4章
天之神社編 1~10話 初稿Ver
天之神社は全話に至って徹底的に書き直すことになった話です。そのため全話没稿があります。なので纏めて読めるように全話まとめて置いておくことにしました。10話も没稿コーナーに天之神社の話が載っている光景が異様過ぎてこりゃ人払いになるなと思ったという事情もあります。読書中に余計な文章を挟まず一気に読めるように最初に各話の変更点を列挙してあります。その後1~10話まで一挙に置いてあります。
1 最後だけ違う。風情を削ぐと思ってスカートをめくる描写を本編では削っていました。この話だけは修正したとかでなく、未公開の没ネタを拾ってきたもの。
2 冒頭のルディラのシーンがない。それだけ。
3 中盤の古代ADとカード。ラインナップが異なっている。また、終盤の亜人の説明文章が異常にこんがらがって読みにくい。なのでスリムにして読み易くしました。あと、王魔写真館がR15であるシーンを入れるのを単純に忘れていた。
4 魔物と死体の描写がやや規則性がなく混沌としており読みづらい。また、終盤いくつかの魔物種の説明がない。そして、この話から堕天使のルーツの話に繋がらず(というか堕天使の話全て後付け)、扉一つ跨いで直接絵画を見に行く。
5 玄咲くんが絵画に惹かれる描写がある。また、部屋を退出する。これはこれで気に入っているが、次の話に繋がらなくなるため泣く泣くカット。
6 リーン・フォーン(リンフォンから取ってる)の話が主体でフェルディナ神の話がほぼ全くない。流石に説明が少なすぎたので現稿ではフェルディナ神主体の話になった。結構伏線撒いている話。
7 ルディラちゃんへの評価が甘い。また、全体的に閉まりがなく上滑りしてしまっている。旧稿で一番しくじった話です。これがもう少しよくできてたらもしかしたら書き直しもなかったかもしれません。
8 前話の最後に入れる予定だった文章を入れ忘れたので冒頭に持ってきている。また、現稿に比べるとシンプル。あと、最後がかなりコメディ。こっちでもいいかも。
9 最初の食事処の最後の文章が超シンプル。
第1話 天之神社
3人は長い階段を上っていた。
プレイアズ王国城下町を20分程歩いた所にある天麓山。その中腹に天之神社はある。山の麓から伸びる終点に巨大な鳥居を構える長い石造りの階段を歩いた先にある。その階段を玄咲たちは明麗を先頭に昇っていた。山の青々とした景色が背後へと流れていく。
「――天之神社は私の実家なのです。この通り距離があるので寮から学校に通っています。帰るのは久しぶりですね。父さま母さまは元気でしょうか」
「親、いるんですね」
「血は繋がってませんけどね。ほら、私はこんな種族なので」
バサリ。
明麗は翼をはためかせて苦笑した。
「あはは。白くて綺麗なんですけどね……とにかく目立つので正直あまり好きではないです。人目に慣れるのは結構苦労したな……」
「そうなん、ですか?」
「当たり前です。ジロジロ見られていい気はしませんよ。」
「……そうか。そうなんだ」
シャルナは顎に手を当てて少し考え込んだ。明麗は微笑んでシャルナに告げる。
「人目を気にせずあくまで自分は自分らしく振舞う。そうすればいいだけと気づいてからは随分楽になりましたね。だから私はいつも自然体でいるように心がけています。私はいつも私らしいでしょう?」
「はい。いつ会っても天之明麗って感じです。全く揺るぐことなく」
「う、うん。それは凄いなって、思う」
「ふふ。ありがとうございます。……あなたたちは暖かいですね。一緒にいてとても落ち着きます」
――白い雲間から差し込む大空の光を見上げながら淡く優しく明麗は微笑む。それはとてもとても綺麗な笑みだった。
まるで天使の翼のように鮮やかな白く美しい笑みだった。
「だから私はあなたたちが好きなのかもしれませんね」
玄咲も、シャルナも、魂格の違いを感じさせるその天使の笑みにただただ見惚れた……。
「見えてきましたね」
長い長い登り階段の終わり。ようやく天之神社の白く尖った先端が見えてきた。
「……んん?」
シャルが白く尖った先端を見て唸る。玄咲は先端を指さしてシャルに説明する。
「シャル。あれが天之神社だ」
「えっ。神社って、こう、茶色で、地味で、つまらなくて」
「シャル。そういう発言はやめようか」
「うん」
「ふふ。一般的な神社の外観とは大きく違うのでみんな最初は驚きますね――ようやく、最終段です」
トッ。
石段の最終段を明麗が踏み越える。玄咲たちも踏み越える。そして同時に、神社の入り口のような巨大な石造の白い鳥居をくぐることになる。その鳥居の先に。
幾重にも連なる巨大な石造の白い鳥居が織りなすまるでアーチのようなトンネル。そしてその先に――。
「わわっ、凄い――」
「ああ。何て大きさだ。想像以上だ。これが――」
「――はい。これが天之神社です――」
――それは西洋建築然とした小さなお城のような白き建造物だった。玄咲の知識に照らし合わせれば神道を教拝する神社というよりはキリスト教を教拝する白き礼拝堂チャペル。しかし賽銭箱があったり、ガラガラと鳴らすための長い鈴緒を賽銭箱の前に垂らした本坪鈴が賽銭箱の上にあったり、白い石造りの手水舎があったりと、チグハグな感じだ。鳥居が白色でまるでアーチのような外観となっているのもそのチグハグな印象に拍車をかける。それもそのはずだった。何せ天之神社のコンセプトは和洋折衷。やや洋が多めだが、神社とチャペル、両方の要素を取り合わせ、さらに城や寺など他の要素も都合が合えばぶっ込んだ、とてもカオスな、しかし美しい、和洋折衷の白き宗教建築。それが天之神社なのだ。
(まぁゲーム開発者の裏話によるとだが。ゲームの現実化ではなく元ネタたるこの世界ではどういう理屈でこの建物が成立したんだろう。分からない……まぁ、どうでもいいか。しかし、圧巻だ。白くて、とにかく美しい)
「圧巻、だねー……」
「ああ。圧巻だ。この世のものとは思えない。か、感動だ。これが本物の天之神社――!」
「ふふ。気に入ってもらえたようですね。それでは鳥居をくぐって神社の中に――っと。いけないいけない。ちゃんと正装でおもてなししないと。2人には特別ですよ」
明麗がポケットから1枚のカードケース型のリードデバイスを取り出す。その中には既にカードが収まっている。機能特化型リードデバイス。既に魔法が発動できる状態。玄咲の心臓が跳ねた。
(ま、まさかあの姿が見えるのか――!?)
