メノス村編 明かり

心を埋めるものは



行商人が迷いこんできたと、村人が言った。

そう思ってしまうほど、メノスの村に行商人が直接来ることはないらしい。



「ずいぶん待たせてしまった」



物珍しそうにする村人に囲まれていた行商人は、クナドであった。

ライラの姿を見るや、大きく手を振って挨拶してくる。

ライラはクナドに礼を言い、「とりあえずこちらへ」と自らの家へ招いた。



「蝋燭と衣服、あと小物をいくつか持ってきた」


「ありがとうございます。確認しても?」


「ああ、構わない」



クナドが荷台に載っていた木箱を二つ下ろす。

荷台にはライラ宛以外の多くの木箱が載っていた。

どうやらこの後、別の村や街へ行くらしい。



「ここへ寄るための手間賃も払います」


「それは商品の値段に含めてある。これは商売だからな」


「つまり割に合わないと思った時点で、終わりというわけですね」


「そういうものだ、商人ってのは」


「全く不要と思わない限りは買い取ります。あとは商人さんの目利きですね」


「その目利きで探してきたものを見ていただこうか」



そう言ったクナドが、木箱を開ける。

ひとつ目の木箱の半分は、蝋燭であった。

村で買おうとすれば三年は待たなければならないほどの量が入っている。


残りの半分は小物で、食器やティーセット、香油、そして石鹸が入っていた。

石鹸はライラが欲しかったもののひとつだ。

清潔さを保つ手段が少なかったからである。


二つ目の木箱には、衣服とアクセサリが入っていた。

事前にジュエリーは要らないと伝えてあったので、派手過ぎないものが揃えられている。



「感謝します。すべて買い取ります」


「ありがたい。正直言ってかなり儲かるよ」


「そうですか。村で売れそうなものも今後はお願いしますね」


「そいつを今日は探りに来たんだ。手探りになると思うがね。しかしあの倉庫を有効活用させてもらえればこの村で売りきれずともなんとかなる」


「もちろんです。そのために用意したのですから」



ライラは頷き、幾つかの取り決めをクナドと交わした。

そのうちライラにとって重要なことはふたつ。

ひとつは、倉庫に置かれる品の管理はライラとクナドで行うこと。

そして、売約のない品物はいつでもライラが購入して良い、ということであった。



「私が買い取ったあとに村人へ売り渡しても良いのですね」


「商売がしたいなら、それでもいい」


「商売はあまり興味ありませんが、まあ考えておきます」



ライラはそう言って、袋に手を入れた。

「お金に困らない力」を使い、金貨を呼びだす。



「ではこちらを」


「相変わらず太っ腹なお嬢様だ。それじゃあこれで取引成立だな」


「ええ。これからも宜しくお願いします」



ライラはクナドに手を差しだす。

その手を見てクナドは数瞬戸惑ったが、すぐにライラと握手を交わした。


クナドを見送ってしばらくしたあと、ライラは視界に揺らぎを感じた。

眩暈とは違う、独特の感覚。

先ほど使った力の副作用だろう。

確かに大量の金貨を出したなと、ライラは手のひらに感じた金貨の手触りを思い出す。



「……おい、馬鹿ライラ!」



突如、金貨の感触を一瞬で忘れさせるような声が鳴りひびいた。

間違いなく、ブラムの声だ。



「魔力を使ったから、ここに来たのかな?」


「そうなんじゃない?」


「早いですね。魔族って暇なの?」


「暇なんじゃない?」



ペノが我関せずといった声をこぼす。

ライラは仕方なく木戸を開けた。

するとそこにはブラムが立っていて、やや苛立ったような表情をしていた。



「また来たのですか?」



ライラはわざと、がっかりしたような顔を見せた。

ライラの態度を見て、ブラムが眉根を寄せる。



「お、お前! またでけえ魔力を使ったな!? 人間のくせに、なんでそんなに魔力をまき散らすんだあ!?」


「私の魔力って、そんなに不快ですか……?」


「不快だあ? ……ちっ、なんにも知らねえんだな! 人間にも分かるように言うならなあ、でけえ魔力を使われると大地震と大風と落雷が同時に起こったように感じるんだよ!」


「…………そんなに……?」


「俺だけなら良いがよ、好戦的な魔族に気付かれたら大事だぞ!?」



ブラムが怒鳴りつづけてくる。

ライラはブラムの言葉を受け、ううんと唸った。

まさかそこまで目立っているとは思わなかったからだ。

加えて、ブラムがライラを心配しているような言い方をしたことにも驚く。

もしかすると、意外に性格が良いのだろうか。



「それは困ります。ちょっと気を付けます」


「……あ? あ、ああ。分かりゃあいいんだよ、分かりゃあな」



素直に謝ったライラを見て、ブラムの声が静かになっていく。

顔も口も厳ついが、想像していたほど乱暴者ではないのかもしれない。

ライラはお詫びにと思い、ブラムをお茶に誘った。

購入したティーセットが早速使えるなと、やや気持ちが高揚する。

しかしブラムは即座に断り、逃げるように去っていった。



「……魔族って、お茶が嫌いなのですか?」



ライラは首を傾げた。ほんの少し、心の隅に寂しさを覚える。

最近はいつもこうだ。ちょっとしたことで、何か寂しい。

その様子を見たペノが小さく笑った。



「ライラは知らないだろうけど、この世界の魔族と人間は、そんなに仲が良くないんだよ?」


「そうなのですか?」


「そうとも!」



ペノが大きく頷いた。

この世界の人間と魔族は、長い年月をかけ一進一退の戦争をつづけているらしい。

とはいえ皆が皆いがみ合っているわけではないようであった。

魔族の中には戦いを好まない者もいるという。

幸い、人間と魔族の外見に大きな違いはないため、人間の街でひっそり生きている魔族がいるという。



「じゃあ、ブラムは魔族であることを隠してメノスの村にいるの?」


「そうだろうねえ」


「じゃあ自分が魔族であることを私に明かさないほうが良かったのでは……?」


「魔力を使えるのは魔族だけだからねえ。最初はライラのことを同族と勘違いしたんだと思うよ。ライラが人間と気付いたあとは誤魔化す知能がなかったんだろうねえ。つまり、まあ……アホの子なんだよ!」


「……じゃあ、今後はお互いのためにも距離を取ったほうがいいですよね」


「トラブルを回避したいなら、そうだね!」


「そうします。…………と言ってもまた来そうですが」


「はっはー! きっと来るね! アホの子だからね!」



ペノの愉快そうな笑い声が高く鳴る。

ライラは深いため息を吐いた。

お金に困らない生活は出来そうだが、やはりままならないことはあるということか。

悩みつつ木戸を閉じる。

再び視界が揺らいだので、ライラは寝室に籠るのだった。

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