クリスマス特別版第18話 ルディラと手紙
後半が丸っと違う。リサが退学になる。
拝啓 ルディラ様
私はあなたの秘密を知っている
随分後ろくらい趣味ですこと
学園では必死に隠しているようで
お可愛いこと
もしこの趣味が公になったら……
あなたの評判はどうなるのでしょうか?
想像したら心が痛みます……
バラされたくなければ放課後校外のスラム街のB地区にあるBAR【ロデオ・ボーイ】まで一人できなさい
待っていますよルディラ・メルキュール
クシャ。
「……」
朝、下駄箱。ルディラ・メルキュールはまたラブレターかと思い開いた下駄箱に突っ込まれていた手紙を握り潰し、無言で震えた。
「はぁ、シャル……」
放課後。精霊についての話をした後、シャルナは明麗と特訓にいった。これから2週間、学校では殆どシャルナは明麗と行動を共にすることになるだろう。これまで学校にいる間は基本ずっとシャルナと一緒にいた。急な別離は分かっていても戸惑いを生む。軽いシャルナロス。玄咲が俯きがちにとぼとぼと校舎前の大広場を歩いていると、
「むっ、あれは……」
ルディラ・メルキュール。帽子を被りサングラスをつけきょろきょろと辺りを見回す姿はどこか存在感が薄い。何かしらの魔法でも使っているのかもしれない。シャルナが纏っているのと似た気配があった。校門から出て行く。玄咲は少し迷って、それからルディラの尾行を決意した。ただならぬ様子。パートナーとしてその身を心配し案じるのは当然のこと。
(腕が鳴るな)
これでも玄咲は重役のボディガードをしていたこともある。ストーキングはお手の物だ。そのせいで倫理観が少しずれている所はあるが、本人が気づかなければ何も問題はなかった。
「……」
ルディラは書店で立ち止まり、本を一冊手に取って、眺めて、それからまた棚に戻し、歩みを再開した。玄咲はルディラが手に取った本をちゃんと確認し、らしいなと思い、それからまた尾行を再開した。
「……」
ルディラはメイド喫茶の前で立ち止まり、メニューを眺めて、それからまた視線を戻し、歩みを再開した。玄咲はメイド喫茶のメニューをちゃんと確認し、らしいなと思い、それからまた尾行を再開した。
「……」
ルディラはプレイアズ・マートに入店し、水を一本買って、飲みながら、歩みを再開した。そのうなじには汗が滲み、やや歩みが鈍っている。玄咲は店の陰からルディラが道を曲がったのを確認し、素早くその後を追った。
そして1時間後。
「へへ……」
「ひひ、天使が見えらァ……」
「ラグナロク学園の制服かァ……チッ、手出しはやめとくか……」
「……」
スラム街。B地区。ケミカルジャンキーの多さに定評のある地区。その中をルディラは胸を張って歩く。胸の前の空虚に詰まっているのは自信か、あるいは虚勢か。スラム街に住むものには分からない。ラグナロク学園の制服を着ていることもあり静観を選んでいる。
しかし、ハイエナの目つきだ。
(危険だな……やはり、あれ関係だろうか)
半壊した建物。占領された空き家。土台が脆く手出しされない廃墟。廃棄工場。スラムは身を隠す場所には事欠かない。玄咲は安定して尾行を続ける。
「む、多分あの店。合ってますよね」
10分程進んだ後、ルディラは手の中の地図に視線を落とした。そのタイミングで、ルディラの頭上で音が鳴った。
ガシャン。ゴコ……。
「えっ?」
ルディラが顔を上げる。その時には既に。
巨大な鉄製の看板がルディラの頭上に迫っていた。ルディラは全く反応できない。ただ、瞳を強張らせた。目をギュッと瞑った。
「危ないっ!」
そして、その身をたくましい腕で攫われた。その直後。
ガシャァアアアアアアアアアアアアアアン!
