第21話 全力疾走ウィーク・リポート2 ―残り1週間―

【バトルルーム】


「そういえばクラス対抗ストラテジーウォーで活躍した生徒には個人指導を行うとかいってたな。まぁ、いい機会か。俺もそろそろ丁度いいんじゃないかと思っていたからな」


「? 丁度いい」


「ああ。俺とカードバトルするのにな」


 こともなげに発されたクロウの言葉に玄咲は一瞬虚を突かれる。クロウは授業でも行う時のように解説を始める。


「天之。魂成期の能力補正がどれくらいか知っているか」


 バトルルーム。対円に立つクロウの質問に玄咲は迷わず答える。


「最低でも30レベル。人によってはもっとある。10レベルの魔符士が40レベルの魔符士と同程度の力を振るえる。それに魔力の質もいい。中々でたらめな補正です。だからこそラグナロク学園が出来た」


「その通りだ。翻って天之。現在のお前のレベルは66。俺のレベルは96――お前のレベルに30を足せば丁度俺と同じになる。俺とお前にもう実質的なレベル差はない。つまりもう対等なカードバトルができる」


「まぁ、理屈の上ではそうですが……」


 感覚としては飲み込みがたい。それは、おそらく玄咲に魂成期以前の記憶がないからというのもあるかもしれない。生まれた時から魂成期。ある意味サンダージョーと同じ状態。いや、それはともかく、レベルの割に使う魔法が妙に強力に感じたのは、気づかない内に魂成期の補正を受けていたせいもあるのだろう。己の掌を見つめ改めて魔符士の魂の不思議に感じ入る玄咲。クロウはポケットから1枚のカードを取り出し、


「もちろんADとカードのランクや補正値はお前に合わせるがな。流石にこの」



 黒爪破瓜ダークロウ

 闇属性

 補正値400



「学園で使い続けて手に馴染ませ、符闘会に出場するにあたって国家予選で鍛え上げたADを使う訳にはいかないからな。補正値100。ランクは7までとしよう」


 クロウは今度はバトルルームへの移動前に職員室から取ってきたカードをカードケースから取り出し、構える。


「――言っとくけど訓練だからといって手を抜く気はない。お前には本気で向かい合う。その程度には俺はお前を認めている」


「――喜んで」


 玄咲もまたカードをカードケースから抜き出し構えた。


「武装解放――シュヴァルツ・ブリンガー」


「武装解放――幽亡霊爪レヴナント・クローロード・スペクター」


 互いにADを展開し、対戦申請。受付。カウントダウンが刻まれる。クロウが口を開く。


「天之。お前の戦闘技術には俺からも言うことはないがな、肝心のカードの扱いだ未熟だ。俺はそこを徹底的に突く。実戦で学べ。ラグナロク学園流だ」


「はい」


「そうだ。学べ。今では大分衰えてしまったがこれでも俺はな」


 クロウはフッと笑い、気負うでもなく、ごく当たり前に言ってのける。


「符闘会で優勝した当時は歴代最高のカードバトルの天才と呼ばれていたんだ。行くぞ――」


 0。


 対戦が開始する。

 





「おかしいな……おかしいんだよ。ここは俺が圧勝する流れだったんだが……」


「クロウ教官……多分あなたは自分が思ってるより鈍ってます……」


「かもしれない……だが」


 クロウは玄咲を見下ろし、己のSDの20%という数字を見せつけ、憔悴気味ながら笑みを見せた。


「勝ちは勝ちだ。どうやら俺も少し自分を取り戻す必要があるらしい。天之。お前には致命的な欠点がある。カードバトルへの習熟の甘さ。そしてカードの扱いそのものだ。それを今から3日間カードバトルを通して俺はお前に叩き込む。俺も錆び付いた腕を次の試験までに取り戻さないといけないからな。天之、3日間で俺の技術を全て盗め。大サービスだ。全て放出してやる。そして」


