第24話 マスタードドリンク
マスタードドリンクを飲むくだりがある他、他にも色々違う。この話は本当完成しなかった。今も納得仕切った訳ではないが、一応人に見せれるレベルには達したと思う。
「ふふ。天之く~ん。天之くん……」
生徒会室。天之明麗はSTに写ったダンジョンアタックの録画動画をニコニコと眺めている。常にも増してニコニコしている。表情が緩んでいる。常時会長の行うべき仕事を一身に引き受けて完璧に処理している初期の巡理凛子は、決済の終えた書類の束を机の上でトントンと束ねながらため息をついて明麗に突っ込んだ。
「会長。うざいです。遊びならよそでやってください」
「いいんですか? 私が外でだらしない姿を見せても」
「やっぱりここにいてください」
「はーい。全く、凛子は私から離れたがれないんですから……」
「もう自分の仕事は自分で片付けられる年ですね? 私自分の仕事はもう全部終わってるんで今日はこれで失礼させていただきます」
「冗談です。凛子、会長命令です。私の傍にいなさい」
「……はぁ、仕方のない人ですね。はいはい、傍にいればいいんでしょ……」
凛子は立ちかけた椅子に座り直し書類仕事を再開する。そもそも凛子もただ冗談を口にしただけで離れるつもりは元からなかった。明麗と違いもう符闘会の選手としては期待されていない己の分を弁えて、いつものように明麗のサポートに全力を尽くす。ラグナロク学園3年生ともなれば、生徒の育て方も1年の頃とは色々変わってくるのだ。
明麗の生徒会長業務もその一環だ。そもそも明麗はそのカリスマ以外はどう考えても生徒会長向きの人間ではない。それなのに生徒会長をやっているのは学園長の意向だ。明麗の現在のレベルは99。それが1年程続いている。最後の1レベルがどうしても上がらない。その1レベルを上げるための試行錯誤の一環が生徒会長活動だ。何がレベル100の切っ掛けになるか分からない。だから試しに生徒会長でもやらせてみよう。そういう意図により明麗は生徒会長になった。そしてその試みは今の所成果を上げていない。レベル100の頂はそう簡単に手が届く程甘くはないのだ。
そして、手が届いた後に手に入る超魔力。そして何よりギフテッド・スキル――天から授けられるカードに寄らぬ固有魔法とでも呼ぶべき超能力は、そうまでしてでも手に入れる価値がある。符闘会に10大会連続で出場しているマナデックの修験者などはこの世界でレベル100に至った数少ない存在だ。それ故に、魂成期を過ぎて尚、現役でいられるだけの実力がある。レベル100に至らない現在でも世界最強の一人に数えられる明麗がレベル100に至ったらどれだけの力を得るのか――学園長はその可能性に涎を垂らさん勢いで期待している。
符闘会まで残り1年。残りのレベル1を上げレベル100に至るのが明麗に与えられた課題だった。戦闘技能は既に学園長が認めるレベルにまで至っている。
レベル100に至るために精神の成長に繋がりそうなことを何でもやらされている。それが今の明麗の現状だった。
「会長、レベルはまだ上がりませんか」
「はい。その片鱗もありません」
「ままなりませんね」
「ままなりませんねー……なんとなく」
明麗は手中のSTを見下ろして言う。
「天之くんが関わってくるような気はするのですが」
「――」
凛子の仕事をする手がピクリと止まる。だが、すぐに再開して、
「なぜ、そう思うのですか?」
問う。
「んー……なんというか、勘です。でも、彼は」
「彼は?」
「私の救世主になってくれるかもしれない人ですから」
「――」
凛子の手が再び止まる。言葉を考える。この場でもっとも最適な言葉を。
問いかけるべき言葉を。
「会長は――」
なぜなら。
「私は?」
凛子の役割は。
「何故、あの男をそこまで気に入っているのですか?」
明麗のレベル100となるファクターを探し当てること。
「それは――」
そしてもしあの男がそのファクターだとしたら。
「それは?」
凛子はあの男を。
「それは――」
天之玄咲を――。
「――秘密ですっ!」
パシっと凛子に言い切る明麗。
「……そうですか」
凛子は肩を落として落胆する。
「親友の私にも答えられないことですか……」
「はい。すみません。だって、恥ずかしいじゃないですか。いくら相手が凛子でも、ちょっとそれを口にするのは、あはは……」」
「いえ……こちらも少し無遠慮過ぎました。申し訳ありません」
「いえいえ。気にしないでください。誰だって触れられたくないことはある。それだけの話ですから」