……土煙。そこは先ほどまでルディラがいた場所。助けられる際置き去りになった帽子とサングラスと隠蔽用のリード・デバイスが下敷きになっている。ルディラは血の気が引く思いを味わった。そして。
「ク、クロ、ありがとうございます……」
――間一髪、己をその窮地から救った忠犬に首で振り向き礼を言った。玄咲は静観に引き締まった顔つきでルディラに告げる。
「危なかった――
「は、はい。そのようですね。ところで、その、クロ」
「なんですか」
「そ、その、手がですね、手の位置がですね……」
「……」
……玄咲は本当に間一髪でルディラを助けた。だから、細かい配慮などする余裕はなかった。だから、全力を駆使し横っ飛びでルディラを抱え込んで崩落した看板から逃れた後のことは考えていなかった。正確にはその後の体勢まで頭が回らなかった。
現在、玄咲はルディラを背後から、何の呵責もない力で、前部に手を回して抱きしめている。意識してしまえばその細さ、柔らかさ、なめらかさは言葉に例えようもない。あまりにも官能的で場違いな興奮を抱かざるを得ない。速やかに手を離さざるを得ない。玄咲はスピーディーに手を動かした。
「し、失礼ッ――」
コリッ。
「んっ!」
――時が止まった。ルディラは口を抑え、玄咲から顔を背け続ける。玄咲は顔を青ざめさせ、己の掌を見つめる。再び時を動かしたのはルディラだった。無言、無表情で立ち上がり、玄咲から顔を背けたままクールに髪を掻き上げて、目的地への歩みを再開した。
「行きますよ」
「え、どこに」
「決まってます。この先のロデオ・ボーイという施設です。ついてきなさい」
「え――」
「? どうしたのですか。クロ。早くついてきなさい。私と一緒にあの施設に――」
「あの、そこ、ラ、ラブホテル、ですが――」
「……」
ルディラは立ち止まった。ピンク色の建物――ロデオ・ボーイの店頭写真を見る。すぐに俯いた。玄咲が近づく。ルディラはすり抜けるようにその脇を俯いたまま抜けて、玄咲に命じた。
「帰りますよ。ラグナロク学園に」
「え、でも、寄るんじゃ」
「帰りますよッ!!!」
――ルディラは怒鳴った。クールの皮が剥げ激情が零れ出ていた。どこか、涙声だった。玄咲は速やかにルディラに従った。三歩開けて尾行体勢に入った。行きと同じだ。違うのは距離感と、ルディラに向けられるスラム街の住人の視線の数だけ。玄咲は周囲に睨みを利かせながらルディラに話しかける。
「スラム街の住人の仕業でしょうか」
「直接的にはそうかもしれませんね。でも、黒幕は違うでしょう」
「水姫リサですね」
ゲホッゲホッ。
ルディラはむせ込んだ。ちょっと涙目で玄咲を振り返る。
「なぜそれを」
「彼女以外ありえないでしょう」
「……かもしれませんね。その、証拠がないので、断言はできかねますけどね……」
ルディラはさりげなくポケットに手を当てながら顔を俯かせた。
弱みを握られたものの目だ。
だから玄咲はそれ以上何も言わなかった。
「そうですね」
ただ静かに決意するだけだ。ルディラがふと自分の顔を抑える。
「あ……変装道具が……」
「潰れちゃいましたね」
「仕方ありませんね。このまま帰りましょうか。幸い護衛もできたことですし問題ないでしょう」
「護衛?」
「あなたのことです。帰りますよクロ」
ルディラが当たり前のように言ってくる。それが嬉しくて玄咲は声を弾ませた。
「はい!」
「ふふ。犬みたいですね。……そういえば」
ルディラは玄咲を振り返り尋ねた。
「クロは、誰にでも優しいんですね」
「え?」
「変装してたのに、迷わず私を助けてくれました。それって、私じゃなくても助けたってことですよね?」
「――」
変装。そこに突っ込むと話がややこしくなる。その後の話を上手く収束できる気がしない。だから玄咲は、
「当然のことです」
嘘をついた。ルディラは口元を微かに緩めて、胸の前で手をギュッと握った。
「そうですか。良い心がけです」
「う……はい」
なんとなくいい雰囲気。玄咲は少しドキドキした。しかし、ルディラはふいに顎に指を添え、
「ん? そういえばクロ。あなたは何故ここにいたのですか? 偶然、な訳ありませんよね」
「えっ? いや、あの……」
「まさか、ストー――」
「違う!」
ルディラが言い切らぬうちに玄咲は断じた。他人に指摘されると否定せずにはいられない気色の悪さをストーカーという言葉に感じ取ったからだ。ルディラがやや怯みながら尋ね直す。
「では、何故?」
「……」
やむなしと、玄咲は嘘をつく。
「……ケミカルを買いに来ました。B地区は穴場なんです。スラム街の中でももっともケミカルの流通が多い。あのロデオ・ボーイという店もケミカルを利用したサービスを提供している。プレイアズ王国随一のケミカル・ヘブン。それがB地区なのです。ケミカルを買うなら……ここ以外ありえない。だから俺はここに――B地区にきた。それだけのこと」
