第36話「希望溢れる未来へ」


 京子の問に、俺には珍しく力強く答えた。


「京子に会うまでは、町を壊滅させたモンスターを倒すことが目標だったんだけど、今は俺の心を開放してくれた京子を守りたい。だから今から俺の目標は、京子をずっと守り通すこと。それ以外に大事な目標は設定しない。身体を鍛えることも、モンスターを倒すことも、その目標を守る為に必要だからもう目標だとは言わない。──勝手に俺の目標にされて迷惑?」


 首元に回った京子の腕が、首と腕に少しあった隙間を埋める。


「迷惑なんかじゃないわ。とっても嬉しい。私も12年しか生きてないけど、今日が一番幸せ。──じゃあ私の目標は……貴史たっくんの隣にいても不釣り合いな女にならない。どう?」


 京子の腕を首元から離し、向き合って手を取り見つめ合う。


「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、今は俺のほうが京子に釣り合ってないから、まずは京子の目標に見合う男になるよ。だから、お互い目標に向かって頑張ることを誓おうよ」


 京子がゆっくりと頷く。


「ほんとに京子に出会えて良かった」


「私もよ」


 暫く沈黙が続いたあと、いきなり話題を変えた。


「一つ訊いてもいいかな?」


「なによ、唐突に……」


 大した話ではないが、どうしても訊きたかったことがある。


「京子の職業のことなんだけど、『くノ一』って忍者のこと?」


 俺のその質問に、京子が大きくため息をついた後に、「ちっちっちっ!」と舌を鳴らしながら人差し指を立てて左右に振った。


「改まって訊きたいなんて言うから、少し構えちゃったじゃない……。『くノ一』っていうのは貴史たっくんの言うように女忍者なんだけど、一説には情報収集をするスパイなんて言われてるの。敵のアジトに潜入して情報を集めるのが得意なのよ。情報っていうのはお金を出しても欲しがる人が多くて、知ってる知らないで未来が変わるくらい大事なのよね。だから私は職業を『くノ一』にしたの。因みに、『くノ一』って、漢字の女を崩したものって知ってた?」


 頭が良い人は考えることがやっぱり違う。俺なんか刀が好きってだけで、侍を希望したのに……。

 残念ながら侍にはなれなかったけど。


「そうなんだぁ。俺の知らないことばっかりだよ。教えてくれてありがとう」




 ❑  ❑  ❑




 色々とあった一日が終わり、10月29日の朝を迎えた。


 朝起きた時に寝ぼけて、京子のことを「お母さん」と言ってしまい、大いに笑われた。笑いながら俺の顔を見た京子が、「顔がダルマみたい」と言って、また笑い出す。


 多分、不安がなくなって初めてぐっすり眠れたから顔がむくれたんだと思う。そんな俺の顔を見て、お腹を抱えて笑う京子を見ていると、何故か自分まで可笑しくなってきたから不思議だ。


 京子が作ってくれた朝食を平らげ、朝一番で自分の家に一人で帰ることに。


「それじゃあ家に帰って必要な物を取ってくるよ」


「うん。早く帰って来てね。いってらっしゃ〜い!」


 京子に手を振り、自転車で家を目指す。


「なんか仕事に行くみたいだな……ははっ」




 ❑  ❑  ❑




 自分の家に到着したけど、家から出て山の麓まで行った時よりかなり早かったように感じる。



 ── 京子の『隠滅』の効果のお陰だな。



 ここに来るまでに人には会わなかった。もうこの町で生きている人はいないのだろう。


 玄関から家に入ると、もちろん出て来た時のままだったので一度手を合わせた。

 京子の家に住む為に必要な物を漁り、エネビ玉と一緒に大きな鞄に詰めていく。


 両親の部屋に行き、横たわる母に手を合わせてなるべく見ないようにしてタンスに向かった。


 タンスを漁ると手に硬い物が触れ、服をめくると札束に遭遇。使うかどうか分からないが、お金はあって困るものじゃない。


「こんなとこに札束を隠してたなんて……」


 見つけた札束を全部リュックに詰め込んだ。全部の部屋を回り、持てるだけ色んな物をかき集める。



 ── 皆をこのままにはしておけないよな……。どうしようか?



 そういえば、一度だけお葬式に出たことを、断片ではあるが思い出した。


 あの時は確か……。




 ━ ━━━━━


 ─ お葬式 ──



「それでは皆様、これでお別れとなります。合掌のほどお願い致します」


 お葬式場の担当の人がお別れだと言いい、棺を狭い部屋に入れた。

 皆が手を合わせる中、分厚い扉が閉じられる。


 暫く外で話をしていると、父が皆にこう言った。


「亡くなった人は、ああやって天国へ行くんだよ」


 父の視線の先には煙突があり、煙がモクモクと上がっている。父が火葬だと教えてくれ、亡くなった人は燃やすということをその時初めて知った。




 ━ ━━━━━




 そんな感じだったことを思い出す。



 ── 火葬か……。



 俺はあることを思い立ち、家の外へ出ると車庫に置いてあったガソリンを持ってもう一度家の中へ。



 ── これで家ごと全てを燃やそう。



 二階からガソリンを撒き、玄関まで撒き終えると、ドアを閉める前にもう一度手を合わせ言葉を贈った。


「お葬式も出来なくてごめんなさい。今から家に火を点けるよ。火葬の代わりになるか分からないけど、安らかに眠ってほしいです。俺のことは心配しないで。──って、心配なんかしてないか……。まあいいや、最後に報告しとくよ。俺に女の子だけど仲間が出来たんだ。それに、俺のスキルは凄いスキルだったよ。お父さんが何時も言ってた大物に俺はなるから……」


 そう言葉を贈り、一礼した後にドアを閉めてマッチに火を灯し、出来るだけ体を離してそっと下に置いた。


 着火した瞬間走って遠くまで逃げ振り返ると、火はみるみる燃え広がり家をあっという間に包み込んだ。


 その様子を黙って眺めていた。


 火を見つめていると、色んなことが頭をよぎる。楽しかったことや悔しかったこと、辛かったことに我慢したこと。寂しかったことや、泣いたこと等。


「殆ど嫌な想い出ばかりだな……」


 これからは、嫌な思いをしたとしても今までとは違う。隣には京子がいるし、ステータスに対する不安もない。


 今迄の情けない俺もここに捨てていく。


「──それじゃあもう行くよ」


 京子が心配するといけないので、深く一礼してこの場を立ち去ることにした。


 眺めていた家を背に、希望溢れる未来へと一歩を踏み出した。


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