「すぅ――ドレスアップ」
明麗のリードデバイスが光に包まれる。その光は明麗の体に纏わりつき、全身を覆い、瞬間輪郭を露にし、そして弾けて消え去り。
その後には特異な巫女装束に身を包んだ天之明麗が誕生していた。
(――可愛い)
――明麗の巫女装束はやはりというべきか通常の巫女装束とは異なっていた。一言で言えば巫女カラーリングのシスター服。多めの意匠で構成され、しっかりと身を包み、頭には衣装一体型の白いベールをいただき、それが明麗の白髪とよく似合っている。背中には天使の翼がしっかりと生え、前面はゆったりと明麗の体を覆っている。でも胸はしっかりと盛り上がっている。完璧だった。完璧な衣装だった。完璧に明麗の魅力を飾り立てていた。明麗がベールを脱ぐ。
「これはちょっと鬱陶しいので背中に垂らしてしまいましょう」
ベールが背中に垂れてフードのようになる。明禮の純白の髪が露になる。凛としたたたずまいと、首元でわだかまったベールのだらしなさがいい意味で噛み合い、程よい脱力感を醸し出し、親しみやすさを演出していた。完璧だった。玄咲は心の中で感涙を流した。
(可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い――可愛い)
「この衣装はこんな風に」
明麗が己の巫女装束のスカートを掴む。
そして、躊躇いなく捲った。
「!!!!!!!!!!? ……あ」
そこには制服のスカートがあった。でも、周独服の長いスカートをたくし上げて晒された生足とスカートはただならぬ色気があった。明麗がスカートをパッと離し、恥ずかしそうにはにかむ。
「あはは。魔法であしらえた簡素な疑似衣装を制服の上から羽織っているだけなのです。私の魔力が持つ限り持続します。燃費の良い魔法ですし多分自然回復の速度を考えたら永遠に持ちますね。やや形式や作法から外れた模造品なのですがまぁいいでしょう。私は堅苦しいのは苦手なのです。――外観だけですがこれが私の正装姿です。どうですか? 2人とも。似合っていますか?」
「か、かわ、かわわ……」
「……うん。可愛い、から反論できない……」
「ふふ。ありがとうございます。ではこの姿でおもてなしさせていただきますね。2人とも――」
明麗が両手を広げる。その背に幾重もの鳥居の連なりを背負い、歴史ある天之神社を背負い、さらに想いや責務や約束や有形無形様々なものを鮮やかな真白の天使の翼の向こう側に背負い、天から差し込む白い光を浴びて、巫女装束に身を包んだ明麗が両手を一杯広げて玄咲とシャルナに満面の笑みで告げた。
純度100%の天使の笑顔で。
「ようこそっ! 天之神社へっ!」
第2話 天之神社2 ―歴史資料館【センチュリーズ・ホール】―
「お帰りなさいませ! 明麗さま!」
天之神社に立ち入るや否や、入り口に待ち構えていた巫女シスター服や修道服とも僧衣とも浄衣とも取れる不思議な服装に身を包んだ天之神社の関係者たちが一斉に頭を下げた。おそらく階段の昇降の辺りで来訪を察していたのだろう。見事に受け入れ態勢が整っていた。驚きたじろぐ玄咲とシャルナを背に先頭に立つ明麗の前へと2人の男女が進み出る。翼は生えていない。
人間だ。
(会長の両親か……初めて見た。普通の両親だ。ゲームじゃ両親が出てくると幻想が崩れるからか顔グラが出てこなかったんだよな……CMAみたいなギャル――恋愛要素のあるゲームで相手の両親登場は、萎えるものな)
「お帰り、明麗」
「お帰りなさい。久しぶりね」
「はい。お久しぶりです。お父さま。お母さま」
「積もる話もあるでしょう。洋菓子とお茶を用意してるから、あちらのお座敷で――」
「あ、すいません。あまり時間がないので今日は2人の館内案内だけして帰ります。全員、通常業務に戻ってください」
そういうことになった。明麗と両親の話はそれで終わった。
「よかったんですか? せっかくの両親との再会を」
「いいんですいいんです。両親との会話なんて退屈なだけですから」
ふいに出てきた年頃の少女らしい発言に玄咲はドキリとした。先輩なのに、少女。そのギャップにグッとくる。シャルナの瞳が一瞬鋭く尖ったのは本能の賜物だ。しかし特に突っ込むことはなく、代わりにシャルナは明麗に話しかける。
「それにしても、なんか、貴族みたい、でしたね」
「みたい、というか区分としては貴族だ。いや、華族かな?」
「はい。その通りです。華族は王族を支える家。天之家は王家を補佐する家の一つです。といっても、金銭的にはプレイアズ王家から天之神社の運営資金を出費してもらっている、むしろ支えてもらっている側なんですけどね」
「へー……」
3人は今天之神社本館と別館を繋ぐ通路を歩いている。白い鳥居が断続する通路は雨が降れば濡れてしまいそうだ。だが、ガラス窓で覆われているため雨が降っても心配ない。快晴の空が白い鳥居の間に何度も現れる。ガラス窓を通して白い光を運んでくる。
「支えてもらわないと管理費が賄えなくて潰れるんですよ……。天之神社は普段は観光客相手に飲食を振舞ったりささやかながら入場料を取ったりグッズを売ったりお祓いをしたりして金儲けをしているのですが、どうにも経営費を賄う程の儲けは出なくて……あ、ちなみに今日は定休日です」
「あ、だから、他の人、いなかったんだ」
「はい。その通りです。まぁ、普段も小学生の集団観光とかでもない限り大した客足はありませんがね。それでも国が出費して神社を維持しているのは、それだけの価値があるからです。建築物としての価値。宗教施設としての価値。天之家の食い扶持としての価値。そして何より――」
明麗は立ち止まる。目の前には白い観音開きの扉。その扉に手を当て、明麗は押し開けた。
「この世界の歴史を伝える歴史資料館としての価値が。さぁ、行きましょうか」
白い照明具の光が3人を出迎えた。
(天之神社別館歴史資料館センチュリーズ・ホール……壮観だな。ちゃんと博物館してる。しかし、当たり前だが数部屋しかなかったゲームとは全然違うぞ……)
受付巫女(明麗と違い普通の巫女服)の受付を来賓扱いでノー入場料で通り、休憩場も兼ね大きめのエントランスの入り口から壁で緩く仕切られただけの別室に移ると、そこはもう歴史資料館だった。たくさんのカード・リードデバイス・写真・文書・絵・モニュメントなどがガラスケースの中に並んでいる。
「ここは災戦時代のコーナーです。マギサ学園長やヒロユキ理事長が経てきた時代ですね。・……時々語られますね。大変な時代だったようです」
「はい。それは、展示見てて、分かります。うーん……」
キョロキョロと展示を見ながら歩いていたシャルナが、ふっと漏らした。
「なんか、残酷な展示が、多いなぁ……」
「……そりゃ、戦争だからな」
玄咲はどこか遠い瞳をして、シャルナに答えた。
「残酷だよ。俺も、シャルも、平和な時代に出会えて良かったな」
「うん……戦争はさ、怖いよね」
「そうですね……怖いです。怖いものをちゃんと怖いと思える。大事なことです。戦争は怖い。なのに、この世界には戦争をしたい人たちがまだいるんです。困ったものですよね……次の天下一符闘会、絶対優勝しないといけません」
明麗が透明な決意に満ちた瞳でいう。きっと、明麗は昔からこの展示館に通っていたのだろう。その言葉には胸にふっと落ちる自然さがあった。心の底から言っている。そう分かった。
玄咲はその眩しさに、目を焼かれる思いだった。遠い思いが蘇る。
(戦争、か……人類史上最悪の愚行だ。地獄を産み出す悪魔の所業。二度と経験したくない。……そうか。そうだな。それもまた、シャルとずっと平和な世界で過ごしたいってのも、戦う理由になるか。……絶対)
玄咲は決意を新たに確かめる。
(天下一符闘会でエルロード聖国の優勝だけは止める。何がバッドエンドルートの亜人戦争の引き金になるか分からない。できれば、優勝。やっぱり、それ以外ありえない)
「ちょっと、暗い話になりましたね。すみません。ここはあまり用がないので、一通り見まわして次に進みましょうか」
3人は次のコーナーに進む。
「ここは大ダンジョン時代ですね。夢と希望に満ちた活気溢れる時代です!」
明麗が明るく言う。その名の通り、大ダンジョン時代のコーナーの雰囲気は発展のエネルギーを感じさせるものが多かった。高度経済成長期。玄咲の脳裏にそんな言葉がふと浮かんだ。
「大ダンジョン時代は近代ではもっとも長く、もっとも発展した、そしてもっとも平和な時代でした。王魔戦線時代を生き延びた人類は世界規模で団結し、希望に燃え、凄まじい勢いで戦後復興を遂げた。その活力の源が、危険を対価に無限の資源を産み出すダンジョンです」
