極大魔法級


「こ、子供って?」


「たぶん、十歳くらいだよ」


「……え、う、嘘?」



ペノの言葉を受け、ライラは目の前にいる男を凝視した。


男はライラよりも背が高く、体格もたくましかった。

白髪の下に見え隠れする鋭い目。精悍な顔。

どう見ても十歳とは思えない。



「魔族は成長が早いんだ。あんなもんだよ」


「あの口の悪さも?」


「それは個人差かな!」


「うぐぐ……」



ライラは奥歯を噛み締め、項垂れる。

そうやってペノと話をしているうちに、魔族の男が近付いてきた。

悪そうな顔で、ライラを睨みつけながら。



「なにをぐちゃぐちゃ言ってやがる!?」



魔族の男がライラの目の前に立った。

ライラは恐れて退きたくなったが、ぐっと堪えた。

今ここで退けば、この先もずっと退かなくてはならない気がしたからだ。



「……私の家の前で、私がなにをしていても、あなたには関係ないでしょう?」



ライラは語気を強めて言った。

威圧してくるならば、こちらも威圧して返すまでだ。



「あ、ああん!?」


「私に悪態吐く以外の用事がないなら、さっさとどこかへ行ってくれませんか」


「なんだと!?」


「無礼だし、迷惑だし、関わりたくないんです」


「な、ん、ななな、あ!?」



ライラはやや早口で捲し立てた。

魔族の男が焦りだす。

次第に顔が真っ赤になってきたので、ライラは息を吐き、威圧するのを押さえた。

あまりに怒らせて暴れられては、自分の手に負えないと思ったからだ。

口はともかく、腕力では確実に叶わないだろう。



「とにかく」


「……あ、なんだ、よ?」


「名前も知らない人に、こうやって家を覗かれたくはないです」


「……ちっ、うるせえ、馬鹿女が。……てっきり俺は…………」



魔族の男が地面に唾を吐き、声もこぼす。

ほんの少しは反省したようだ。

ペノの言う通り、中身はまだ幼いらしい。



「分かったよ、とりあえず出直す。それでいいだろうがよ、馬鹿女」


「また来るの?」


「うるせえ! 来たくて来たんじゃねえ! お前が馬鹿みたいに魔力をまき散らすから、様子を見に来ざるを得なかっただけだ!」



魔族の男が怒鳴った。

ライラは驚いて、肩の上にいるペノに目を向ける。

ペノがさも当然と言わんばかりの顔で、「まあ、そうだよ?」と囁いた。



「ライラが『お金に困らない力』を使うときは、魔力を使ってるんだ。小銭程度なら微量だけど、大金を出すときは極大魔法級の魔力を使ってるんだよね。もちろん人間には気付かれないけど、魔族が近くにいたら気付かれるよ」


「……そういうことは早く言ってくれませんか」


「聞かれなかったので!」



ペノが愉快そうに小さな身体を揺らす。

ライラは呆れたが、気持ちを切り替えて魔族の男に視線を向けた。

男が怪訝な表情でライラを見ている。

独り言をつぶやいているように見えたのだろう。

ライラは取り繕うようにして、男に向かって頭を下げた。



「不快な思いをさせたならごめんなさい」


「……あ、あ?」


「謝ったの。私も悪かったです」


「そ、そうかよ? ……それなら、まあ。それでいい。……俺も驚いて来ちまっただけだからよ。じゃあな」


「ええ」



ライラは翻った魔族の男に手を振る。

男の背を見て、やはり子供には見えないなとライラは思った。

どちらかと言えば、ライラのほうが年下に見えるだろう。


そう思いながら魔族の男を見送っていると、突然男が立ち止まった。

おや、とライラは首を傾げる。



「……ブラム、だ」



魔族の男が声をこぼした。

独り言ではなく、なんとかライラの耳に届くような声で。



「え?」


「……俺の名だ。名前も知らねえやつに近付かれたくねえんだろ」


「あ、なるほど」


「……ちっ、じゃあな」



ブラムと名乗った男が去っていく。

その声と背はどこか寂し気で、息苦しそうにも見えた。

ライラはほんの少し心苦しくなる。

ちょっと言い過ぎてしまっただろうかと。



「あ、あの」



声をかける。

間を置いて、ブラムの足が止まった。



「……ライラよ。次来るときは、変なことしないで」


「うるせえ、馬鹿女」


「ライラだってば!」


「るせえ! 馬鹿ライラ!」



ブラムの声がひびく。

その声はまだ息苦しそうではあったが、先ほどより寂しさを含んではいなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る