第29話「グラウンドでの出来事」



 ─ 大きなグララウンド 一昨日 ──







「はい、皆さんお待たせしました! 町内盆踊り大会を開催いたします!」


 会場となったグラウンドは、野球場一面が作れる程の大きさだ。今日は沢山の町民が詰掛けている。


 そんな大きなグラウンドの真ん中に、丸太を使って3メートル程の高さがある舞台が作られ、四角いその舞台の真ん中には大太鼓がドンと置かれおり、お祭りの雰囲気を存分に醸し出していた。


 マイクからの声が止むと大太鼓の音が鳴り響き、町長が音楽プレイヤーを再生すると飛ばされた電波がスピーカーに届き音楽が大音量で流れた。


 その大太鼓の周りをぐるぐる回りながら、マイクで話す御歳六十後半の町長さん。町長さんが音楽を流して太鼓を叩く。中々にアグレッシブな男である。


「普通盆踊りっていったら夜じゃない? 本当に町長ったら型破りよね〜」


「本当、本当。あら! 奥さんそのスカート可愛いじゃない。どこで買ったのよ!」


 主婦が踊るでもなく、知り合いと話に花を咲かせている。


「お父さ〜ん、こっちこっち!」


「ひえ〜、なんだこの人の多さは。母さんを見失って迷子になるところだったよ」


「嫌だ、止めてよお父さん。お爺ちゃんじゃあるまいし」


「はっはっはっ、お爺ちゃんか、こりゃ母さんに一本とられたな! わっはっはー」


 別の場所では仲のいい夫婦が話している。そこへまた別の主婦がやってきたようだ。


「あら、朝川さん! こんにちは~。なになに? 旦那さん迷子になってたの?」


 この主婦はちょっとお太りになっているようだ。


「あら、白井さ〜ん。嫌よね〜、男の人って」


「本当よね〜。──それより京子ちゃん、もうすぐ中学よね。なによあの色気! 可愛い顔してるし、羨ましいわ〜」


「白井さんとこの愛美ちゃんも可愛いじゃな〜い」


「そうかしら? 私に似たからじゃない? ほっほっほ」


 井戸端会議が始まった。開始の合図は『あら、』と、声を掛ける事が話してもいいかしら? の合図。『あら、』と、返す事がいいわよ! の返事だ。


「ちょっと朝川さん、そのネックレスどうしたの?」


 朝川お母さんが、首にかけているネックレスに手をもっていき。


「コレね、京子が修学旅行で伊勢に行った時に買ってきてくれたのよ。高価な物じゃないけど、気持が嬉しくてねぇ……。毎日着けてるのよ」


「羨ましいわ〜。やっぱり値段より気持ちよね〜。私は甘い物の方がいいけど」


 朝川お母さんが顔を引き攣らせているその横で、朝川お父さんが白井さんの頭の上から足の下までジロジロと見た後に口を開いた。


「白井さんちょっと痩せたんじゃないの?」


 白井さんが間髪入れず切り返す。


「あらイヤらしい! 朝川さんの旦那さん、どこ見て言ってるのよ〜。でも、分かる? ダイエットしてるのよ、ダイエット!」


 白井さんのその言葉に、朝川お母さんが反応する。


「あら、そうなの?」


「聞いてくれる? この間スーパーで新しいお菓子が発売されててね……お芋のスナックなんだけど〜、私ダイエットしてるから一袋で我慢してたの。そしたら、娘の愛美が三袋買って私の横で食べてんのよ! 私がダイエットしてるの知ってる癖によ! だから〜、一袋取って食べてやったの〜。おっほっほっほっ」


 朝川夫婦が二歩後に下がって苦笑いした。


「そ、それは大変だったわね〜。──ダイエット頑張って!」


 朝川お母さんがするガッツポーズに、白井さんがお腹を叩いて返した。


 音楽が流れ、踊りに会話と賑やかなグラウンド。


「それでは! 次の曲いっ……えっ? なに? 折角盛り上がってきてんのに話掛け……え? ──あっ! 忘れてたよ!」


 舞台に一人の若者が上がり、町長に何やら耳打ちしている。それに対し町長がマイクのスイッチを切らずに応えているので、会話が丸聞こえになっていた。


「すいません、町民の皆さん! わたくし忘れっぽくていけません。でも、認知症ではありません。次の曲には、まだ行きまっせ〜ん……はい! インを踏んでましたよね? ロック、いや……ラップですか? まだまだ若い者には負けまっせ〜ん! ──の、町長からお知らせです。え〜っと、なんだっけ? ああ、そうそう、ゴミの……へっ?」


 調子良く話していた町長が、マイクを口元に置いたまま固まっている。

 盆踊りに参加している沢山の町民が、いきなり話すのを止めた町長に目をやった。


「な、な、な……」


 町長が、「な」を連発しながら舞台の上をグルグルと回り。


「モ!」


「も?」


「モ!」


「も?」


 町長と町民の掛け合いが始まったと思いきや。


「モンスターだーー!!」


 町長がそう叫びグラウンドの外周に向かって指を指した。その場にいた町民全員が町長から目を離し、町長が指差す方へ目をやった。


「えーー!?」

「きゃー!」

「な、なんだ? モンスターだらけじゃないか!」

「わ、私、さっきあの金網の間からグラウンドの中に入って来たところよ? あ、あんなモンスターいなかったのに……」

「モ、モンスターの襲撃だー!」


 ある人は叫び、ある人は口を開けて呆然とし、またある人は手を合わせて祈っている。


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