「ヴィズ、ラビリンス、みたいな、奴ですね」
「はい。あれって実は国内屈指の高難度ダンジョンなんですよ。知ってましたか?」
「えっ」
「ダンジョン低層は並だがな、ヴィズラビリンスは凄まじく階層が長い。99階まである。深層の難度は国内屈指って訳だ」
「へー……今、真央先輩と、協力して、6層だよね」
「そうだな」
「符闘会までに、99階まで、攻略しよっか」
「――」
シャルナの何気なく発したその言葉。それがどれ程難事なのか詳しくは知らないからこそなのだろう。ゲームではいわゆるやり込みコンテンツの一つ。1周目クリアは至難の技。この世界でも相応の難事に違いない。
だが、
「ああ。必ず」
シャルナにそう言われれば、玄咲には期待に応える以外の選択肢はあるまい。玄咲は力強く頷き、仲間と一緒に必ず攻略しようと心に誓った。
「ふふ、頼もしいですね……できなくはないので頑張ってください――そう言えば」
明麗がくるりと振り返る。
「天之くん達はこの間ダンジョンアタックしてましたね。見ましたよ」
「えっ? そうなんですか?」
「はい。それで、この時代はダンジョンカードを筆頭にダンジョン攻略のため本当に色々な物が開発されて、またダンジョンから本当に色々なものが発掘されまして、丁度あそこにある」
3人は一つのガラスケースに歩み寄る。そしてその中のものを覗き込んだ。
「これも、そうですね」
「あ、配信機器だ」
「こ、こんな昔からあったのか……?」
「はい。今みたいに高速で飛んだりできず映像も荒かったようですが、確かに配信機器です。そしてこの配信機器、実は当時ダンジョンの宝箱から発掘された不思議な機械を元に作ったらしいんですよ」
「え、そうなのか」
初耳だった。
「はい。残念ながらその機械は現存していないらしいですが、ダンジョンからは時々そういう超レアなお宝が手に入り、高値で取引されていたらしいです。そういうトレジャーハントな要素も人々をダンジョン探索に駆り立てて――」
歩きながら、明麗は色々な解説をしてくれた。幼いころから住んでいるだけあってその知識はかなり詳細だった。大ダンジョン時代の熱狂と繁栄が良く伝わってきた。
「という訳で、大ダンジョン時代は王魔戦線時代の陰鬱を吹き飛ばすような明るい時代になった訳です。分かりましたか?」
「はい」
「すっごく」
「ふふ。良かったです。……このコーナーの終わりが見えてきましたね。では、次は」
明麗は2人に背を向け、表情の伺えない声音で言った。
「今日の目的の一つ――王魔戦線時代のコーナーへ向かいましょう」
第3話 天之神社3 ―王魔戦線時代―
3人の目の前に地獄模様が広がっている。
当時の図画系資料だ。目に余る光景。血が煮え滾る景色が続いている。どこまでも、そんな調子だった。
「……ここが、王魔戦線時代のコーナーです。惨いものでしょう」
「……はい。これは……地獄です」
「……うん。絵にすると、際立つね。クロウ先生、結構気を使って、話してくれたんだ……」
「……あの人はああ見えて優しいですからね。この時代についても詳しく語って生きましょうか」
明麗が歩を進める。2人はその後に続く。
「禁止カードコーナーですね。禁止カードがこの世には溢れていたんです。代償を捧げて威力を高める系のカードが特に多いですね。死ぬよりはマシという判断です。あるいは、酷い目に合うくらいなら、死んだ方がまだマシ……そんな意図で作られたカードも多かったようですね。相当な流通量だったらしく。今でも時折発掘されるらしいです。当時の世情が見えてしまいますね」
「さっきのコーナー、見た後だと、理解、出来ちゃうね……」
「……自死の選択。それもまた、仕方ないって状況も確かにあるもんな……」
玄咲は選ばなかったが。
生きて、シャルナと出会ったが。
「
「え? それって――」
「はい」
シャルナの言葉の先を明麗が代弁する。
「ただの自殺用のカードです。そんなカードが需要があった――それがこの時代の性質を良く表していますね――死んだ方がマシな時代だったということです」
「……自殺、それも止むを得ない時が」
「それでも」
明麗は振り返り明るく笑った。
「苦しんで生きることを選んだ人の方が多くいた。その人たちのおかげ未来がある。そして今私たちはこうして巡り合えている――それもまた、事実ですよね。そう思うと、少しだけ、誇らしいですよねっ!」
「……」
玄咲は自分の過去にも少し触れる言葉に、共感した。
「そう、ですね」
「うん……巡り合い、いい言葉、だね」
「はい。……次、行きましょうか」
3人は展示を見て回りながら移動する。
【古代AD展示】
3人の前に巨大な大斧が飾られている。黒地に金色が稲妻のように走っている。ガラスケースの中に横たえられている。
「これは勇者の仲間の【鉄壁】のガスキンが用いた斧型のAD【黄昏の大斧ミョルニル】です。このADと」
明麗が隣の白字に金の部品で鷹の描かれた、しかし縦に真っ二つに割れた大盾に視線を向けて言った。
「大盾型のAD【聖鉄城ガルウィング】。アイギスの攻撃を受けて今は壊れていますがね。この2つの大型ADをその怪力で両手に一つずつ持って戦っていたらしいです。ガルウィングは壊れているので測定できませんが、ミョルニルの補正値は現代換算すると凡そ100。ガルウィングを特別強化していたという記述はないので、おそらくガルウィングも同程度だったであろうといわれています」
「えっ。100って、今の私たちの、ADと、同じ数値だ。あまり、高くない……?」
「いえ。十分高いですよ。現代の技術がそれだけ発展してるって話です、当時はこれでも勇者ADや魔剣アベルに次ぐ立ち位置のADだったらしいです」
「へー……」
(シャル、今日はこの相槌が多いな……)
「そして」
3人の前に罅割れた黒い剣身にレッドラインが走る禍々しい形状の一本の剣型ADがある。ガラスケースの中に飾られている。
「このADが魔剣アベル。【剣聖】アベル・マルセイユ――勇者の仲間で、勇者に次ぐ、あるいは匹敵するといわれた英雄が使っていたADです。自分の名前をADにつける辺りが豪放で型破りな性格のアベルらしいですね。残念ながら壊れてしまっているので補正値の程は分かりませんが、勇者ADに次ぐといわれたADらしいので、相応に高かったのでしょう」
「へー……」
「か、格好いい。格好いいぞ」
「玄咲の好きそうな、カラーリング、だもんね。デスがつけば、完璧だったね?」
「シャル、そのネタはもう引っ張らないでくれ……」
「ふふ。天之くんはこういうセンスが好きなんですね。男の子には、むしろ後述の勇者ADよりも魔剣アベルの方が人気がありますね。では、次は勇者ADを見に行きましょうか」
「おぉ……!」
3人の目の前に虹色に輝く宝剣が台座に柄を固定される形で縦に飾られている。他のADと段違いの存在感だった。シャルナが感嘆の声を上げる。
「このADこそが彩虹剣セイント・ソード――通称勇者ADです。勇者が最後に使っていた当時最強のADです。虹色の魔力の持ち主にしか使用できないため、残念ながら補正値の程は分かりませんが――それが逆にロマンを魅き立てていいのかもしれませんね。様々な説が考証されています」
「ほ、本物、ですか?」
「もちろん模造品です。本物をこんな場所に展示する訳ありませんからね。ほら、ガラスケースの下部にこれは模造品ですって注釈があるでしょ」
「あ、本当だ」
「ふふ、もしかしたら天之くんなら勇者ADを起動できるかもしれませんね。何せ虹色の魔力の持ち主ですから」
「え? あ、そうか……」
「ま、模造品などでそういう訳にも行きませんけどね。次、行きましょうか。これは当時のジャンクAD。補正値換算できない程貧弱らしいです。でも、当時はこんなADも使われていたんですよ。禁止カードを使わなければいけなかった理由の一つで――」
古代ADの展示を見て回ったり、
【古代カード展示】
「この、カードは」
「伝説の英雄。アベル・マルセイユ。カーンの仲間の剣聖が使ったカード【プリミティブ・ソード】です。ランクのない古代カードですが、現代基準でランク換算するとその性能は驚愕のランク10。オーパーツの筆頭とされるカードです。アベルも同時代ではカーンに次ぐ魔符士で、化け物でしたが、仲間を守るため単独でアイギスと戦い、あと一歩のところまで追い詰めましたが、卑劣な策略にかかり死にました。その死にざまから今でもカーンに匹敵、あるいは凌ぐほどの人気があります」
「へー……あ! この、カードは……!」
