プロローグ 後編


 清子から連絡をもらい、眠気まなこをこすりながら現れた剣介の従兄弟の慎二しんじ


「昨日の夜、凄い音がしてたなぁ。──で、何だよこんか朝から。ん? 剣介、お前……それって刀じゃないのか? 居合道でも始めたのかよ」


 鞘から抜かれた刀は刀身まで黒く、全てを斬り刻めそうな刃をしている。光を反射させているその刃は、幾分悍いくぶんおぞましく感じるのは気のせいではないだろう。


 剣介は左手に鞘を持ち、その刀を右手で縦に持ち慎二に答えた。


「昨日の音の正体はこの妖刀だ。そこに突き刺さってたんだ」


 剣介がそう言いながら地面を指差す。


「妖刀? なんで妖刀だって分かるんだ? それに、突き刺さってたって……鞘を持ってるってことは、鞘に納まったまま地面に突き刺さってたのか? 空から降ってきたみたいに言うじゃないか。はっはっはっ」


 慎二の笑い声に被せるように、その声は離れた所から突然聞こえてきた。


「何が可笑しい? 空から降ってきたに決まっているではないか」


 剣介と清子、従兄弟の慎二が集まって話をしているところへ、突如一人で現れたその声の主は女。


 神竜家の敷地内に足を踏み入れてくるその女に、皆が視線を向けると剣介がおもむろに女に尋ねた。


「綺麗なお姉さん、だな。人の敷地に勝手に入ってくるあんたは誰なんだ?」


 その女は、綺麗な銀髪のロングヘアをなびかせ、サングラスを掛けている。

 黒のライダースーツのような服が体のラインを浮き立たせ、スタイルの良さを際立たせていた。


 すると、女がサングラスを取って話す。


わらわのことを知ってどうする? そんなことより、その刀は妖刀などではない。──貴様の名は、神竜……というのか? 神竜よ、その刀でわらわと勝負しろ」


 そう言葉にし、サングラスを胸元に掛け剣介に近寄る女……。

 サングラスを取った女の目を見て驚く三人。


「──なっ!? お、お前はあやかしか? 黒い目とは……。もしかして、この刀に引き寄せられたのか? それに、人の体力を奪う刀なのに、妖刀じゃないだと? まあ、それはどうでもいい。──で、勝負しろだと? ふっ……俺は剣道五段なんだぞ?」


 銀髪の女が腕を組み首を傾げた。


「ケンドウ? ケン、と付くからには剣撃のことだな? 貴様の自慢するその剣撃を、素手で受けてやる。貴様が強ければわらわが斬られるが、わらわを斬れなかった時は……死ぬと思え。──どうする? やるか? やらぬか?」


 銀髪の女の言葉に、剣介と清子、慎二が笑った。


「「「わっはっはっはっは」」」


 剣介だけが笑うのを止め、銀髪の女をジッと見た。



 ── それにしても綺麗な女だな……。あやかしなんだろうが、何とも言えん妖艶ようえんさがある。──背は俺が177センチだから、170センチくらいか? 身長は申し分ないが、如何せん細い。



 銀髪の女の見定めを終えた剣介が。


「ふっ、可怪しな女だ……。俺が死ぬだと? その言葉、そっくり返してやる。おい、人らしからぬ人よ。お前があやかしなら、斬っても問題ないだろう。──お望み通り相手をしてやる」


 剣介が刀を構えたその時、家の玄関が開く音が聞こえた。


 剣介と清子の5歳の子供、神竜巌上しんりゅうがんじょうが長袖のシャツにパンツ姿で玄関から走ってくる。


 起きたら誰も居なかったので、外に探しに来たのだろう。


 外に出た巌上がんじょうが見たものは、父の剣介が黒い棒を持って構えている状態。

 戦隊モノが好きな巌上がんじょうは、今からお父さんが誰かと戦うと思ったのだろう。


「おとうさんがんばれ〜!」


 そう叫ぶ巌上がんじょう


 突然聞こえるその声に剣介が振り向くことはなかったが、手を上げて応えた。


「──なんだ? あれは貴様の子か?」


「ああそうだ……巌上がんじょう神竜巌上しんりゅうがんじょうだ。──お前が聞く最後の名前になるだろう……あやかしよ、死ね」


 剣介が構えた手に力を入れ、怪しげな女に斬り掛かった、が。


「な、何!? う、腕で止められた……。こ、この刀は斬れない刀なのか? やはり妖刀……気紛れなのか?」


 左腕一本で剣介の振った刀を受け止めた銀髪の女。


「──斬れぬ訳がなかろう。まだ妖刀などと言っておるのか……。その刀は最強の矛だぞ? そんな刀を握っておるのにこんなものとは……つまらん。わらわをがっかりさせたのだ、約束通り死んで詫びろ」


 銀髪の女の雰囲気が変わった。


「ま、待て……これは本物の刀じゃない! それを証拠に……痛っ!」


 剣介は玩具だという証拠を見せようと、刃に指を滑らせた。軽く滑らせたにもかかわらず、指先から真っ赤な血がダラダラと流れ出す。


 とんでもない刃の切れ味に、剣介の顔が青くなり刀から手を離してしまう。



 ── 何なんだ? 触れただけで指を持っていかれそう切れ味なのに、銀髪の女の腕が斬れないのは何故だ?



 そして、剣介は両手を上げて降参の意を表した……が、それは一瞬だった。


 そこにいる皆が気づいた時には、剣介が離れた所に倒れている。


「きゃー! あ、あなたー!」


 剣介に駆け寄る清子。

 たが、剣介はもう呼吸をしていなかった。


 慎二は震え、全く動かない。


 巌上がんじょうは指をくわえて銀髪の女をジッと見ている。


 銀髪の女が、清子が剣介に被さり泣き叫んでいる光景を見ながら口を開いた。


「──此奴こやつではなかったか……わらわとしたことが、ちと急ぎ過ぎたようだ。大人なら大丈夫かと思うたが……その矛を扱っておるところを見てはしゃいでしまったようだな……。まあ良い、楽しみはとっておこう。──おい、そこの貴様。その刀は最強の矛、斬れぬ物はないと謳われている代物だ。ここに降って来たという事は、貴様達の身内から扱える者が出てくる筈……。何年先に出てくるか知らぬが、それまで家宝として大切に保管しておけ。──その最強の矛を扱える者が現れるのを、わらわも待つつもりではいるが、あまりにも遅ければ待つのを止めて全てを終わらせる。よいな……」


 慎二にそう言葉を残し、銀髪の怪しげな女は去って行った……。



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