第30話「子を想う親の気持ち」
いきなりのモンスターの襲撃に、叫ぶ者、泣く者、狼狽える者と、皆が戦々恐々としている。
「朝川さん!」
さっきのダイエットおばさんこと白井さんが、娘の愛美ちゃんを連れてドタドタと朝川夫婦に近寄り話しだす。
「京子ちゃんはどこなの!」
「き、京子は家で……留守番してるのよ……」
「くそっ! 母さん、俺は京子の所に行ってくるぞ! もしかしたら、家の方も危ないかもしれない。──今日は京子の誕生日だというのに……」
その言葉に朝川お母さんが、朝川お父さんの服を引っ張りながら言う。
「行ってくるって……モンスターの大群に囲まれてるのに、どうやって通り抜けるのよ!」
朝川お父さんが渋い顔をしていたかと思うと、服を引っ張る朝川お母さんの手を払い除け、突然舞台の方へと走っていった。
「ちょっとお父さん!」
朝川お母さんの心配をよそに、返事をすることなく走って行く朝川お父さん。だが、すぐに帰ってきた。
「──舞台の下に資材があったのを思い出したんだ。ほら、丁度いい鉄の棒があった。母さんは何とか逃げろ。ここにこれだけのモンスターがいるとなると、町中も危ないだろう。京子もモンスターに襲われてるかもしれないと思うと、ジッとなんてしてられない。UAFが来るには時間が掛かるだろうしな……。早く助けに行ってやらないと!」
「それは私だって同じだけど……。でも、に、逃げろって……どうやって? この町にはダンジョンもモンスターも現れなかったから、ここにいる人は生活に便利なスキルしか持ってないのよ? 私のスキルだって『速読』と『速記』よ? そのスキルでどうやって逃げるのよ……」
朝川お父さんが朝川お母さんの両肩に手を置いた。
「分からん……か、母さんなら出来る! ここは人も沢山いるし、誰か強いスキルを持ってるかもしれない……だから大丈夫だろ。──母さんも連れて行きたいが、俺の力じゃとても無理だ。だから、後で会おう……愛してるよ、
朝川お父さんがそう言いながら、朝川お母さんを強く抱きしめた。
意を決したように抱きしめていた手をサッと離すと、鉄の棒を振り回しながらモンスターの大群の方へと突っ込んで行く朝川お父さん。
「俺の『俊敏』で、あの大群を抜ける! そして、京子を助けに行くんだ! ──スキル発動『俊敏』! どけどけーー!」
スキル『俊敏』とは、デスクワークでのパソコン操作・伝票等の筆記や営業などの外回りで、手足を素早く動かしバリバリ仕事をこなせる優れたスキルだ。
「うわっ、勇気あるおじさんがモンスターの大群に突っ込んだぞ! 動きが、は、速い!」
朝川お父さんの後ろ姿に勇気を見た町民の1人が、そう言って感心している。
朝川お父さんに一方的に抱き締められ、言葉を返せなかった朝川お母さんが。
「待ってお父さん! いや、
朝川お母さんの声が、モンスターのうめき声によりかき消されていく……。
「ガルルー! ガウッ!」
朝川お父さんが走り出したのを見てか、モンスターの群れの中から銀色の毛をした狼のようなモンスターが三体、唸りを上げて飛び出てきた。
その内の一体が、朝川お父さんに飛び掛かる。
「せりゃー!」
スキル『俊敏』を発動している朝川お父さんが、飛び出てきた銀色モンスターに向かって鉄の棒を振り下ろした。が、戦闘経験の無いお父さん。
残念なことに鉄の棒を振り下ろすのが早過ぎたせいで
「しまっ……うわっ!」
振り下ろした鉄の棒が地面に叩きつけられて跳ね返り、朝川お父さんに飛び掛かり噛みつこうとする銀色モンスターに偶然当たった。
「キャウンッ!」
「当たった……いける、いけるぞ!」
そう思ったのも束の間、左右に陣取っていた二体の銀色モンスターが朝川お父さんを襲う。
「ガウーーッ!」
「うわーー! き、清美ー、京子ーー……」
鉄の棒を
「ぐわーー! くぞっ……こ、こん……な……あいじ……で……」
あっけなく命を落とした。
「あなたー!」
その様子を見ていた朝川お母さんが、朝川お父さんの元へ駆け寄ろうとしたが、近くにいた人に腕を握られ止められた。
「行っちゃ駄目だ! あんたも殺されるぞ!」
「嫌、離して下さい……あなた! あなたっ!
朝川お母さんの悲痛な叫び声が、あろうことか周りにいる全てのモンスターを動かした。
「グガァァァーーーー!」
逃げ場のない町民が、悲鳴を上げながら舞台の上へ我先にと登り出す。
迫るモンスター。
惑う町民。
すると、てるてる坊主のようなモンスターが、大群の前に出てきたかと思うと、手のひらを上に向け火の玉を作り出している。
舞台を囲むように現れたてるてる坊主モンスター数体が、作り出した火の玉を次第に大きくしていく。
火の玉は大玉転がしの大玉程に膨れ上がった。
「早く上がれー!」
「ちょっと、押さないでよ!」
「うわー! 火の玉が飛んで来たぞー!」
「誰か! 水のスキルを持ってないのか!」
「お、俺の『花の水やり』でもいいかー?」
「お前! こんな時にふざけるなーー!」
迫りくる火の玉に、慌てて足を踏み外す人。落ちてきた人を踏み付ける人、上の人の服を引っ張る人など……舞台付近は大混乱。
四方八方から飛んでくる火の玉。
「も、もう駄目だーー!」
「神様! 助けて下さい!」
「UAFは何をしてるんだー!」
諦める人、神頼みする人、子供を抱きかかえオロオロする人、舞台の上へ登るのを諦めない人……その全ての人が待ち望んでいない火の玉が、今まさに届いた。
次々に届く火の玉によって、人にも舞台にも着火し、瞬く間に火に包まれていく。
「ぎゃーー!」
「熱い!」
「イヤーー!」
「死にたくないー!」
火はどんどん成長していく。丸太で作り上げた舞台は火の燃料となり、激しく燃える火が人の髪を燃やし皮膚を溶かす。
その場にある全てを巻き込み、火はやがて燃え盛る炎と化した。
どんどん燃える人と舞台。炎は大きな火柱となり、人の声は次第に薄れ消えていった。
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