「……まぁ、誰だって
「そうですっ! 誰だってあるのですっ! ……だからそのー、凛子。落ち込まないでくださいね?」
「いえいえ。気にしないでください。この程度の事で落ち込むほどデリケートな神経はしてないつもりですから」
「よかった。あ、マスタードドリンク取ってください」
「はい」
凛子は生徒会室に備え付けの冷蔵庫からマスタードドリンクのボトルを一本取り出し明麗に渡した。
「ありがとうございます」
明麗はそのボトルの蓋を開けて、おもむろに口を近づけ。
そのまま一気に半分ほどの量を口の中に流し込んだ。喉がなる。明麗は口元を手で拭って至福の笑顔を浮かべた。
「んー……甘いですっ! やっぱりマスタードは神の恵みですね!」
「会長。それめっちゃ体に悪いので程ほどにしてくださいね。それしか美味しく感じられないという事情には同情しますけどね……」
「分かってます分かってます。たまの気分転換です。凛子が変な質問をするのがいけないんですよ?」
「うっ! ……それは、申し訳ないです……」
「冗談、冗談。凛子は固いですねぇ」
「性分なもので……」
「でも、そんな所が好きですよ」
「……ありがとう、ございます」
凛子は照れくさそうに視線を逸らした。明麗が伸びをして、それから生徒会長室の空席を見て、
「そういえば軽子は遅いですねぇ。どこに行ってるのでしょうか」
「大変です会長!」
スパ―ンと生徒会室の扉を開けて軽そうな見た目にウェットな感情と瞳を兼ね備えた生徒会副会長赤羽軽子が現れた。そしてシュタタ、と一瞬で明麗の前まで速足で歩み寄り、明麗の空のデスクに手をついた。マスタードドリンクの容器が一瞬浮き上がる。
「プレイアズ王国の国境付近にSSSランクモンスターヒュドラ出現! プレイアズ王国国境警備軍の手には負えず、生徒会長に応援要請が入りました! このままでは国境領域侵犯で魔物討伐義務不履行の罪でプレイアズ王国を包囲しているエルロード聖国の同盟国の一つジコリマス帝国にこずかれます! 大至急応援をとプライア女王から入電が届きました! 偶々その場に居合わせて一番足が速い私が直々に報せにきた次第であります! と、とにかく至急応援を!」
「分かりました。すぐに向かいましょう」
明麗は全く動揺することなく即答した。完全に慣れた対応。この程度のこと、何十回と明麗はこの学園に入学してから経験してきた。
「そうか。もうそんな時期なんですね……。軽子、方角はどちらですか?」
「9時の方向! 真っすぐ行けばすぐにヒュドラの巨体が見えるので迷うことはないと思います!」
「分かりました。ありがとうございます。では早速」
立ち上がった明麗の手には既に2枚のカードが握られている。1瞬で取り出したのだ。カードドローの速さはハイレベルな魔符士同士の戦い程重要になってくる。明麗のドロースピードに敵う者は少なくともこの国にはいない――手を、前に。カードを握る。その表面に刻まれた情報が明麗の目に移る。明麗は続けて詠唱する。
「武装解放――」
ランク10
補正値400
「
明麗の手に宝玉が嵌め込まれた木剣型のADが現出した。国内最強の一振りの一つ。符闘会に出る時はこれにさらに国家予算をかけて強化する。さらに明麗はADに1枚のカードを挿入する。
ランク5。
光属性。
光翼魔法。
「ライト・ウィング」
明麗の白い翼に光の翼が被り、飛行能力を強化する。有翼魔法の本来の使い方だ。シャルナの使い方は邪道だ。凛子は何度見ても圧倒されてしまう光翼の生えた明麗の姿に感嘆の念を抱きながら、
「会長、そういえば1年の時からずっとそのカード使ってますね」
「魔力消費と性能のバランスがいいので長距離移動用には最も適しているんです。全ての局面において高ランクカードが最適という訳じゃありませんよ。さて――」
明麗が生徒会室の窓を開ける。そしてその縁に足をかけて、最後に笑顔で生徒会室を振り向き、
「すぐ戻ってきます」
大空へと、飛び立つ。
翌日のプレイアズ新聞の1面はもちろん明麗のヒュドラ討伐の記事だった。
「――天、使だ……」
「え? どこ?」
「あそこだ」
「あ――天使だ……」
ダンジョンアタックの2日後。
玄咲とシャルナはその日、初めて天使が空を飛ぶ姿を見た。校舎裏でいつものように弁当を食べている最中の出来事だった。2人は目を細めて眩しい空を見上げる。
大空に、どこまでも白く美しい光が輝いていた。
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