に困らない力」を持つ自らの手を覗いた。

もう少し文明が進んでいる世界であったなら。

これほど悩まずに済んだだろう。

いつか悩まずに生活できるようにするため、今はあれこれと試しつづける他ない。



気持ちを整理して、翌日。

ライラはブラムに、今後の「魔力訓練」の日を伝えた。

ブラムは面倒臭そうな顔をしたが、断るような言葉を選ぶことはなかった。

やはり意外と良い人間、いや、良い魔族なのかもしれない。



「ありがとう、ブラム」


「……ちっ、面倒くせえから、とっとと魔力に慣れろよ」


「善処します」



ライラは深く頭を下げる。

居心地悪そうにしたブラムが、ライラを追い払うような手ぶりをした。

ライラは苦笑いし、早々にブラムのもとを離れた。


そうして最初のお金を手渡す日。

ライラはまず、金貨十枚を手渡した。

お金を渡した直後は落ち着かなかったが、その日は夜になってもブラムが訪ねてくることはなかった。


七日後は、金貨を二十枚手渡した。

その日もブラムが訪ねてこなかったので、ライラは気を大きくした。

ペノもまた、「まだまだいけるんじゃない?」と囃し立てた。


次の七日後は、金貨四十枚出した。

すると夕刻、ブラムが訪ねてきた。



「ずいぶん強い魔力を感じたぞ」


「やっぱりダメだった?」


「……馬鹿が。雑にやりやがったな? 徐々にでけえ魔力にしろって言っただろうが」


「すみません、反省します」


「……ちっ、じゃあな」



舌打ちしたブラムが立ち去っていく。

本当にただ、それだけを伝えるために来て、帰っていく。

口は悪いが、ずいぶん律儀に約束を守ってくれるのだなと、ライラは感心した。

まあ、友達になりたいとは思わないのだが。


気を取り直して、七日後。

ライラは金貨二十五枚払った。

細かく刻んだのが功を奏してか、ブラムが訪ねてくることはなかった。

しかしさらに七日後、金貨三十枚を払った日。ブラムが早々訪ねてきた。



「かすかに魔力を感じた。村の外では感じない程度だろうがな」


「本当?」


「ああ。今後は七日前の魔力量以下で訓練するこった」


「ありがとう、ブラム。本当に助かりました」


「……ちっ、勘違いすんじゃねえ。俺は煩わしさから解放されたかっただけだ。これからは気を付けろよ、馬鹿ライラ!」


「だから馬鹿って言わないでったら!」



背を向けて舌打ちするブラムに、ライラはしかめ面をする。

しかし長くブラムが付き合ってくれたおかげで、安全に使える金貨の量が判明した。

今後も平和に生きていくため、これは大きな前進と言えるだろう。



「じゃあ、これからは金貨二十五枚ずつ?」



ペノが言うと、ライラは大きく頷いた。

金貨二十五枚は相当な金額だ。

節制すれば、二、三年は暮らせる価値がある。

もちろんライラはさほど節制していないので、百日も持たないが。



「そうですね。宿屋だけでなく、クナドたちから買う時も二十五枚以内にしておきます」


「これで魔力の使い過ぎで眩暈を起こすことも減るかもしれないねえ」


「そういえばそうですね」


「忘れてたの?」


「買い物欲に目が眩んで、忘れていました」



ライラは笑って木戸を閉じる。

薄暗くなった屋内。ランプに火を灯すと、家中の壁が白金のように煌めいた。

ライラの家の壁は、全面壁紙を貼り付けていた。

宿屋への資金提供期間中、自宅の改装も行っていたのである。

これまでは荒い木目が見えていたが、壁紙のおかげでずいぶん明るい室内となった。


この世界の紙は、さほど高いものではなかった。

もちろん、ライラにとっては高くないという意味であるが。

ところがこの世界には、壁に紙を貼るという考えがないようであった。

紙ではなく、布を壁に貼るというのが主流らしいのだ。


それでもライラは紙を選んだ。

というのも、ライラの好む、風を通さない薄手の白布は高価であったからだ。

壁紙に使う厚手の白い紙と比べると、値段に差がなかった。


壁紙貼りをやってくれそうな職人を捜すのに、ライラはずいぶん苦労した。

苦労したわりに、貼られた壁紙の仕上がりは、やや悪かった。

ところどころに空気が入って、壁紙が浮いていた。



「まあ、最初はこんなものですよね」



ライラは唇を結び、納得することとした。

今後も同じ職人に何度も頼み、腕を磨いてもらえばいい。

そのうちに綺麗な壁紙になるだろう。



「ライラは元の世界のような生活がしたいのかい?」


「どうでしょう。不足している点については、それを望んでいるのかも」


「それは長い道のりだねえ!」



ペノが笑う。

この世界の文明レベルはやや低いからだ。

基本的な衣食住も、細やかなものはない。

庶民の着る服は、布を巻き付けたようなものが多かった。

食事は、味が濃いか薄いかの二択。

家は当然木造で、ライラの家以外はすきま風がひどい。


とはいえ、ライラにはそれらを解消する知識や技術など無かった。

何も無いから、大金を払ってやり遂げる。

これを繰り返せば、少しずつ周りが技術を上げてくれるに違いない。

自らの能力を考えれば、あらゆる他力本願の方法を模索する方が早いとライラは思った。


そうして眠りに落ちるまで、ライラは明日、誰かにやってもらうことを考える。

「お金に困らない力」をどこまで役立てるか。

月日が流れるたび、ライラのささやかな欲が広く浅く伸びていった。

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