「はい。伝説の勇者カーンが使ったカードの一枚【リベリオン・フォース】――勇者カードです。虹色の閃光を放つカーンのメインカード。全属性を使用するカーンに使えないカードです。それ故際限が出来ず出力は不明。ですが、こちらもまた、伝承によればランク10相当の性能があったと言われるオーパーツです。こちらもまた、真偽のほどは定かではありませんけどね。その歴史的価値から市場に出れば100億はくだらないと言われる逸品です。天之神社はそんな貴重品を大量に保管しているため、国内最高峰のセキュリティシステムが完備されています。ここでADを抜いたら殺されますよ?」
「はは。それは流石に冗談――」
「?」
(あ、冗談じゃない)
勇者のカードの実物を目の当たりにしたり、
【関連商品コーナー】
「……! これは、王魔戦線時代を取り扱った漫画や小説たち……! あ、逢魔尖線学園もある!」
「資料としてちゃんと取り揃えております」
「す、少しだけ、読んでいいですか?」
「いいですよ」
「やった!」
「玄咲……」
「購入もできますよ。購入も」
当時を描いた貴重な資料に興味深く目を通したり。
その後もいくつかのコーナーを回った。明麗の解説は巫女風シスター服と丁寧な所作も相まって凄く親しみやすく、恐怖やショックを随分和らげられた。主にシャルナが。
そして、ある一つのコーナーに辿り着いた。そこは、亜人についての、文書、写真、骨格標本、特徴的な体の部品、当時の扱いについて書かれた案内板などがあった。
3人は最後のコーナーに辿り着いた。
【亜人黎明期】
それがそのコーナーの名前だった。
「……ここは、当時の亜人について語るコーナーです。亜人の誕生、来歴についても語られます。一緒に見ていきましょうか」
「はい」
「亜人……」
3人は明麗を先頭に亜人コーナーに足を踏み入れる。明麗がごく当たり前のことを確認する口調で2人に尋ねる。
「2人も、どうやって亜人が生まれたかくらい知っていますよね?」
「はい」
玄咲が答えた。
「魔物に人間が襲われた結果誕生します。レアな所では人間が魔物を腹ませるケースもあるとか、魔物に寄って交配方法は異なり、機械種なんかは培養に近い形で育てるらしいですね。その過程で愛情を抱くケースもあるとか――っと、これは蛇足か。とにかく、魔物と人間が交配して生まれる。2世は亜人と人間、あるいは亜人同士で生むのが普通ですが、直径は必ずそうなる」
「だから、穢れ血と言われ、差別されてきた。今でも、その傾向は、続いている」
「――」
補足するシャルナの言葉はいつもより少し力強い。玄咲は、その背景を思えば当然だなと思った。それでも少し驚いた。
「――その通りです。亜人は魔物と人間の子。特に直系は魔物の特徴を多く引き継いだ異形の子が誕生しやすい。でも、その心は人間なんです。……だからこそ、差別の悲劇がより際立ったんですけどね。亜人の差別問題は、今尚根深いです」
「……そう、ですね」
アマルティアン。それに限らず、差別される亜人は今でも多い。
堕天使族も、その一つだ。
「――そんな亜人も、あまりに分母が増えすぎた。最初は生まれた直後に殺していた亜人も、数が増えるとそうはいかなくなる。大事な戦力、そして生産力として扱わなければいけなくなる――幸い、亜人は戦闘力には恵まれていた。魔物の身体能力の欠片、そして種族特性を有する亜人は並の人間より強力な戦力だった。そう、戦力だった。時代が時代ですから、強力な戦士である亜人はむしろ重宝されるようになりました。……皮肉にも魔物が、戦争が、亜人に存在価値を与えたんですね。当時活躍した英雄と同じ種族の亜人なんかは今でも扱いが悪くない傾向にありますね。そういう経緯で、亜人も人権を獲得していった。……ただし」
言葉を一回止めて、
「例外もある」
その言葉を強調する。亜人コーナーの終わりが見えてきた。その先には扉がある。明麗がポケットから一枚のカードを取り出す。
「王魔王アイギス――かの最強にして最悪の魔王が戦時中の人々に植えつけた恐怖が、その子種が、その後の時代をも歪めてしまった」
「アイギスの忌み子――」
玄咲は。
思わず呟いた。
その歴史的意義以上に。
一人のヒロインの姿が脳裏に浮かんだから。
「はい。その通りです。アイギスの忌み子――人間牧場で大量生産されていた親も素性も母体となる魔物も知れぬ子たち。彼らの取り扱いが、戦後重大な問題となり、後の大きな悲劇にも繋がった――丁度アイギスの子たちについて取り扱ったコーナーですね」
明麗が顔を上げる。その視線の先には、
【アイギスの子】
と書かれた吊り看板。資料やミニチュア模型を眺めながら明麗が語る。
「……人間牧場で飼育された家畜はアイギスの玩具になる他、アイギスが要らないと判断した奴隷は配下の魔物に横流しされることもあったらしいです。そして時折、生き延び子を産んだ。亜人の子を。そういった子は牧育所に流され、育てられていたらしいです。……その子供たちを総称してアイギスの子といいます。そして特に恐れられた理由が」
「子供たちの中にアイギスの本物の子がいるという事実ですね」
玄咲が補足する。それくらいは知っている。
「はい。その通りです。それが、その子供こそが、アイギスの忌み子。アイギスに絶大な恐怖を刻み込まれていた人類はアイギスの忌み子を殺そうと人間牧場の子供の虐殺を試みました。しかし、当然反対する者も多く、結局は当時の英雄レヴァンの子供に罪はないの一言で保護することに決まったらしいです。しかし、亜人への不信は根深く、後に大きな悲劇を巻き起こした――死んで尚大迷惑だったのです。王魔王アイギスという存在は」
「そうですね」
「もしこの世にアイギスがいたら私は迷わず切り殺しにいくでしょう」
明麗は断言した。
当たり前のように。
強いな、と玄咲は思った。
「亜人関連のコーナーももう終わりですね。次が最後のコーナーです」
今までの展示場は部屋の隅の縦に細長い空間に寄って繋がれた仕切りのない空間で繋がれていた。だが、最後の展示場は違った。
【戦災写真館】
そう名付けられたコーナーは扉に視界を妨げられていた。明麗がドアノブを捻る。
ガチャ。
第4話 天之神社4 ―王魔写真館―
「……」
「……」
「……」
無言で歩く3人の目の前に地獄模様が広がっている。
そこは全方位を写真に囲まれた空間だった。
当時の科学技術の結晶体たるカメラで命がけで撮影された戦災写真。当時のリアルを映し出す現存する貴重な資料。それらがガラスケースの中にずらりと並んでいる。それまでと様相の違う不気味な赤と黒の照明に照らされて血なまぐさい輝きを反射している。大小様々。壁にもぎっしり。壁一面を使った写真もある。それが全方位に隙間なく並べられてある。取り囲まれると、逃げ場なんてない。そう強迫されているような錯覚さえ覚える密度。それまでで最大の面積を使って、狂気さえ感じさせる使命感で。全てを克明に刻み込むんだとでも言うように。あるだけの写真をあるだけ並べてあった。血がマグマの温度まで煮え滾る、そして絶対零度の深度まで冷え込むような現実が、当時の温度がそのまま切り取られていた。全方位が王魔戦線時代に囲まれていた。まるでタイムスリップしたかのような景色の中を3人は歩く。
下腹部が物理的にカットされた上半身だけの女の死体。
積み重なった人間の部分死体で遊ぶ魔物たち。
肉が腐り爛れて軍服の内に煮凝った死体
肛門から頭まで串刺され陽気な表情で鼻歌を歌うオークに担がれた死体
瞳から後頭部まで鋭利な何かで一突きに貫通された子供の死体。
全身黒焦げになり性別人種身分さえ焼却された焼死体。
体の中が汚水で充満し地上で溺死した土座衛門死体。
玩具を取り合うように肉をずたずたに千切られたバラバラ死体。
焼け爛れた背中を無数の蠢く小さな白い生物で埋め尽くされた死体。開け放たれた眼窩や口からも白い生物が溢れている。
ドブ沼に片足突っ込んだ状態で上体が消し飛んだ死体。何か巨大なものが振り抜かれた跡が写真の端に映っている。
溶け落ちた人の跡。
捻じれ皺だらけになった人だったオブジェ。
噛み跡に蹂躙された死体。
レイプ死体。
口と肛門が融合した人の輪姦死体。
シンプルに暴行されて目玉が飛び出し骨が折れ肉が千切れ脳が零れた死体。
脳が剝き出しになり痛みが核爆発を起こした絶叫という言葉も生温い表情で死んだ男。背後で細く異様に長い針を持った悪魔が笑っている。
頭頂から股間まで観音開きになった人間。明らかに死んでいるのだけが救いだ。
人と人が融合し離れなくなった生体。後に自殺したらしい。
人間に踏み殺されたウェアウルフの亜人の赤子。
人間の玩具となったエルフの子供。