 クロウはロード・スペクターの先端を玄咲に向けた。 切っ先が鋭く光る。


「俺に勝ち越してみろ。倒してみろとは言わないぞ。カードバトルに100%はないからな。偶然の勝利など俺は認めない。勝つべくして勝て。トータルで勝ち越せたらその時は本当に俺を超えたと。魔符士としての才能の不足を技術で補う。俺と同型の魔符士。だがお前は俺の延長線上にいる。だから天之、俺を――」


 クロウは高みから玄咲を見下ろす。


「超えていけ」


「……当然です」


 玄咲は立ち上がる。クロウが本気で向き合ってくれている。己と同類。だからこそ親近感を抱いていた。そして超えるべき壁だと思っていた。その直感は間違っていなかった。だからこそ玄咲は立ち上がる。


 求めてやまなかった伸びしろがすぐそこにあるから。


(――シャルはあの会長と特訓している。多分、このままでは追い抜かれてしまう。だからこそ、本当にありがたい)


「――当然」


 玄咲はすぐさま起き上がり対戦申請ボタンを押した。


「あんたを倒して、俺はさらに強くなる」


「いい表情だ。強くなる」


 クロウは対戦受諾ボタンを押し、ADを構える。


「その想いが魔符士をレベルアップさせる。だからお前らは強くなれる。どこまでだって行けるさ。魂成期の魔符士ってのはそういうものだ――その想い」


 ブザーが鳴る。


「絶対捨てるなよ」


 クロウがふっと儚く笑った。一瞬虚を突かれた玄咲にクロウが猛襲する。




【教室】


「なんか、元気ないね……」


「……あと少し、あと少し……」


「?」


 机に突っ伏して寝ている玄咲にシャルナが心配そうに声をかけた。そして謎の呟きに首を傾ける。その時、


 ガラッ。


 クロウが入室してきた。その顔色は悪い。玄咲の方に視線がちらっと向く。


「……」


そして、見たくないものから目を背けるように顔を背けた後、即HRを開始した。今日はばっちり遅刻してきたのでHRを即開始することができたのだ。





【職員室】


「今回の試験は過去一クラスに危険ね……」


「配置はどうしますか?」


「魔法を使って広範囲をカバーするにも限度があるぞ。対策はあるのか」


「一応臨時職員を用意してある」


「そういえばクロウの奴は――」


「珍しく個人指導中だと。あいつもあいつで本気だ」


「ドロミテ大樹海……最悪の場所だ……」


「そういえば雷丈家の秘密貿易拠点があった場所か」


「今年の魔力反応は特に異常らしい。あの事件の影響か? 全く、雷丈家は……」


「そうに違いない」


「話が逸れてるわ。今はそんなこと大事じゃない」


「あ、すまない。クララ先生」


「クララくんの言う通りだ。私たちの役目。生徒のために万全の態勢を――」


「私がいる。それだけで万全だろうが」


「「「「「……」」」」」


 反論し切れない悔しさが職員室に滲んだ。





【バトルルーム】


「強い、初日より遥かに……!」


「ハァ、ハァ。俺にもな、これでもな、魔符士としてのプライドがあるんだよ……! そう簡単には越えさせてやれないな……!」


「クロウ教官……ッ! 教官ーーーーーッ!」


「殺す気で来いッ! 天之ッ!」


 2人は狂騒的な興奮の中で互いの本気を引き出し合い、ぶつけ合い、10戦方式のカードバトルを延々行い、そして3日目、とうとう――。


「ハァ、ハァ……俺の、勝ちだ……!」


「フッ……完敗だよ。文句のつけようもない内容だ……超えられたよ。完全にな。俺の屍を超えてゆけ……」


「それ、クロウ教官が好きな台の台詞ですね……!」


 クロウは見上げる玄咲に拳を突き出す。玄咲も瞳に熱いものを溢れさせながらその拳に拳を打ち合わせた。

 





