安全の模索
行商人たちとの取引は次第に活発となっていった。
さすがは商人というべきか。
ただ商品を運んでくるだけではなかった。
都度、村人が潜在的に欲するものを調べ、先回りして運んでくるようになった。
倉庫の利用も同時に活発化した。
ただ商品を保管するだけではない。
別の地域へ輸送する中継点や、行商人同士の取引の場として利用されるようになった。
次第にメノスの村は賑やかになり、ライラの思惑通りとなっていった。
「お金を借りたいと?」
ある日。
数人の村人を前にして、ライラは首を傾げた。
「行商人たちに向けたお店を準備したいのです、ライラ様」
「宿屋が、ですか?」
「宿屋を兼ねた酒場です」
そう言った村人が、考えてきたのであろう幾つかの案をライラに話しはじめた。
ライラは商人ではないので、村人の案が良いものかどうかは分からなかった。
しかし村人の申し出を断ろうとは思わなかった。
宿屋などは、ライラ自身も準備したいと考えていたからだ。
ライラは村人たちに「明日返事をします」と答え、その日は帰ってもらった。
「どうして即答しなかったの?」
夜になり、ペノが不思議そうに言った。
ライラはベッドに寝転びながら目を細める。
「大金を出すときは、たくさんの魔力を使うのでしょう?」
「そうだね?」
「即答して大金を渡したら、またブラムが飛んできてしまいますから」
「ああー、それは間違いないね!」
「なので、先にブラムと相談します。魔力を使いたい日を先に伝えておけば、ブラムも文句言わないでしょうし。……もちろん、何のために魔力を使うかは教えませんけどね」
「なるほどね!」
ライラの考えにペノが同意する。
ペノもブラムのことがやや苦手であるらしかった。
ブラムが訪ねてきた時に面白がっているのは、ライラが困っているのを特等席で見れるからというだけだ。
ライラとしては、ブラムと相談するのは他にも理由があった。
メノスの村とその周辺に、別の魔族がいないかを確認するためである。
万が一ブラムと交流のある魔族が村へ訪れているとしたら、その日は絶対に魔力を使うべきではない。
そうした考えをまとめて、翌日。
ライラはブラムを訪ねた。
ブラムの家を知らないため、ライラは村中をぐるぐると歩き回った。
陽が高くなったころ、ようやくブラムを見つけることができた。
遠くから声をかけると、振り返ったブラムが顔面を引きつらせた。
「……な、なんの用だよ??」
「ブラムも突然訪ねてくるのに、そんな顔しなくてもいいじゃないですか」
「……ちっ、まあ、そうだな」
ブラムが自身の白髪を掻き毟る。
よほどライラに会いたくなかったらしい。
ライラは苦い顔をして、手っ取り早く用件のみ伝えることにした。
「つまり魔力の訓練をしたいってわけか……?」
事前に準備していたライラの嘘に、ブラムが素直に騙されてくれた。
ライラの嘘は「奇跡的に生まれ持った魔力をきちんと管理できるようにするため、時々訓練している」といったものであった。
まったくの嘘ではないから、ライラの良心が痛むことはない。
「そうです。だから、安全に使える日を教えてくれませんか?」
「安全にだあ? ……ああ、近くに好戦的な魔族がいたらって俺が言ったからだな?」
「それです」
「正直、それは俺にも分からねえ。この村には俺以外の魔族はいねえし、他所からも突然来るこたあなかなか無え。だが、絶対無えとは言えねえ」
「じゃあ、どうすれば……」
「でけえ魔力を使わないようにすりゃあ、気付かれはしねえよ」
ブラムがそう言い、道端の石を拾いあげた。
何をするのかと、ライラは首を傾げた。
するとブラムは、拾い上げた石を宙に浮かせてみせた。
人差し指を立て、指を中心にしてクルクルと石を周回させる。
「ライラ、お前が魔力の訓練とやらをする日を俺に教えておけ。その日に俺は、お前の家のほうへ注意を向けておく。そんで最初の日は魔力を少なく使え。そして回数を重ねるたびに魔力をでかくしていくんだ」
そう言ったブラムが、指の周りで周回させている石をもう一方の手で指差した。
くるくる回っている石が、どんどん広く回っていく。
回る石をライラの魔力と見立てているのだろう。
ある程度広く回した後、ブラムは片方の手で周回していた石を掴み取った。
ライラは初めて見た魔法に、驚きを隠せなかった。
ライラが使う「お金に困らない力」とは明らかに違う。
ブラムが使った力こそ本物の魔法だと。ライラは思った。
食い入るようにブラムの手の内の石を見つめるライラ。
鬱陶しいと思われたのか。ブラムが咳払いをした。
ライラははっとして、顔を上げた。
「……あ、え、えっと、離れたところにいるブラムが私の魔力に気付いたら、教えてくれるの?」
「……まあ。そういうこった。それで、俺には気付かない程度の魔力量がどれほどか分かるだろ。村の中にいる俺にも気付けないってことは、村の外でも気付けないってこった」
「……う、うん。その、えっと」
「なんだあ? 不満かよ??」
「え、ううん。……ブラムがそこまで手伝ってくれるとは思ってなくて」
「なんだあ!? 馬鹿にしてんのか、馬鹿ライラ!」
「ば、馬鹿って言わないでったら!」
思わずライラは怒鳴る。
間を置いて、ブラムが意地悪そうに笑った。
初めて見たブラムの笑顔。
ライラはほんの少し、心の隅にあった寂しさが消えたような気がした。
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