「そ、そうですか……」
ルディラはたじろいだ。それから真剣な声音で、
「……クロ」
「はい」
「ケミカルはやめなさい。その内規制されますよ」
「はい。分かってます。ごめんなさい」
「やめなさい」
「はい……」
呆れ果てたようなルディラの声。玄咲は肉を差し出し骨を守った。何かもっと大事なものを失った気はしたがストーカーと思われるよりはマシだと思い切る。
「クロ」
「はい」
「……ありがとうございます」
「え?」
「……い、一緒に帰りますよ。ラグナロク学園に。ご、護衛です!」
それがルディラにとって精一杯の礼だったのだろう。俯き、耳を赤くして、誤魔化すように護衛だと付け加えるルディラに、玄咲は激しくエモーションを刺激され、勢いよく頷いた。
「――はい!」
「ふむ。失敗したようですね。ちっ、所詮はクズですわね」
水姫リサは今日の悪戯の成果に舌打ちをし、自室の机の脚を蹴たぐった。七霊王家が人柱【水姫】。その邸宅である水麗城塞――水のアートで彩られた庭が自慢のこの国で一番美しいと言っても過言ではない巨大邸宅。その中の最上階にある水姫リサの自室での出来事だった。
「しかし、占星術で導き出した後ろくらい趣味ありとの占託は当たりだったようですね――しばらくはそれ関連で反応を試してみますか。いつもみたいにスカした顔で無視できるかどうか見ものですわね」
水道工事を主な生業とする水姫家の家業の一つに占星術がある。カルト宗教の教祖である1代目当主の教えの名残りで家業の一つとして今代に至るまで残っている。
水姫リサはその占星術を習得していた。水姫家の血筋のものはみな教育の一環として才能の如何に関わらず最低限の占星術の教育を受ける習わしになっているからだ。リサの才能は中くらい。頑張ればものになるかなという程度。だからリサは占星術はあまり本腰を入れて学んでいなかった。凄く泥臭い努力が必要になりそう。それより中学でトップだった魔符士の道を歩む方が楽に生きられそう。時代の花形だしちやほやされそう。その程度の考えだった。実際リサは天才だった。だからラグナロク学園に当然のように入学した。自分の望むバラ色の未来が待っていると疑いもしなかった。
待ってなかった。
ルディラがいたから。
水姫リサはラグナロク学園でも才能はある方だった。でも、占星術と同じく中くらいだった。だから、リサはラグナロク学園じゃあまり目立てなかった。世界の中心から弾き出された。
代わりにその座にはルディラ・メルキュールが収まった。
リサはそれが理不尽だと思う。許せないと思う。
本来なら自分がいるべき位置。そこに下級貴族たるルディラ・メルキュールが居座っている。それは耐えがたい世の不条理。あまりにも傲慢。ルディラにはその資格がない。なぜなら性格が悪すぎるからだ。リサが話しかけても無視することの方が多い。たまに返事をしても酷く不機嫌そうだ。ある時は蔑むような目を向けられたことさえある。それどころかリサに率先して関わらないようにしている節さえある。
あまりにも不敬だ。
性格の悪さが極まっている。
同級生の間に流れるリサの悪口もどうせルディラが流したものだろう。そうと思えば腹も立たない。卑しい人間の卑怯なやり口に腹立てる程リサは子供じゃない。ただ、哀れに思うだけだ。
相応しくない人格に、相応しくない力を得て増長してしまった小物。それがリサのルディラへの評価。
あまりにもラグナロク学園に――いや、この世に相応しくない。だから排除することにした。この判断に己の私心は全く混じっていない。ただ総合的に判断した上でやっぱり世界のために死んだ方がいいと判断しただけのこと。死んだ方が世のためになる人間もこの世にはいる。まだ若輩だがリサにもその程度の道理は弁えられた。今回は失敗したがきっと次は上手くいくことだろう。
「魔獣退治試験、でしたか。フフ、次はどうやって弄んでさしあげましょ。全く高貴な人間は何かと役目が多くて大変ですわね。使命感で肩が凝りますわ」
リサはとても大きなプライドの乗っかった肩をやれやれと揉み解す。所かまわない高貴な仕草。影口の原因の一つ。
「……ちっ。廊下がうるさいですわね。どこの馬鹿でしょうか。ルディラと同じくらい死んで仕方ない馬鹿ですわ。首にしてやりましょうか」
妙に廊下が騒がしい。悲鳴じみた声まで聞こえるのはどういう訳か。誰か折檻されているのかもしれない。リサは舌打ちをして席を立った。ドアに向かう。
「全く、どこの馬鹿なのかしら。なんなのかしら。死にたいのかしら――」
そして、ドアノブに手をかけた。ドアノブが力を籠めていないのに一人でに開く。おや、と思ったのと同時、
「やめてー! 殺さないでー!」
母――水姫カリサのそんな声が滑り込んできて、
バキ!