魔物の群れにサッカーボールのように蹴り込まれたバナナモンキー顔の赤子。
ゴブリンの玩具と化した装着型精霊の残骸
犯されズタボロになった天使の精霊の死体。
王魔種の群れに食い散らかされた巨大な獅子型の精霊の死体。ランク9の精霊王【聖獣王レオ】というらしい。
巨人の王魔種の足跡に埋もれた人々の死体。前にゴミのように踏み潰された死体。
戦死者の群れ。街に幾らでも転がっている。
魂を食われて輪廻の輪から解き放たれた人の生気無き無表情。イーター系の最上位たる魔物【ソウルイーター】に魂を食われるという最も救いなき死に方をした人間特有の表情の死体。
他にも死体の写真は数数えきれなかった。
「……これを見ると、王魔戦線時代の印象がガラッと変わりますよね」
展示場を扇動する明麗が瞳を細めて告げる。玄咲もシャルナも1も2もなく頷いた。
「は、はい。ガラッと、変わりました」
「私は幼いころこの資料館を見せられたのが結構トラウマでして」
明麗は語る。
「魔物との戦いは恐ろしいものだって意識はずっとありますね。……今では王魔戦線時代って漫画とか小説やパチンコの題材になったり、戯画的に描かれるじゃないですか。面白いものとして、それはある意味では恐怖を遠ざけようとした結果なのかもしれないって偶に思うんです。あまり王魔戦線時代の名を深刻に取り扱う人も今ではいませんね。でも」
明麗は語る。
「やっぱり戦争って怖いですよ。娯楽じゃないですよ。……でも、戦争をしたがる人が世界にはたくさんいますね。それって、よくないですよね」
「そう、ですね」
「だから」
明麗は振り返る。そして、
「私は強くなって、そんな世界を捻じ伏せたいんです。幸い今は個人の武力が世界を左右する時代ですから。やってやれなくはない。でも、一人じゃ足りない。だから」
明麗は二人に微笑みかけた。
「2人にも、頑張って欲しいんです。私にできることなら何でもしますから、なるべく早く強くなってくださいね」
そう、伝えた。
それからも鑑賞は続く。
1000人の人を殺したとされる恐ろしい異形の顔だけの魔物のドアップ写真。
狂気を発症した人の壮絶な表情をデスマスク化した写真。
美少女型の魔物に抱き着かれて干からびた男の死体。当時の英雄だったらしい。
美少年型の魔物に抱き着かれて干からびた女の死体。当時の英雄だったらしい。
幹に空いた口に歯の生え揃った巨大な植物から生えた美少女型の葉と抱き合って幸せそうな顔で事切れた死体。幸せそうな表情だ。
巨大な蟻に肉団子にされた死体。
巨大な蜘蛛に生きたまま非常食にされた人間。
巨大なゴキブリに交尾されている死体。血が溢れている
巨大な蛆に集られた死体。肉が見えている。
巨大な蜂の針に性器を貫かれた死体。恐ろしい表情で事切れている。
黒い植物の苗床となった植物人間。傍で家族が泣いている。
ラフレシア型の魔界植物の激臭を嗅いで臭さの余り顔の穴という穴を広げて死んだ人間
ハエトリグサ型の捕食植物に捕食され粘液塗れになりながら溶かされゆく死体
家屋ほどのサイズの巨大植物の蔓に巻かれ圧死した人間。
半径100メートルに渡り毒を撒き散らす斑色のヒマワリの周りに群れなした紫色の死体
オークに跨られた女の死体。正常位。接合部も体も見えない角度。
オークに跨られた男の死体。後背位。オークの尻がばっちり見える。
オークに抱えられた子供の死体。背面座位。口からはみ出ている。
オークに群がられたシスター。背後には守るべき子供たち。隣の写真では全員が死体だ。
オークに咥えられた魔符士。千切られた痛みでショック死したのか出血多量で死んだのかは分からない。
悪魔――当時最も恐れられた残虐な性質の魔物――の中でももっとも弱い子悪魔の群れにそれでもなすすべもない人間たち。殺され方が残酷だ。
大悪魔――悪魔の中では中くらいの強さ――と戦うハンター。傍には夥しい死体の群れ。
死悪魔――出会ったら死ぬことからつけられた上から2番目の悪魔――を禁止カードの連続使用による援護とランク9の精霊王レオの貧弱なADで召喚されて尚強大な戦闘能力で倒した歴史的瞬間の写真。死体に溢れているのに喜びに溢れている。
糞悪魔――ひたすら醜悪な性質を煮詰めた大悪魔並みの強さだが全ての魔物の中で最も嫌われた悪魔――が拷問館で人間を拷問している写真。とても言葉にはできない。強いて言えば拷問具の数が多すぎる。
悪魔王アスモディウス――最強の悪魔。悪魔の王魔種。王魔種の中でもトップ10に入る強さ。1万人の人間を”拷問”死させたらしい。黒く巨大な悪魔が街中に石造のように佇む写真は何かの特撮染みている。現実のものとは思えない光景だった。白くギザギザの歯が剥き出しの口は喜悦の形に歪み肉片と血と骨が詰まっている。最期は勇者カーンに殺された。
醜悪な死悪魔と戦う天使。どうやら人類の味方らしい。白い光を纏ったその姿は筆舌に尽くしがたい美しさ。隣の写真では跨られて犯されている。情緒も糞もなかった。
九足白鬼のアルメリウス――蜘蛛型魔物の王魔種。真っ白な体躯。人の手のような8本の手足と地に着く程長い白い髪を9本の足として見上げる程の高所に胴体と頭部を置いている。その顔は笑っている。口に出したくもないくらい醜悪な表情だ。存在の根本が違う。確信させる笑顔はカメラ目線。その後の写真は載っていない。
災鳥ジズ――鳥形魔物の王魔種。巨大な赤目の鷲。その表情にはやはり人を甚振る嗜虐心が見える。空を飛びながら強力な風魔法を使い、地上には決して降りてこない、厄介を通り越して災害としか言いようがない、まさに鳥系魔物の頂点に立つ王魔ならではの戦い方をし、災害のような鳥という意味で神話のジズとかけて災鳥ジズとつけられたらしい。
「王魔種……」
「魔物には種族があります。虫種、植物種、鬼種、犬種、悪魔種――その各種族の頂点に立つ存在が王魔種。といっても必ず一体のみに絞られる訳ではなく、強大な魔物は何でも噛んでも王魔種扱いされていたというアバウトな区別みたいですけどね。でも、基本はそう定義されているらしいです」
「どの王魔種も、恐ろしい、姿してるね……」
「恐ろしいですよ。生物はこんなにも醜悪な姿をするのかと驚きます。外見以上に恐ろしいのその中身ですけどね。嗜虐心に満ちた表情。王魔種の特徴ともいうべき”悪意”……それが、王魔種が恐れられた一番の要因です。強さだけでなく、悪意も魔物の頂点にある最悪の敵。それが王魔種なのです。見てください。あの写真は機械種の王魔種に高度な生命保持をされたまま生きたまま100日間
「ウッ」
「大丈夫かシャル」
「吐きそうになりますよね……これ、自撮りらしいです。機械種の魔物にこれらの写真を見せると発情するらしいですよ。どうやらこれがかの種族にとっての猥褻写真ということになるらしいです……魔物の精神性はそれだけ歪なんです。魔物は恐ろしいですよ……」
「……そうですね」
3人は観覧を続ける。シャルは吐きそうになっていた。玄咲も気分が悪かった。明麗は慣れた様子で2人を先導する。
ムンク。象徴主義的絵画魔物。額縁からはみ出したゾンビのような姿。叫び殺した人を頬に手を当て嘆きの表情で見下ろしている。
ゲルニカ。キュピズム系絵画魔物。モノクロの生物のキメラが人を己の灰色の一部にしている。
サトゥルヌス。恐怖系絵画魔物。子供を喰らう3メートルの異貌の巨人。子供の頭を喰らいながら股間を膨らましている。
モザリナ。美女系絵画魔物。ただ微笑んでいる。微笑みながら殺され、犯されている。
ヴィーナス。裸婦系絵画魔物。あまりの美しさに興奮した幾人もの魔符士によって倒され、群がれ、犯されている。重要資源として回収され後に子を孕んだらしい。
13神。宗教系絵画魔物。王魔種。美しい13人の白い肌の絵画的画風の魔物。御大層な文句を並べ神の寛大と平和と幸福を説きながら己の協議に適さない背教者たる人間を虐殺し回った。その虐殺者数は数ある魔物中でも最多という説もある。13人の内の一人が裏切ったことで自滅した。意味が分からないが、とにかく多くの人を虐殺した魔物だった。見た目と中身のギャップの激しさがよく語られる魔物だ。
キャンキャンドッグ。最弱の犬系魔物。当時から人に飼われている。
チェーンドッグ。首輪を巻いた犬系魔物。あまり強くないので人の死体をハイエナしている。
マッドドッグ。凶暴な顔つきの土佐犬のような犬。人に飛び掛かっている最中だ。
ビッグドッグ。5メートル程の巨体。足元には千切れた人の手。前足でぺしゃんこにしたらしい。
キング・ケルベロス。犬系魔物の王魔種だ。かつて神話に存在した魔物であるケルベロスから取られた。3つ首にはそれぞれ凶暴な表情。火を噴き暴れ回っている。ただ、犬系魔物自体が弱小種のためあまり強い魔物ではなかったらしい。
