第40話 シャルナと恋人ごっこ

 その後は似顔絵を描いた。ラーメンを食べた。翼を撫でた。他にも色々遊んだ。心身の疲れは大分癒えた。そして今、ベッドで隣り合っている。


「何か、して欲しいことはないか」

「……んー、じゃあね。今度はさ」


 シャルナが耳打ち。


「恋人ごっこ、しよ」


 ―――ゴクン。


 玄咲は唾を飲み込んで、しかししっかりと頷いた。


「い、いいよ。何を、するんだ」

「えっと、まずはね」


 傍にある布団をギュッと手繰り寄せシャルナは口元を隠す。


「膝枕、して」





 バクンバクンバクンバクンバクン!


「こ、これでっ、いいかっ、シャルっ!?」


「うん……落ち着く」


 シャルナの程よい重さの頭が膝、というか太ももに乗っている。さらざらした髪の感触までもが数本の毛がズボンを透過し肌を突き刺す感覚と共に感じられる。はっきり言って気持ちいい。むず痒くもある淡い痺れが触れる個所から全身まで伝播する。シャルナに膝枕。それは玄咲がいつかしたいことでもあった。


(ただ、表情が見えない……)


 シャルナは布団で緩く顔を覆っている。タオルが手近になかったのでその代わりだ。


「ないとさ、凄い顔、見せちゃう」


 布団は時々もぞもぞ動いた。あ、ニヤけてる。はっきり分かる皺の寄り方だった。むず痒い嬉しさを抱いてしまう。自分の膝枕がシャルナににやける程の喜びを生んでいる。その実感が、衝動に変わる。


(もっと何かしてあげたい)


 玄咲は迷った挙句、シャルナの形のいい頭にゆっくりと手を伸ばし、白髪越しに頭を撫でた。


「ふあっ!?」

「ッ!? ご、ごめっ! 驚かせるつもりは!」


 サっ、と話しかけた手をシャルナが見もせずギュッと掴み、再び頭に置く。


「い、いいよ。ちょっとびっくりしただけ。続けて。撫でて。もっと、もっと。ずっと、ずっと……」

「……分かった。いつまでも、撫で続ける。この身が果てるまで」

「大袈裟だよ……でも、うん。私が寝ちゃうか、満足するまで、ずっと、撫でてぇ……」


 凄く甘えた語尾。シャルナへの愛おしさが爆発する。腹の内で爆弾のように爆ぜたその衝撃が、玄咲の体をカッと熱くする。これ以上のことがしたい。そう思う自分を必死に理性の鎖で雁字搦めに封殺する。ひたすら自分を殺して頭なでなでに専念する。なでなで。なでなで。なでなで。形のいい柔らかな頭部が、灰のように滑らかな髪が、シャルナに触れている実感が、いつまでも心の内に甘い刺激と衝動を脈打たせ続けた。シャルナが寝て尚、玄咲は頭を撫でるのを止められなかった。玄咲にとっても、シャルナの膝枕も頭なでなでもご褒美でしかなかった。







 1時間後。


「うーん……満足!」

(……ッ! こ、この状況は……!)


 玄咲はシャルナに部屋の隅でもたれかかられていた。1時間経過したころ、シャルナは突然がばっと起き上がった。そして「今度はこれ」と言って、玄咲の足の間に割って入り、そのまま体育座りの姿勢でもたれかかってしまった。いつぞやを思い出さずにはいられない体勢。心臓で爆音のビートを奏でながら玄咲はシャルナに尋ねる。


「しゃ、しゃしゃしゃシャル。なんで、急にこんな体勢に……?」

「……この体勢が、一番落ち着く。なんでかな? 分からない。でも、大好き」

(だ、大好き……言葉のチョイスが、犯罪的だ……)


 大好き。この行為が、という文脈だと分かっていてもドキドキする。シャルナの言葉には玄咲は全て過敏に反応する。ふと、脳裏に思い浮かぶ。


(……そう言えば美遊ちゃんにも、こんな体勢でCMAを遊ばせたっけ。何故か唐突に思い出してしまった)


「すり、すり」

「ひぅっ!?」


 シャルナが頭を首元に擦りつけてくる。さらさらした感触が無限に心地よい。甘えられている実感が際限なく胸を焦がす。垣間見えた目を閉じた犬のようなシャルナの笑みがどうしようもなく破壊的に愛おしい。甘い香りが鼻をくすぐる。本当に理性が破壊されそうになる。頭の中がシャルナで一杯になる。ガシャポンのカプセルのようにシャルナがどんどん充満して、理性の鎖をぎちぎち鳴らす。


 手が、震える。


「ねぇ、玄咲……今度はね……」


 恋人ごっこはまだ継続らしい。生唾を飲み込む。


「な、なななっ、なんだっ、シャル――」

「――えいっ!」


 ガバッ!


 視界が黒に覆われる。シャルナが玄咲もろとも布団をかぶったからだ。意図を把握しかねる。でも、なんだか凄くドキドキするシチュエーションだった。布団の中、シャルナと密着している。匂いが充満する。熱が籠る。視界が閉ざされた分、他の感覚が敏感になる。凄くイケない雰囲気。シャルナの無邪気な声が、2人を閉じ込める帳の中に響く。


 どうしようもなく、甘く。


「えへへ、これで、ちょっと、恥ずかしい、ことも、言えるね」

「は、恥ずかしいことって、何を――」




「抱き締めて」




 本能のままに理性の鎖を引き千切る。シャルナの体を何の遠慮もなく抱き締める。その細い腰を右手で抱き締める。驚く程華奢で女の子らしい肉感をしている。上体全体を左手で脇から逆袈裟懸けに肩に回して抱き締める。腕に胸が当たったことに気付かなかった。あとから気付いて動揺したが少しも力は緩んでくれなかった。シャルナに腕が吸い付いて離れない。顔を、首に埋める。肩と側頭部に強く顔が密着する。とにかく、体の全てでシャルナを感じたかった。少しでも多く触れ合いたかった。熱を感じたかった。一つになりたかった。熱と熱で感じ合いたかった。一つに溶け合いたかった。一つになりたかった。一つに戻りたかった。


「好きだ、好きだ、好きだ、好きだ、好きだ、好きだ、好きだ、好きだ、好きだ、好きだ、好きだ」


 呟きながらシャルナは自分のものだと、確かめるように、マーキングするように、願うように、いつまでもいつまでも抱き締め続けた。シャルナを、求め続けた。ずっと、ずっと。いつも、心の中で望み抱いている通りに。シャルナを抱き締め続ける。うな垂れ情けなく顔に首を埋めながら、告げる。


「――もうどうしようもなく、壊れそうなくらい、好きなんだ。ずっと、いつも、こうしたいって思ってる。浅薄な望みを君に重ね合わせてしまっている。穢しているようで嫌になる。それでも、好きなんだ。止められ、ないんだ……」


「……ね、玄咲」


 シャルナの声が震える。


「私、今、怖いくらい、幸せ」


 視界の上端、水滴が顎から垂れ落ちたのが暗闇の中でも見えた。得体のしれない感情が爆発して全て愛おしさに転化してさらに強く抱き締める。抵抗は一切なかった。


「ね、玄咲、あのね、やっぱりね、ここが、玄咲のいる、玄咲の腕の中が――」


 シャルナが上擦った吐息と共に零す。同時、その言葉を聴きながら、玄咲も思っていた。


(シャルのいる、シャルナといられる、ここが、世界ではなくこの場所が、時間が、瞬間が、今この瞬間が――)



「私の、楽園」

(俺の楽園)


 想いが一つになる。












「好き」


 シャルナがさりげなく告白した。

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