第37話「勇気を振り絞ってグラウンドへ」



 ✡ 京子視点 





 貴史たっくんが朝一番で家に荷物を取りに出掛けた。私は笑顔で見送り、貴史たっくんが見えなくなるまで手を振った。


 貴史たっくんが見えなくなると、不安にかられ服の胸元をギュッと握る。


「はぁ〜……。また一人になっちゃった。貴史たっくんはすぐに帰るって言ってたけど、お母さんもお父さんもそう言って帰ってこなくなったのよね……」


 一度は死にたくなるくらい不安にかられたけど、貴史たっくんと出会うことで気持ちが楽になった。

 なのに貴史たっくんを送り出すと、あれだけ笑って不安もなく過ごした昨日からの短い時間が錯覚だったのかもしれないと、また不安に陥る。


 家の中に入っても、一人は一人。

 不安の中一人で何もせずに座っていると、どうしても両親のことを思い出してしまう。


「──駄目だわ。やっぱり気になる……。考えただけで足が震えちゃうけど、勇気を出してグラウンドへ行ってみようかな」


 私は、貴史たっくんと出会って話をしたことで、少しだが勇気を出せるようになっていた。


 お母さんとお父さんをここで探さずにこの先を生きていくと、絶対に後悔してしまうだろう。探しに行って、もし怪我で動けない状態なら助けられるし、もし息をしていなくても、見つけることが出来れば気持ちの整理がつく。


 出来れば怪我で動けない状態であってほしいと願いながら、家を出てグラウンドへと歩いた。


「胸が苦しいよ、お母さん……お父さん」


 優しかったお母さんとお父さん。あの日は私の12歳の誕生日パーティをする筈だった。

 お母さんの美味しい手料理に、いつもお父さんが買ってきてくれる大好きなケーキ。


 二人がコソコソと誕生日パーティの打ち合わせをしていることは知っていたが、知らないふりをしてあげていた。



「京子は、あれか? その……学校で流行ってることとか、京子が……いや、と、友達が欲しがってる物ってあるのか?」


 お父さんのたどたどしい質問。

 私の誕生日プレゼントを何にするか迷ってるのがバレバレなのよね。


 お母さんにしても。


「京子、明日はお父さんと町内会の盆踊りに行かないといけないから、もしかしたら皆と夕食を終わらせて来るかもしれないわ。その時はお願いね〜」


 そう言っていたのに、朝出て行く時に「すぐに帰るからね」なんて言ってた。


 私のことを凄く大切にしてくれる両親。

 色んな思い出で頭をいっぱいにしながら歩いていると、グラウンドに到着した。


「な、何あれ?」


 グラウンドといっても、金網の外周には遊具が点在しており、子供が遊べるようになっている。その遊具がある広場に足を踏み入れすぐに目に入ったのは、グラウンドにある黒いタワーのような物。


 恐る恐る遊具を避けながらグラウンドへ近づくと、棒を握り締めた人が血を流して倒れていることに気付いた。


「ここもモンスターに襲われたんだわ。この人、一人で棒を持って戦おうとしたのかしら?」


 その倒れている人の周りには誰いなかったので、そう解釈した。手を合わせようと、倒れている人に近づくと。


「あれ? この服……お、お父さん!」


 間違いなくお父さんだ。私はお父さんに駆け寄り、体を擦りながら必死で叫んだ。


「お父さん! 大丈夫? ねぇ、お父さん! 起きて! 返事をしてよ……」


 駆け寄って気付いた。

 体のあちこちに何かに噛まれた跡があることに。服が破れているのに見えるはずの肌が見え無い。破れた服と同じ幅で肉体まで無くなっている。それがあちこちに見える状態に、手遅れだと悟った。


「お……お父さん。私を助けようと一人でモンスターに向かって行ったのね……。喧嘩も出来ない癖に……。あ……あり、がどう゛〜……お父ざん。うっうわ゛〜」


 暫くの間、横たわるお父さんの背中で泣いた。


「ひっく、ご、ごべんね、お父さん。後でちゃんと埋葬してあげるから待っててね。くっ……今から……お、お母さんを探してくるね」


 いくら話し掛けても返事を返してくれることのないお父さんにそう声を掛け、今度はお母さんを探した。


「あの……真ん中の黒い塊はなん、なのかな?」


 目に涙が溢れ、視界がおぼつかない。

 いつもなら見えるはずの距離にある物が今は見えない。足を一歩一歩進める度に、見えなかったその光景がハッキリと見えてくる。認めたくはないが認めざるを得ない……これは人の塊だ。

 焼けて黒焦げになった人が重なり合っている。


 お父さんが居た位置から真っすぐに歩いてきた。今の私の位置から黒いタワーまでの間に、黒く焼け焦げながらも左腕を伸ばして倒れている人がいる。


「この人も誰かを助けに行きたかったのね」


 そう呟き、焼けた遺体の傍にしゃがんで目を閉じ手を合わせた。


 目を開けて立ち上がろうとした時、焼けた遺体の首元に光る物が見えた。


「ススで黒くなってるけどネックレスよね? 右手でペンダントトップを握ってる……」


 私は、ハッとした。


「も、もしかして……お母さんじゃ……」


 この倒れている人が左腕を伸ばした先には、息絶えたお父さんがいる。そして、このお母さんだろう人が守るように握っているペンダントトップ。



 ── 焼け焦げて顔も確認出来ないけど、お、お母さん、だよね……。



「お母さん……だよね? こんなに、真っ黒に……なっちゃ……って、顔が分からないじゃない……」


 私は溢れ出る涙を拭うことなく、握られて見えないペンダントトップを確認しようと、震える手で硬く折り曲がった指を一本一本開いていった。


 そして露わになったそのペンダントトップ。それは、私が修学旅行のお土産にと伊勢で買った安物のそれと同じだった。


 もう、私の目は役に立たない。


「やっぱり……お、母さん……だ」


 何も……考えられない。


 とめどなく溢れ出る涙。

 悲しみで胸が張り裂けそうになる。でも、その感情を押し殺そうとはしなかった。私の中で、ここで二人にお別れをしたかったから。


「悲しい……けど、最後に会え、て良かっだ……。──大好き、よ。お゛母ざん……お父゛さん……」


 私は思う存分泣いた。



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