骸骨騎士。何故か人の骨と自分の骨を嵌め変えようとしている。墓地のようなダンジョンの中の写真。
ゾンビ。冒険者の服を着ている。同じく。潜入してバレない一から取っているらしい。
ゴースト。冒険者の慣れの果て。人の姿をしている。カメラの方を見ている。
黒いローブを羽織り杖を持った謎の存在。人型。デス・ケルベロスのゾンビのような魔物を後ろに従えている。その杖がカメラを向く。
カメラを首から下げたゾンビ。カメラを手に持って死して尚鋭い眼光で魔物にカメラを向けている。殺してフィルムを回収したらしい。
巨大な海老。水産系魔物。浅瀬に生息する。水面は赤く濁り水上の部分しか見えない。
巨大な蟹。鋏に人間の死体。そろそろ普通の写真に見えてくる。
巨大なウナギ。電撃魔法で感電させたウナギを集団で引き上げている写真。
巨大なクラゲ。近くに人が浮いている。謝って近づいたらしい。
巨大すぎる亀。遠めに見える。誰も近づかない。巨鎧甲ガメイラという王魔種らしい。
巨大な人。3メートル程。裸の奇形。人と似ても似つかない気持ち悪い顔と体をしている。
巨大な人。5メートル程。裸の奇形。手には握りつぶした死体。
巨大な人。10メートル程。裸の奇形。弧を描いた口に咀嚼された死体。
巨大な人。30メートル程。裸の奇形。足跡の中に人がいる。
巨大な人。50メートル程。裸の奇形。あまりにも気持ち悪い顔と体。無邪気な子供のようで知性を剥奪された化け物のようででっぷり太った腹で不揃いの手足は右手だけ妙に太くてそれらをバタつかせて人を楽しそうに追いかけている。本当に楽しそうだ。含むところなど何もないように見える。それが醜悪だった。斜めについた少しの髪を残して禿げあがった頭に胡乱気な白い瞳に潰れた鼻に千切れた耳にだらしなく緩んだ口元に笑顔を浮かべてシャルナが口を押える。次のコーナーに向かう。ゴローという王魔種らしい。
蒼い炎の人魂。妖怪種。人の体でなく魂を燃やす。写真の中の人は胸の中央だけが燃えている。
火車。妖怪種。車輪に人が挟まっている。怒りに満ちた表情で車輪を回している。
雪女。妖怪種。強力な氷魔法を操る他、ハニートラップをも操る絶世の美女。女の魔符士に刃物で腹を開かれて殺されている。何度もナイフで腹を刺された跡もある。悲しみの伝わる写真だった。
牛鬼。妖怪種。牛の頭に蜘蛛の手足。先端は刃状に鋭く尖っている。100人を超える魔符士が 牛鬼と戦っている。遠隔写真だ。相当強力な魔物だったらしい。
気難しい顔を下禿げた老人。ぬらりひょんという名前の王魔種らしい。ただ立っているだけだ。だが、それだけで全身の血が逆立つような怖気を写真超しに齎す何かがあった。何かがおかしい。ただ見た目にも強い魔物よりも余程本能に機器を訴える異常な存在感のある魔物だった。変形して戦うらしい。
それからも観覧は続き、やがて展示場の果てに辿り着く。
そこには扉がある。
最後の扉だ。
まるで地獄の底のような赤一色の壁の中に黒い長方形が浮き上がっている。
「そろそろ、終わりですね」
「終わり、ですか?」
「はい。終わりです――でも」
明麗はほくそ笑む。
「最後に凄いのが待ってますよ」
「うー……」
(凄いの……あれか)
「では、大芸術の観覧と行きましょうか」
明麗が最後の扉を潜る。
ガチャリ。
第5話 天之神社5 ―神への祈り―
それは巨大な絵だった。
赤の濃淡だけで描かれた絵だった。
血だった。爆発だった。人だった。怒りだった。何もかもすべてが狂っていた。グチャグチャで無秩序なようでいて、テーマが強烈に燦然と花火のように、爆竹のように、咲き誇っていた。それは血だった。
血だった。
血だった。
血だった。
血だった。
血だった。
血だった。
血だった。
血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。血だった。
ドブ沼のように混沌と赤い血が叫び狂っていた。
それは泣き叫ぶ表情そのものだった。
あるいは血に埋もれた赤子そのものだった。
それは〇様の胎盤のような赤い血の目玉焼きだった。
お天道様の代わりに地獄を照らし出す真っ赤な砂丘だった。
永業の罪苦を釘の穴で固定した永劫なる赤い檻だった。
どこにも逃げ場はない赤轢なる錆火の牢獄に囚人が囚われている。
神だ。
神への怒りが描かれている。
玄咲はそう直感した。
「終わりです」
芸術はそれで見納めだった。
ガチャリ。
【
それが絵のタイトルだった。
第6話 天之神社6 ―戦災画家リーン・フォーン―
「フェルディナ神って知ってますか?」
明麗は尋ねた。玄咲は首を縦に振った。
「はい。この世の創世神です。エルロード聖教が崇めている神でもあり、市井の評判は無能だとかクズとかゴミとかボロクソですね」
「そうですね。その通りです。あれはそのフェルディナ神への怒りを表現した絵だと言われています」
黒い廊下の中で明麗が言った。具合悪そうなシャルナの代わりに玄咲が応答する。
「知ってます」
「あら? 知ってるんですか?」
「……まぁ、少しは詳しいので」
「なら、あの絵の作者は誰か知っていますか?」
「リーン・フォーン。……あまり詳しくは知りません」
「なら、少しお話しましょうかね」
ツカ、ツカ。
「リーン・フォーン――絶世の美青年にして王魔戦線時代きっての天才画家にして戦彩画家。絵画魔法の名手で最前線で戦っていた。しかし、その容姿が災いしてアイギスに目をつけられた。そして、囚われ、人間牧場に送られた。そこでアイギスの玩具として1年を過ごす。そしてカーンがアイギスを倒すまでの最後の1年は魔物たちのペットとして大事に飼われた。魔物なりに、ですが……」
「魔物なりに、ですか」
「はい。リーンは人間牧場に愛玩具として長期交流された人間の中では数少ない生還者です。愛され過ぎたのです。魔符士として恵まれた素質を有しているが故に強靭な生命力を持っていたのも影響しているといわれています。ですが、それが彼にとって幸運だったかのどうかは分かりませんね……帰還時、彼がどうなっていたか分かりますか?」
「
「はい。その通りです。リーンの心は完全に壊れていました。もはや修復不可能な程に。余程の地獄を見たのでしょう。夜、叫ばない日はなく、幾度も自傷行為を繰り返し血に塗れました。いつもアイギスへの恐怖で怯えていたらしいです。しかし、リーンはある日突然それらの発狂行動を辞め、筆を手に取りました。そして回復魔法の治癒を繰り返して自分の中から生き血を取り出し、巨大なキャンパスに向けて猛烈に筆を走らせ始めました。7日、徹夜したそうです。その間、常に回復魔符士が彼の傍に侍り、血のインクの補充をしていたとか。7日後。リーンはとても安らかな笑みを浮かべ筆を置いて死んだそうです。そして出来上がったのが」
「さっき見たあの絵、という訳ですか」
「その通りです。生体魔術がかけられているとも言われていますね。縁あって今では天之神社で大事に保管し、王魔戦線時代を象徴する絵として展示場の最後に飾らせて頂いています。俗な話をするとぶっちゃけ天之神社の一番の目玉ですね。あれ程の鬼気迫る絵は、この世に二つとありませんから。確実に」
「確実に、か……確かに、それだけの迫力があの絵にはありましたね。まるで地獄そのものを降臨させたかのような、この世を地獄として産み堕とした神の怒りを叫ぶかのようなあの絵、あんな絵は他にない。素晴らしい。本当に素晴らしい。あんな絵、見たことない。本当に凄かった……!」
「玄咲」
シャルナがツッコむ。
「なんか、凄く、興奮してるね?」
「え? あ、いや、その、本当いい絵だったからさ。胸に迫ってくる、いい絵だった。うん。いい絵だった」
「……天之くんには相当刺さったみたいですね。正直予想外でした。うん、いい絵だとは思いますがね……天之くんはやっぱり相当変わってますね」
「そうですか」
「はい。でも、そんなとこも好きですよ」
ピクリ。
「……」
「……」
玄咲は何も触れないことにした。シャルナもあえて触れないことにした。明麗が伸びをする。
「んー……っ! しかし、流石に解説続きで疲れましたね。喉が渇きました。一旦水分俸給をしましょう」
(あっ)
明麗はポケットからドリンクボトルを取り出した。
中身は真っ黄色だった。
キュポン。
「ゴクゴク」
「……」
「……」
蓋。
「あー、美味しかった!」
「あの、それは」
シャルナが尋ねた。明麗は胸を張って答えた。
「マスタードドリンクですっ!」
ドン!