「え?」
ドアノブが壊れた。そして開いた。
ギギィ―。
マギサ・オロロージオと目が合った。怒気を孕んだ髪が波立っている。リサは反射でADをマギサに向けた。
「アクア・オメガ」
手。伸びてくる。口にアイアンクロー。ギリギリと締めあげる手に、涙。アイスピック型のADが床にコロンと音を立てる。マギサが己のAD――
「タイム・リード」
リサは効果範囲内の過去の記憶を全て読まれた。吐き捨てられる。
「不要分子が。ルディラはあんた程度の生徒が億人集まっても比べ物にならない価値のある生徒なんだよ。よくも学園外で殺そうとしたな――ペナルティーだ。ちょっときつめに躾けてやるよ。二度とそんな意思がおきなくなるまで徹底的にね……!」
「いや、いや、いやーーーーーーーーーーーーー! 学園長のペナルティーだけはいやーーーーーーーーーーーーー!」
リサは躾けられた。殺された。そして蘇生処理後退学処分となった。
翌日。
「リサ、退学になったらしいですよ」
廊下。自分から会いにきたルディラが玄咲に話しかけた。
「聞きました」
「学園長から連絡がありました。リサは何も知らないから心配はいらないと」
「何も知らない?」
ピタリ。
ルディラは少々の沈黙で話題を流した。
「とにかく、退学になったらしいです。正直ホッとしました」
「まぁ、普通に殺人未遂でしたからね」
「殺人未遂でした。クロがいなければ死んでいましたね。それで、クロ」
「はい」
玄咲は密かに礼を期待した。
「告げ口したのはあなたですね」
ゴホッゴホッ。
「なんのことやら」
「そこで咳込んだのは白状したようなものですよ」
「……」
玄咲はしばしの逡巡の末、頷いた。
「はい。俺がやりました」
「やはりですか。……少しやり過ぎではないでしょうか。退学になる程では……」
「殺人未遂を犯したんだ。退学でも生温い」
「――まぁ」
ルディラは頷いた。
「そうですね。普通に殺人未遂ですもんね」
「殺人未遂です」
「……そうですよね。殺されかけたんですね、私……。クロ、あなたがいなかったら死んでました。クロがあんなだったから恐怖心が麻痺してましたけど、今更実感が湧いてきました……」
「……」
玄咲はニヒルに佇む。格好良く見える。ルディラは胸の前で拳を握った。
「クロ、ありがとうございます。改めてお礼を言います。告げ口したことも。……本当は私がそうするべきでした。ただ、その、踏ん切りがつかなくて……」
「ルディラ先輩」
「はい」
「気にしなくていい。俺が勝手にやったこと。それが全てです」
「……はい。あの」
ルディラは玄咲に頭を下げた。
「ありがとう、ございます。昨日も、今日も」
「……気にしなくていい。俺が勝手にやったこと」
玄咲は壊れたリピーターのように同じ言葉を繰り返した。会話が長引き緊張もあって口が回らなくなってきている。ルディラは密かに口元をギュッと引き結んだ。
「……そうですね。お礼をするのが道理でしょう。クロ」
「はい」
「この借りは試験で必ず返します。今は思いつかないので、その、保留ということで」
「分かりました」
「よろしい。では」
いつものようにクールに髪を掻き上げ、ルディラは背を翻した。
「カフェテラスにいきましょう。せめて好きなものを奢るくらいはしてあげます」
「はい!」
2人はカフェテラスで昼食を取った。幸せな休憩時間だった。
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