第2話「首相官邸にて」
─ 首相官邸
静かな部屋にスマホに届く着信音とバイブによる振動音が突然鳴り響いた。
深い椅子に腰を掛けた男が、その音を聞きながら指でリズムをとっている。
指を動かす以外に暫く動きを見せなかった男が止まない音に一つため息をつくと、デスクの上に置いてあったスマホに手を伸ばし、液晶画面に目をやる。
また一つため息を漏らし、おもむろに応答した。
「──私だ……ああ、慌てた声でどうしたんだ? ん? なんだって? 神竜家にまた男の子が産まれて、その子の価値が0円になっているだと? どうなってるんだ、あの家は……。──ああ、分かった……。いや、お前は仕事をしててくれ、その話はあいつを呼んで聞く」
その一報は首相官邸の一室に陣取る、ある男に入った。
「あの家は、やはり呪われてるのかもしれんな……」
緊急の知らせだった為、短い通話で終わらせそう言葉にするのは、日本のドンこと総理大臣の
「おい、杉本を呼んでくれ」
重厚なデスクに置かれている固定電話のタッチパネルに触れ、スピーカーに向かってそう指示した。
❑ ❑ ❑
伊織総理からの呼び出しに応じ首相官邸までやって来たのは、警察庁長官の
歳は60手前だが、とにかく恐い顔をしている。白髪のオールバックに、薄茶色の眼鏡が怖さに拍車を掛けている。
貫禄が服を着て歩いているような男だ。
「遅くなってすみません」
「いや、急な呼び出しですまんな……。まあ、掛けてくれ」
杉本長官が通されたのは、首相官邸にある一部屋。深々としたソファに対面で座る2人。
「神竜家に産まれてきた子の話は聞いてるか?」
「──だいたい予想はしてましたが、やはりその話で呼ばれたんですな……。ええ、確かに聞いてますよ。価値が0円だとか?」
伊織総理が深いため息をついた。
「はぁ……お前がそう口にするということは、本当の事なんだな。──ふ〜、また厄介事はごめんだぞ……。あの時は苦労したからなぁ」
「──空から降ってきた刀……ですよね?」
伊織総理がソファから立ち上がり、窓の外を眺めながら言う。
「あの時は私もこの政治の世界に入ったばかりだった。当時の総理はかなり大変そうだった……。ダンジョンが現れて、モンスターが暴れだし、街は無茶苦茶になった……。やっと落ち着いた時に世界会議が開かれ、これで本当に落ち着いたと思ったら、空から降ってきた刀の噂が耳に入った……」
黙って話を聞いていた杉本長官が。
「──私も若かったので、当時の長官に色々と話を聞かせて頂きました。聞くところによると、その刀が降って来た日にダンジョンが現れたとか……」
伊織総理が本棚に向かって歩きながら言葉した。
「そうらしい。──刀の噂の確認をしてこいと、私に白羽の矢が立ったんだ。後からマスコミに叩かれそうな由々しき事態は全部若い者の仕事だ。嫌々行ったのを憶えている。──神竜家に行ってみると、確かにあったんだ……触れもしない刀が。ただの噂だと思ってたんだが……本当にあった」
本棚から一冊のファイルを手にし、ソファに戻る伊織総理。
「聞くと神竜の当主は死んだというし、その刀に 触れらるのは神竜家の長男だった幼児一人だと言う。その幼児に刀を持たせて、その幼児を抱こうとしたがそれも出来なかった。幼児に刀を持たせて車に乗せようともしたが、家の敷地から外に出ることも出来ない……。やむを得ず、その刀を外に出さないことと、他言無用だと釘を刺して帰るしかなかった。その刀の噂が世界中に広まってしまった時は、どう対応しようかと当時の日本政府が集まって必死に考えた事を思い出すよ」
「結局諸外国には、刀のことはただの噂だと言い切って終わらせたんですよね?」
「──ああ。無茶苦茶強引だったがな。他に良い言い訳が思い浮かばなかったのが実情だ。その刀を認めてしまうと、ダンジョンが現れたのは日本のせいだと全世界の国々からバッシングを受けてしまう……それだけは避けなければならなかった。──そんな強引な言い訳を諸外国が信じたのか、信じてなかったのかは知るに及ばないが。まあ、一本の刀が空から降ってきたとして、だからどうなんだという話だ。降ってきたと日本が認めたところで、ダンジョンとの関連性を証明することは出来ないからな。それを諸外国も分かっていたんだろう……最後は有耶無耶になって刀の話は終わった感じだ」
杉本長官が話を戻す。
「刀を触ることが出来た幼児が
伊織総理が、先程手にしたファイルを杉本長官に差し出した。
「ふっ……だな。──このファイルを君に渡しておく。それは、神竜家に関わる全てだ。かなり過去まで遡って調べたが、疑わしい事は何も無かった。しかし、神竜家に曰く付きの刀ある事は事実。誰も触れられない刀に、その刀に触れられる親、価値が0円で産まれてきた子供……。見張る必要はないが、注視しておいてくれ。政府が動くと何かと面倒な事になりかねんからな。宜しく頼む」
杉本長官が立ち上がり、敬礼。
「かしこまりました。──円卓のメンバーが集まらねばならない事態には、なってほしくないですな」
「そんな事になればアメリカが黙っていないだろう……。何も起こらないことを祈ろう」
伊織総理の言葉に、杉本長官が一礼して部屋を後にした。
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