第16話 天之神社9 ―下校―
食事処【里見の里】
茣蓙の敷かれた和風レストラン。メニュー表を覗いて明麗が声を弾ませる。
「今日はこのおすすめランチがおすすめらしいです」
「なんか頭がバグりそうな単語ですね……」
「私、魚魚ラーメン」
「じゃあ俺も……うまか!ラーメンにしようかな。頭の悪いネーミングが気に入った」
「それは魚と鳥出汁ですね。うまか!ですよ。じゃあ私は――ホットドッグマスタードマシマシ2個で。店員さーん!」
誰もおすすめランチを頼まなかった。魚魚ラーメンは添加物なし素材の味だけで味が作られた職人の技が光る逸品。うまかラーメンは魚にくわえて鳥出汁の旨味を活かした珠玉の味。ホットドッグはこれでもかとマスタードが山盛りになっていたが明麗は美味しそうに食っていた。共に過ごした時間の分だけ会話が弾む楽しい食事となった。
【祈祷所】
明麗が歌い上げながら舞を踊っている。
ゴスペル調の礼賛歌だ。
荘厳な調べが和風な舞にベストマッチしている。
紅白の流麗な軌跡が目に鮮やかな軌跡を残す。
流水のように淀みを知らず大火のように盛り続ける。
玄咲は訳知らず涙が零れた。
それは本当に美しく尊いものに触れた時にのみ流れる涙だった。
天之明麗の舞は天上の美しさだった。
「これにて流刃万火の舞を終了させて頂きます。観覧頂きありがとうございました」
明麗は礼儀正しく地に膝と手をつけ頭を下げる。玄咲はもはや涙を流しながら高速拍手をすることしかできなかった。シャルナも同じだった。ぐすりぐすりと泣いていた。明麗は恥ずかしそうにはにかんだ。
【賽銭箱】
チャリンチャリン。
パンパン。
「……」
「……」
「……」
何でこんなことしてるんだろう。全員、同じことを思っていた。
【おみくじコーナー】
「おみくじを引きましょう!」
ガラガラ。
中吉
大凶
凶
それぞれ、明麗、玄咲、シャルナの結果だ。気まずい空気が流れた。
【おみやげコーナー】
「おみやげを買いましょう!」
「そろそろ帰りますからね。何がいいかな……」
「あ、あれに、しよ!」
シャルナはシルバーのついた髑髏のアクセサリーを指さした。玄咲はやんわりと断った。
「さーて、どれにしようかな……」
「あ、あれにしましょ!」
今度は明麗がとある品を指さした。それは灰色の鳩のアクセサリーだった。理由を尋ねてみると、
「鳩は平和の象徴なんですっ! 私は平和が大好きなんですっ! だから鳩のアクセサリーがいいですっ!」
「……平和、か」
灰色の鳩。何てことのない、普通の鳥。だからこそ、平和の象徴。シャルナがポツリと呟く。
「黒と白が混ざって、灰色。平和の、色になる。……なんか、いいね」
「そうだな……。あの鳩のアクセサリーを3つ買おうか。俺も気に入った」
「はい! お揃いですね!」
3人で同じ鳩のアクセサリーを3つ買った。平和の象徴。3つの幸せ。玄咲は鳩のアクセサリーを太陽にかざした。
細めた視界の先、眩しくてそのまま飛んでいきそうな程生き生きと輝いて見えた。
【下校】
「それじゃ、そろそろ戻りましょうか」
明麗が微笑み笑顔で言う。歴史資料館を見学した。凄まじい絵を見た。勇者ADを起動した。飲食店で素材の味が生きた美味しい食事を食べた。明麗の舞とゴスペル調の祝詞の融合した不思議で荘厳な演舞祈祷に涙した。おみくじを引いた。賽銭箱に金を投げ入れお参りをした。平和を祈願するような灰色の鳩のキーホルダーをお土産屋で3つお揃いで買った。それはとてもとても楽しい時間だった。人と過ごすからこそ味わえる、この世で2つとない時間だった。楽しい楽しい時間だった。
でも、それももう終わる。
楽しい時間には終わりが来る。
「はい。俺たちの――」
「うん。私たちの!」
「私たちの!」
玄咲と、シャルナの前で、夕暮れを背負った明麗が最後の鳥居の向こう側で、階段を背に両手を広げて告げる。夕暮れ色に染まった街並みの果てにはラグナロク学園――玄咲たちの帰るべき場所。
そこに、みんながいるから。
「――ラグナロク学園へ!」
無数の夢がある。希望がある。愛がある。だから、無限の光が生まれる。
――階段を下る3人の影がどこまでも伸びる。3人のシルエットの上に夕日がいつまでも輝いていた……。
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