第38話 シャルナとシャワールーム
時は戻って、寮に帰った直後。
ラグナロク・ネスト666号室。
玄咲の部屋。
念のためシャルナを自室に連れ込んだ玄咲は、バエルを簡易召喚して事情を話した。
「え、またお預け? 仕方ないわねぇ……ま、私は都合のいい女だから、認めてあげるわよ。……月一は認めるって、言っちゃったしね(ボソッ)」
バエルにシャルナを泊める了承をあっさりもらって玄咲は驚く。送喚後、シャルナと話す。
「……最近さ、バエル、優しくなったよ」
「そうだね。少し変わった。柔らかくなった。玄咲の、お陰、だろうね」
「そうかな」
「そうだよ」
「頭、下げてたな」
「うん。お礼。2度も、救って貰っちゃった。もう本当、頭が上がらないや。根っこはさ、そこまで悪い人――精霊じゃ、ないよね。本当に、悪意ある人、見た後だとさ、尚更そう思う。バエルさんのこと、ちょっと、好きになってきた、かも」
「……そうか」
SDに悪魔神バエルのカードを収納しながら、玄咲は微笑んだ。
(でも、やっぱ前まで怖がってたんだな……)
「これから、どうする?」
「……そうだな。どうしよう……」
シャルナを一人にするのが怖くて自室に連れ込んだものの、それから先のことは全く考えていない。玄咲はポツリと呟いた。
「どうしよう」
「どうしよっか。何でもいいよ」
「何でもいいか。そうだな……色々疲れたし、まず無難に体を休めようか。心を休めるにはまず体から。シャル、シャワーを浴びてくるといい。俺は後で浴びる」
「一緒に浴びよ」
玄咲は激しくむせ込んだ。
「じょ、冗談はいいから、早く」
「……うん。浴びてくる」
シャルナは少し残念そうにシャワールームへ向かった。そしてすぐに、
「ひゃわっ!
ひっくり返る音。玄咲は刹那で思考した。
(悲鳴!? お、落ち着けただ滑って転んだだけに決まっているいやでももし誰もの心が無防備になってしまうシャワールームで待ち伏せされていたらどうするしゃ、シャルがシャルがシャルがシャルがシャルが俺のシャルが下種な男に襲われていたらどうする嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だそれだけは考えたくないそれだけは嫌だはっこの世界には防音魔法があるもしかしたら今この瞬間にもシャルがシャ、シャシャ、シャルが俺の宝物がいやだ俺の穢さないで俺のシャルを奪わないでいやだいやだいやだいやだいやだシャル、シャル、シャル、シャル!)
「シャル!」
玄咲は0,1秒で駆け出した。不安の大監獄からの脱走劇。看守から逃げる囚人の勢いでシャワールームへ。何の躊躇いもなくシャワールームの扉を開ける。
そして、目にした。
足を広げてひっくり返った、制服のままシャワーを浴びて濡れているシャルナの姿を。少し捲れつつ正面を向けて中身を隠す役割を放棄したスカートと、制服の上着が他の何も押しのけて目に入った。どっちも濡れている。白い制服が透けて、白いシャツとその奥の色まで張り付かせている。そして、広げられた足の狭間。
濡れ透けている。白いのに。
奥の、色が、張り付いて――。
「ひゃぁああああああああああああああああああ!」
「あがっ!」
シャルナの投げた金属タライが玄咲の鼻っ柱に直撃する。蹲って鼻血をだらだらと垂らす玄咲の前でドアがピシャリと締められる。そして、怒声。
「馬鹿! 馬鹿! 馬鹿! 今日は、本当に、何の誇張もなく、純粋に馬鹿! 信じ、られない! 信じられない!」
「だって、シャルが心配で、不安で不安で、そしたら、体が勝手に動いて、ごめん……!」
「ッ!」
シャルナは一瞬で翻意した。
「なら、仕方ないね。いいよ、全部、何もかも、まるっと許してあげる」
「あ、ありがとう……! でも、なんでひっくり返って濡れてたんだ?」
「滑って転んだ拍子に、シャワーのスイッチ、入れちゃっただけだよっ! それ以外の理由、あるわけ、ないでしょ」
「あ、ああ。そうだよな。うん。そうだな。そうに決まってる。……やっぱりそうだったのか」
「うん。そう。と、とにかく、ベッドで待ってて。すぐ、行くから」
「う、うん……? うん」
言い方。そう思うも何も言わず、玄咲はベッドの隅で大人しくシャルナを待った。
15分後。
「玄咲―、ちょっと来て―」
「なんだー、シャル―」
玄咲はベッドの隅で体育座りしてCMAの思い出に浸るのをやめて、シャワールームの前に立った。
「着替えがないのー。生徒カード渡すから隣の私の部屋から適当に取ってきてー」
「い、いいのか? お、俺は男だぞ?」
「私と玄咲の仲でしょー。はいこれ、カード」
扉が少し空いてそこから生徒カードを持った手が伸びる。玄咲は感動しながら、そのカードを取った。
「分かった! 取ってくる! ちょっと待っててくれ!」
玄咲はいそいそと玄関に向かった。靴に足を突っ込んだその時――、
「やっぱ部屋はダメ―――――――――――――――――――――――――――!」
大声。驚き振り返った玄咲の目に。
こちらに慌て手を伸ばしているシャルナの白い肌が一杯目に入った。ドアから大部分がはみ出て、白くない部分もばっちり見えてしまって、そして、シャワールームと廊下の境目を跨いだ足元のその上には、白い丘と――。
「――はっ!」
「起きた?」
制服姿で正座してこちらを見下ろすシャルナと目が合う。シャワー上がりのせいだろうか。白い顔にほんのり朱が満ちている。玄咲は気絶する前の出来事を思い出そうとして、
「うっ! 頭が――」
「無理しないで。滑って転んで頭打って気絶したんだよ。ベッドで休んで」
「あ、ああ。あれ? シャル、いつの間に着替えたんだ?」
「……玄咲の服羽織って、自分の部屋に服を取りに行ったの。借りた服を洗濯籠に突っ込んであるよ」
「そ、そうか。ん? 確か俺が頼まれていたような――つっ! 脳が、痛い……!」
「無理しないで。強く打ったから、痛むんだよ。思い出すことは何もないよ。だから思い出さないで」
「シャルナがそう言うならそうなんだろう。なら、もう思い出さないでおく」
ついでに言えば脳が警鐘を鳴らしている。自分にはまだ早いと、なぜかそんな声が聞こえて仕方がない。シャルナが念を押す。
「うん。何もなかった。いいね?」
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