「……」
シャルナはおずおずと目を逸らした。理解できないものに触れない体勢だ。ゲテモノ趣味。そう思っている。 玄咲もあえて理由は追及はしなかった。
「っと、そろそろ出口ですね」
360度を黒く塗られた薄く館内廊下。薄く照明具で照らされたその廊下は余韻を観客にもたらすためのもの。その終わりがようやく見えてくる。黒い通路の終点に待ち受けるは赤い扉。外界への脱出口。
「これで歴史資料館の観覧は本当に終わりです。お疲れさまでした」
ガチャリ。
白い光の下へ3人はようやく出る。
第7話 天之神社7 ―平和への祈り―
「はー、疲れた……」
「俺も少し気疲れした。何せ結構衝撃的な展示を幾つも目撃してしまったからな……」
「私も。お揃いだね」
「え? あ、うん……」
場所は変わって、天之神社境内の中庭。白砂の敷かれた広々とした空間に設けられた広めの石椅子に3人で隣り合って腰掛けている。玄咲が中、シャルナが右、明麗が左だ。中、右、左。明麗がくすりと微笑む。
「本当、仲いいですねぇ」
「え? あ、はい……」
「お友達、だもんね」
「……うん」
「ふふ。……ちょっと歩きましょうか。ここは山に囲まれて空気もいいですし、気分転換にいいですよ」
明麗のその言葉で散歩をすることになった。玄咲もシャルナも異論はなかった。3人で砂利を鳴らしながら散歩をする。
「……そう言えば」
その途中、玄咲はずっと保留にしていた質問を明麗に尋ねた。
「どうして俺たちをここに連れてきたんですか?」
「んー、そうですねぇ……」
明麗は少し考えこんでから答えた。
「理由は幾つかあります。一つは試験のため」
「試験の?」
「はい。性格には試験のその先のため、です。……魔物の恐怖を本当の意味で知り、それを乗り越える。そのプロセスを挟むのと挟まないのじゃ、魂の成長具合が間違いなく数段変わる。勇気を奮いだして戦う。その方が魂格成長(レベルアップ)しやすくなる――というのが一つ。……実はですね」
明麗は後ろ手を組んで言う。
「ルディラちゃんも去年ここに連れてきたんですよ」
「えっ!?」
シャルナの驚きに明麗が頷く。
「私は1年時ルディラちゃんと組んだんですよ。私の服の袖を掴んで小さな声で頼んできて、あの時のルディラちゃんは本当可愛かったですね……っとと、今のは秘密。秘密ですよ。あの子は凄くデリケートな性格してますから」
「それは、なんとなく、分かります」
「はい。聞かなかったことにします」
「よろしい。……まぁ、彼女には逆効果というか、私の想定以上に何らかのトラウマが根深いらしく、王魔写真館の途中で気絶してしまいました。取り合えず最後の絵だけ見せて、少し休ませて帰ったんですけど、あれから1年。ルディラちゃんはあまり変われませんでしたね――いえ、言葉を濁すべきではないですね」
明麗は断言した。
「彼女は自分に打ち勝つことが――成長ができなかった。今のままでは頭打ちでしょう。才能は私以上。でも……彼女は」
明麗は寂しく笑う。
「戦いに向いていないんです。多分、ずっと無理しています」
「……ルディラ先輩に、詳しいんですね」
「そりゃ、一年間事あるごとに絡んで悉く連れない反応を返されてきましたから、当然です」
自慢できるようなできないようなことをいう明麗。それから、
「……ただ、彼女の異常な才能、そして家柄は必ず彼女を戦火へと引きずり込む。だから、彼女が今のままでいることが、私は正直怖い。私には彼女を導くことができませんでした――でも」
明麗は振り返り、
「天之くんになら」
重ね合わせた夕日よりも明るい笑顔を玄咲に向けて、
「ルディラちゃんを変えられるかもしれません」
そう告げた。
「――」
夕日が天使を橙色に染めている。丸い円の只中にシルエットが沈んでいる。幻想の美が沈黙に時を刻ませる。
「……なぜ」
玄咲は。
「俺が」
真剣な表情で問うた。
真剣に意味が分からなかったからだ。
「あなたの得意な強さは、多分今一番ルディラちゃんに欠けているもの。その強さに触れることで、何かが変わるかもしれない――私は勝手にそう期待しているのです。まさかって感じでしたが、正直、安心しましたよ。ルディラちゃんが天之くんと組んでくれて」
「え?」
「天之くんなら安心してルディラちゃんを任せられます。天之くん」
明麗は顔を傾けて、暮れなずむ夕日の中で微笑んだ。
「どうかルディラちゃんを守ってあげてくださいね。私との約束ですよ」
「はい」
玄咲は即答した。
「必ず。命に代えてでも」
「命に――私はあなたにも自分自身を大切にして欲しいのですが」
「す、すみません」
「でも」
ニコリ。
「ありがとうございます」
「……ところで」
たじたじになって無言になった玄咲の代わりにシャルナが明麗に話しかける。
「連れてきた、もう一つの理由は、何ですか? 一つはって、言ってましたけど」
「んー……もう一つはですね」
明麗は立ち止まる。明麗から視線を外していた玄咲がガンとぶつかり、もつれ合って倒れる一幕を挟んだ後、立ち上がった明麗はこう言った。
「王魔写真館。あれを見てどう思いましたか?」
答えではなく、質問。玄咲はちゃんと前を見て答えた。
「……恐ろしいと思いました。魔物の脅威というものを俺は甘く見ていたと認めざるを得ないです」
「うん。それで、怖かった。……気は引き締まりました。確かに、間違いなく」
「そう、ですか。……私もね、同じです。幼いころ見たあの資料館で泣いた記憶はずっと忘れません。そして」
明麗は振り返り言った。
「この平和の素晴らしさも、永遠に忘れません」
真っすぐ、伝える。
「……この時代は平和ですよ。そりゃ、多くの人の尽力で成り立っている仮初の平和なのかもしれない。でも、それでもね、平和ですよ。……本当」
明麗は夕日に呟いた。
「この平和が、続くといいなぁ……」
玄咲は、きっとその言葉が全てなのだろうと思った。
平和を希求する心。天之明麗の根幹はきっとその心なのだろうと。
いつも明るくて優しいのは、根が途方もなく純粋だからなのだろう。
明麗の心に玄咲は酷く共感を覚えていた。
「……単にね」
ぽつりぽつりと、
「共感されたかったんです」
明麗は本音を零す。
「この平和の素晴らしさを」
遠く、夕日を見る。
「戦争の悲惨さを」
遠く遠く。
「亜人の歴史を、魔物の怖さを」
果て無き遠くを。
「そして何より、それらを超えて今ここにある、今この瞬間の奇跡を、この素晴らしい時間の尊さを」
まるで得難く捨てがたい宝物の在処を何度も確認する子供のような目つきで。
「あなたたちに共感してもらえたら嬉しいなって思ったんです。それもまた私の本音。あはは、結構エゴイズム入ってますよね。すみません。でも、正直に語ります」
揺らぎ沈みゆく夕日を眺めながら明麗は語った。
「……なんで俺たちにそこまで」
「私があなたたちを大好きだからです」
迷いない言葉が即座に帰ってきた。
明麗はこれまでで一番の、明るく、麗らかな、明麗らしい笑顔で、2人に笑いかけた。
玄咲は訳知らず涙が零れた。シャルナも、涙を零していた。玄咲は思わず尋ねた。
「なぜ、俺たちのことを、そんなに」
「――それは、ですね……シャルナちゃんを助けた時のあなたがとても格好良かったからです」
「えっ……あ、いや、ああ……」
玄咲は驚き、しかしすぐに得心した。それはとても明麗らしい理由だったし、よく考えたらそれくらいしか理由がなかった。おそらく出会う以前の明麗の眼に初めて、そして唯一触れたであろう機会。
あの決闘。
あれ以外、あれ以上の理由などよく考えたらあろうはずがなかった。
「もし私が同じように困ってたら、きっとこの人は助けてくれる。……不思議と、そう確信できたんです。それでですね。気づいたら」
シャルナと、私を重ね合わせてしまったから。
「好きになっちゃいました」
「――」
明麗の理由。それは、衝撃的だった。シャルナがプルプル震えている。明麗はあはは、と笑った。
「あくまで後輩としてですよ。だから、シャルナちゃん。落ち着いて。本当、落ち着いてください……」
「う、うにゃ、うにゃにゃ――うにゃーーーーーーーーーーーーっ!」
シャルナは久々に暴走した。明麗が笑顔で逃げ回り、シャルナがそれを目をグルグルにして追う。大空の下で、2翼の天使が戯れ舞う。それはとても、美しく、平和な光景で、玄咲はこの光景がいつまでも続いて欲しいと、一瞬、本気で願った……。
第8話 天之神社8 ―勇者AD―
「ところで天之くん」
駆けっこが終わった後、ぜーぜー膝をついて息を吐いているシャルナを背後に背負って明麗が唐突に言った。
「勇者ADを起動してみませんか?」
「しましょう」
玄咲は即答した。明麗は笑顔で頷き、背を翻してどこかへと去っていった。
「お、おお……! おおおおおおおおおおおおおお!」
玄咲の手に今虹色に輝く宝剣が握られている。
震える手に伝説が握られている。
勇者AD。彩虹剣セイント・ソード。
勇者カーン・スパークが最後に使っていた最強のADだ。
原作にもなかったイベントに玄咲のテンションは上がりっぱなしだ。
「こ、これが本物のセイント・ソード。凄い存在感だ……!」
「う、うん。ディアボロス・ブレイカーには劣るけどね……」
「ま、まぁ、うん……それにしてもこれ、本物だったんですね」
「いえ、展示してるのは模造品でです。それは隠し倉庫に保管していた本物のセイント・ソードです」
「な、なるほど、道理でさっきより迫力が増して見えたはずだ。しかし、いいんですか? そんな貴重なものを持ち出して?」
「私には……マギサ法がある」
(あ、良くないけどゴリ押すつもりなんだ)
「さ、早く起動を。虹色の魔力の持ち主なら起動できるはずですっ! 取り合えずこれを」
明麗が1枚のカードを玄咲に渡す。
ランク1
光属性
ライト・フラッシュ
「ライト・フラッシュ!」
セイント・ソードにカードをインサートした玄咲が叫ぶ。
カッ!