【バトルルーム】


「ハァ、ハァ、ふふ、シャルナちゃん……お見事です……」


「ハァ、ハァ」


 シャルナが膝をついて息をついている。明麗は己のSDに表示される情報を見てゴクリと唾を飲んだ。


「カードとランクを合わせているとはいえ、私のHPゲージを30%も削るなんて……これは」


 明麗がゴクリと唾を飲んだ。


「本気でやりたくなってきましたね。ちょっと待ってください。丁度いいADを持ってる人がいるので取ってきます」


 明麗がバトルルームを出る。そのタイミングで丁度隣のバトルルームの扉が開いた。


「あら?」


「む?」


 そこには探し求めていた人物がいた。さらに、


「あ、会長。隣の部屋だったのか。ということはこの中にシャルが……」


「――ふふ。そういうことですか。これも天の采配。天之くん。そしてクロウ先生。せっかくなので一緒にトレーニングしましょう!」


「え、いや、俺はこれから自棄パチ――」


「はい! 喜んで!」


「決まりましたね! クロウ先生もお暇でよかったです! それでは隣の部屋に行きましょうか!」


「はい!」


 シャルナがいる隣のバトルルームに明麗が向かう。玄咲も当然ついていく。クロウはため息を吐くも、結局は2人についていく。


「まぁいいだろう。ここまできたら今日はもう徹底的にやってやるよ」


「その意気です! あ、そうだクロウ先生、一つお願いが」


「……なんだ。この学校において実質学園長の次に偉い会長さま」


 クロウのやや皮肉の籠った物言いに対して、明麗は見惚れるような、しかし実態を知るにつけ威圧感を増していく笑みを浮かべて、パンと手を叩いた。



「黒爪破瓜ダークロウ貸してください。確かあれも補正値400でしたよね?」





「ハァ、ハァ」


「シャ、シャルナちゃん、凄いです! ここまでとは思いませんでした。これは……ゴクリ。もしかするといつか私をも」


「……なぁ、天之」


「はい、教官」


「俺なんか魔符士として自信なくなってきたよ」


「……」


 2人のカードバトルを見学する2人は揃って俯いた。シャルナの進化は止まらない。





「ハァ、ハァ、何故か、玄咲に、勝てない……」


「当たり前だ。俺はシャルの前ではずっと強くいる。負けるわけにはいかないんだよ……!」


「ッ! う、うん! 格好いいよ玄咲!」


「天之くん、凄く腕上がってますね……」


「……なるほど。あれがあいつの本気の本気なんだな……」


 それでも玄咲はシャルナにくらいつく。クロウとの訓練が確かに力になっていた。






【パチンコ屋】


 後日。


「ふふ、越えられちまったな……」


 クロウはとぼとぼと仕事帰りに最寄りのパチンコ屋へ向かう。





「あ、あがが、あ、あ……!」


 ――コンプリート機能が発動しました。

 一日に払出可能な上限に達しました。

 本日は遊戯終了です。


 コンプリート――小規模な店なら一月に一回も発動しないことも珍しくない、非現実的な数値に設定された獲得上限。クロウは画面に表示された文字列の前でただただ震え続け、そしてやがて咆哮が小規模な店舗の中に響き渡った……。








【教室】


「これ、シャルナの分」


 お菓子の詰め合わせ。


「これ、お前の分」


 10000ちゃんを筆頭とするパチキャラグッズの詰め合わせ(玉やメダルで交換も出来る仕組み)。


「えっと」


「これは一体」


 クロウは教室に入室するや否や2人に2つの袋を手渡した。戸惑い中身を見分するシャルナの横でもらったものを即座にバッグに仕舞いながら玄咲は尋ねた。クロウはフッと笑って、背を翻した。


「コンプリートしたのさ。生まれて初めてな」


「?」


「ッ!?」


「心が浄化された気分だぜ。お前らのお陰だ。……2人とも」


 クロウは背中越しに手を挙げて二人を激励した。


「次の試験、頑張れよ。お前らならきっと大丈夫だ。応援してる」


 それは今まで見た中でもっとも綺麗で毒のない背中だった。




 その後の日々も明麗はシャルナに特訓をつけ、クロウは玄咲の訓練に付き合った。ダンジョンで魔物相手の立ち回り方まで教えた。そして毎日カードバトルもした。どうしても勝ち越したいらしい。そういう所はクロウもやはり魔符士だなと思った。腕と共に心の錆も落ちて昔の自分を取り戻しつつあるのかもしれない。


 そして、最終日。

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