「うおっ、まぶしっ!」
間近で光を浴びた玄咲は目を瞑り顔を背けた。けたたましい程の光量。シュヴァルツ・ブリンガーより間違いなく格上。伝説のADの出力の一端が垣間見えた。
(流石勇者が使ったADなだけはある。凄い出力だ)
「……本当に起動、できた。驚きました! 凄い! 凄いです天之くん!」
明麗がピョンピョン飛び跳ねて喜ぶ。玄咲は悪くない気分になった。
「ふ、ふふ。いや、それ程でも、ふ、ふふ……」
「では次は、本番です!」
シャルナが言葉を挟む間もなく明麗は玄咲にまた一枚のカードを渡した。
ランク7 イージス・ソード
「こ、これは……?」
「私のメインカードの1枚です。性能バランスが丁度いいんですよ。天之くんのレベル的にも試運転には丁度いいと思いまして。さぁ、早く起動を」
「は、はい」
ゲームのストーリーでも明麗が魔物と戦う際好んで使用していたカード。つまり、縛りプレイをする時でもなければ基本明麗をメインパーティに入れていた玄咲にとってもとても思い出深いカードだ。その実物を天之明麗その人から手渡し。玄咲は戦々恐々カードを受け取り、震える手で勇者ADにカードをインサートした。
「天に、天に向けて詠唱してくださいよ。念のため」
「わ、分かってます。ゴクリ……それでは、行きます!」
玄咲は勇者AD――彩光剣セイント・ソードを頭上に突き出し、声高く叫んだ。
「イージス・ソード!」
【エタ村】
「……ん? なんだべ、ありゃ?」
プレイアズ王国の田舎に住む農家の
小さな太陽のような虹色の光が山の中腹に灯っている。孝子の中で疑問はすぐに氷解した。
「あんれはぁ……魔法の光だっぺ。きっと明麗さまの魔法だっぺ」
「ああ。そうかぁ。明麗さまは天才だべなぁ。あれくらいの魔法使うっぺなぁ。いやぁ、凄いっぺ」
「耕士もあれくらいの魔符士になればいいだがなぁ」
「ははは。耕士はそこまでの器じゃないっぺ。ラグナロク学園に入学できただけでももうけもんだっぺ。学園の端っこでも無事に生きて卒業してくれればそれ以上は望まないっぺ。……でも、立派な魔符士になるといいだべなぁ」
「そうだがなぁ……そん時はたくさん赤飯炊くだ」
「んだんだ。そん時のために農業再開すっぺ」
「おうだ。泣いて戻ってきた時耕士に継がせる畑も用意しとかなあかんだぎゃな」
畑夫妻は虹色の光のことはすぐに忘れて農業を再開した。大空の光とたくさんの愛情を受けて育った稲穂が虹色の光にも負けない眩しさでどこまでも光り輝いている。
「お、おおおおおおおお……!」
宝剣が纏う眩い光のオーラが5メートル程の高さまで伸びあがり奔流し続ける。間違いなく過去最高のシングルマジック。勇者の伝説は真実だった。勇者ADはオーパーツだった。感動が玄咲の心を揺らしていた。
「す、凄い……!」
シャルナの瞳も魔法の光を反射して虹色に輝いている。虹色の光の奔流はいつまでも止まらない。
中々、途切れない。
「――もういいですよ。天之くん。疲れたでしょう」
「え? あ、そうですね……どうやって止めるんですか?」
「え? なんか、こう魔力の流れを締める感じで、こう――」
「……」
「……え? できないんですか?」
「ッ! できるッ!」
「ええ……」
「ふ、ふんッッ!!!!!」
「……」
「ふんッ!!!!!!!!」
しばらくふんばったらなんか止まった。生き恥と引き換えに玄咲の魔力制御の能力が少し上がった。
「――凄い、ですね。勇者AD。セイント・ソード。伝承に違わぬ化け物ADだ。シュヴァルツ・ブリンガーより明らかに格上だ……」
「――そうですね。流石に他の古代ADとは一回り格が違うようです。――なるほど。これが、勇者AD……」
明麗は感慨深げに玄咲の手元を見つめる。光を失った剣身がその瞳に移る。
呟く。
「……これは、おそらく」
呟きかけた。
「あ、明麗さん! 今のは」
「あ、母さん」
その時、異変に気がついた明麗の母が裏庭に下駄を吐いてやってきて、目を剥いた。
「セイント・ソードッ! あ、あがが、ほんも、本物っ、持ち出し、起動し、え、えぇ!?」
「お、落ち着いてください。ただ絶対持ち出し禁止の品を持ち出してちょっと起動して見ただけです。有益な実験結果も得られましたし何も問題ありません。私は悪くない」
「ウッ、心臓が」
「母さーーーーーん!?」
明麗の母が倒れた。心不全を起こしていた。すぐに玄咲が持ち合わせの回復魔法で直した。その間にも天之神社の関係者が集まり、大騒ぎになり、言い訳を駆使した後最終的に明麗は謝っていた。玄咲とシャルナの明麗に対する幻想が少し崩れた。
(でも、これはこれで可愛いな。うむ。可愛ければ何も問題はない)
「あ、それと」
明麗が天之神社の関係者に勇者ADの説明を行う。その説明は玄咲もシャルナも聞いていた。騒ぎが落ち着いたあと、明麗は胸を張って言った。それで全員納得した。
「これにて一見落着です! さぁ、ちょっと疲れたのでレストランでご飯でも食べて休憩しましょうか!」
第9話 天之神社9 ―下校―
食事処【里見の里】
茣蓙の敷かれた和風レストラン。メニュー表を覗いて明麗が声を弾ませる。
「今日はこのおすすめランチがおすすめらしいです」
「なんか頭がバグりそうな単語ですね……」
「私、魚魚ラーメン」
「じゃあ俺も……うまか!ラーメンにしようかな。頭の悪いネーミングが気に入った」
「それは魚と鳥出汁ですね。うまか!ですよ。じゃあ私は――ホットドッグマスタードマシマシ2個で。店員さーん!」
誰もおすすめランチを頼まなかった。楽しい食事となった。
【祈祷所】
明麗が歌い上げながら舞を踊っている。
ゴスペル調の礼賛歌だ。
荘厳な調べが和風な舞にベストマッチしている。
紅白の流麗な軌跡が目に鮮やかな軌跡を残す。
流水のように淀みを知らず大火のように盛り続ける。
玄咲は訳知らず涙が零れた。
それは本当に美しく尊いものに触れた時にのみ流れる涙だった。
天之明麗の舞は天上の美しさだった。
「これにて流刃万火の舞を終了させて頂きます。観覧頂きありがとうございました」
明麗は礼儀正しく地に膝と手をつけ頭を下げる。玄咲はもはや涙を流しながら高速拍手をすることしかできなかった。シャルナも同じだった。ぐすりぐすりと泣いていた。明麗は恥ずかしそうにはにかんだ。
【賽銭箱】
チャリンチャリン。
パンパン。
「……」
「……」
「……」
何でこんなことしてるんだろう。全員、同じことを思っていた。
【おみくじコーナー】
「おみくじを引きましょう!」
ガラガラ。
中吉
大凶
凶
それぞれ、明麗、玄咲、シャルナの結果だ。気まずい空気が流れた。
【おみやげコーナー】
「おみやげを買いましょう!」
「そろそろ帰りますからね。何がいいかな……」
「あ、あれに、しよ!」
シャルナはシルバーのついた髑髏のアクセサリーを指さした。玄咲はやんわりと断った。
「さーて、どれにしようかな……」
「あ、あれにしましょ!」
今度は明麗がとある品を指さした。それは灰色の鳩のアクセサリーだった。理由を尋ねてみると、
「鳩は平和の象徴なんですっ! 私は平和が大好きなんですっ! だから鳩のアクセサリーがいいですっ!」
「……平和、か」
灰色の鳩。何てことのない、普通の鳥。だからこそ、平和の象徴。シャルナがポツリと呟く。
「黒と白が混ざって、灰色。平和の、色になる。……なんか、いいね」
「そうだな……。あの鳩のアクセサリーを3つ買おうか。俺も気に入った」
「はい! お揃いですね!」
3人で同じ鳩のアクセサリーを3つ買った。平和の象徴。3つの幸せ。玄咲は鳩のアクセサリーを太陽にかざした。
細めた視界の先、眩しくてそのまま飛んでいきそうな程生き生きと輝いて見えた。
【下校】
「それじゃ、そろそろ戻りましょうか」
明麗が微笑み笑顔で言う。歴史資料館を見学した。凄まじい絵を見た。勇者ADを起動した。飲食店で素材の味が生きた美味しい食事を食べた。明麗の舞とゴスペル調の祝詞の融合した不思議で荘厳な演舞祈祷に涙した。おみくじを引いた。賽銭箱に金を投げ入れお参りをした。平和を祈願するような灰色の鳩のキーホルダーをお土産屋で3つお揃いで買った。それはとてもとても楽しい時間だった。人と過ごすからこそ味わえる、この世で2つとない時間だった。楽しい楽しい時間だった。
でも、それももう終わる。
楽しい時間には終わりが来る。
「はい。俺たちの――」
「うん。私たちの!」
「私たちの!」
玄咲と、シャルナの前で、夕暮れを背負った明麗が最後の鳥居の向こう側で、階段を背に両手を広げて告げる。夕暮れ色に染まった街並みの果てにはラグナロク学園――玄咲たちの帰るべき場所。
そこに、みんながいるから。
「――ラグナロク学園へ!」
無数の夢がある。希望がある。愛がある。だから、無限の光が生まれる。
――階段を下る3人の影がどこまでも伸びる。3人のシルエットの上に夕日がいつまでも輝いていた……。
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