第35話 生徒会長

「……天之明麗、生徒会長」


 白い双翼を背中から伸ばした、天使。天之明麗あまのあきら。その後ろには2人の女子生徒。

 赤髪のショートカットで顔の輪郭を丸く覆った女子生徒。副会長の赤羽軽子あかばけいこ

 眼鏡をかけた凛々し気な女子生徒。書記の巡理凛子めぐりりんこ

 全員メインキャラ。3人が虐殺現場を眺め回しながら近づいてくる。その姿を見ただけで、一瞬、ドキリとする。だが、浮ついてる暇はないと気を引き締めて、正対する。徒手空拳の距離で。バエルがいない。もう自分一人で何とかするしかない。


「遠目にも、あの精霊が暴れているのが見えましたよ。学園自治は仕事の一環ですので慌てて駆けつけました」


 ニコリと、明麗が笑う。その背後で赤羽軽子が周囲を見渡して顔色を悪くする。


「何よ、この現場。こんな酷いの見たことないわよ……うぅ、吐きそう。お、おえええええええ! ……なんであなた、こんな酷いことを平然と命じられるの? 分からない。私には分からないわよ……! 分かりたくもないわ……! 屑の思考なんて……!」


「……正当防衛ですよ。俺たちは悪くない」


 さばさばしてそうな見た目に反して大分ウェットな表情、濡れた目で副会長はキッと玄咲を睨みつける。玄咲は乾いた表情、冷めた眼で睨み返した。一瞬で糸を張った緊迫を明麗の苦笑が和らげる。


「ふふ、警戒しないでください。見れば分かります。射弦義家の当主に、力をつけて増長したのでしょう。問題行動が最近一線を越えてきた馬場英治とその舎弟。そして、堕天使の女の子。因果関係は明白ですっ。推定無罪っ! 事情聴取は必要ありませんね」


 ふわりと全てを包み込むようなたおやかな声。けれど、凛と研ぎすまされた芯を持っている。ゲームの想像通り。玄咲はそれだけ思った。凛子が、見た目同様硬い声で明麗に突っ込む。


「必要です。今から行いますので少々お待ちください」

「凛子は固いですねぇ」

「会長がフリーダム過ぎるんです。まぁ、概ね想像通りだとは思いますが、何事も形式は大事ですので。よろしいですね? 天之玄咲1年生?」


 凛子はちらりとシャルナに視線をやってすぐに玄咲に戻して、言った。


「はい」


 玄咲はその配慮をありがたく受け取った。


「では、始めましょうか。まずは首謀者と思われる射弦義カミナが女装して死んでいる件について――」


 手際よい質問の連打であっという間に事情聴取が完了した。


「ほぼ予測通りですね。一応、学園長による蘇生後、彼らにも、確認しますが、おそらく決定は変わらないでしょう。……まぁ、一応確認しますが。ええ、形式は大事ですから」


 眼鏡をクイッする凛子。玄咲は尋ねる。


「彼らはこのあとどうなるのですか」

学園牢スクールプリズンに短期収監します。レアケースなのですが、今回はデッドライン超えてはいけない一線を超えましたね。その後、各々の罪に応じたペナルティーを学園長から受けることになります。しかし馬場李安はおそらく退学になるでしょう。罪を重ね過ぎました。そして射弦義カミナもまた学園牢に短期収監することになります。ですが、イベント日には出所することになるでしょう。学園長の性格を考えたら」


 正気でない判断。だが、玄咲は思った。


(それでこそだ。それがいいんだ)


「つまりっ! 天之くんたちは当然無罪ですっ! よかったですねっ!」

「いえ、ギルティーです。過剰防衛です。彼はやり過ぎました」


 凛子が玄咲を見る。冷静の向こう側に、ただそれだけでない冷たさを感じさせる視線。玄咲は睨まれているようだと感じた。


「校則に照らし合わせればイベント日までの学園牢への短期収監が妥当かと。そしてしっかりペナルティーを受けてもらって――」

「凛子」


 天之明麗が巡理凛子の肩を掴んで、瞳を合わせる。


「私がいいと言ってるんです。だから、無罪です」

「――」


 明麗は笑顔のまま。脅している訳でもない。だが、それでも凛子は顔を青くして頭を下げた。


「で、出過ぎた真似をして、申し訳ありませんでした。トップダウン上に従うは、組織運営の基本ですもんね……」

「うん。それでいいんです」


 それしか表情がないかのように笑顔を浮かべ続ける天之明麗。玄咲はゲーム知識を思い出す。


(生徒会長は学園長から統治権を分譲される。マギサ法を分け与えられる。学園長に余程強く反対されない限り、生徒会長の決定はそのまんま学園長の決定となる。一先ず、この場はもう問題ないか)


「天之くん」


 明麗が玄咲に笑顔を向ける。凛子と向かい合っていた時と何も変わらない笑顔を。玄咲は、やっぱり可愛いなと思った。気を引き締めた。拳を、握る。惑わされないように。血が流れる程、ギュッと。


「――悔しいんですね」

「えっ。いや――はい」


 ――玄咲は頷いた。明麗の言葉は玄咲の内心をこれ以上なく的確に打ち抜いていたから。一瞬で内心を看破するなんて、流石、生徒会長だなと思った。明麗がクスリと笑う。


「安心してください。私もあなたくらいの時期は悔しい思いを一杯しました。でも、今では一杯強くなりました。これから、強くなればいいんです」


 明麗の言葉は優しかった。だからこそ、耐えがたい。そんな言葉をかけられる資格なんてない。真っ先に、そう思ってしまう。そしてこんな状況にもかかわらず憧れの天使を前に高鳴り続けている自分の心臓に殺意を抱く。明麗は「ふふ」と笑って、玄咲の頭に手を伸ばしかけて――。


 ギュ。


「シャ、シャル?」

「……」


 玄咲を腕を強く抱いて自分の方へ寄せ、それでも尚うつ向いたままのシャルナを見て、止めた。それから、苦笑して、謝る。


「ごめんなさい。そういう関係でしたね。奪う気なんてないから、安心してください」

「……」


 ギュ。


「……シャル、えっと、とりあえず帰って、いや、まだ、駄目、なのかな……?」

「ふふ。もういいですよ。あとは私たちがやっておきます。だから、今日はもう下校してください。彼女も」 


 シャルナを見て、明麗は少し優しく笑った。


「――疲れているようですから。ゆっくり休んでください」

「はい」


 玄咲は腕に抱き着くシャルナの手を握って、自分からも引き寄せて、寮へと歩き始めた。シャルナもすぐに握り返して、体を寄せてきた。こんな状況にもかかわらず、やっぱりドキドキしながら、玄咲は下校する。


「天之くん」


 その背に、天使の声。玄咲は振り返る。明麗が、目を弧にして、手を振って笑いかける。


「また、その子を守ったんですねっ! 偉いですっ! 流石、天之くんですっ!」

「……」


 流石、の理由がよく分からない。でも、それでも、無邪気なその笑みの、眩しさに、心を絆されて、ほんの少しだけ、口角が緩んだ。自然と、力の抜けた笑みになる。


「――」


 シャルナが、体を寄せて、さらに強く腕を絡める。玄咲はもう、シリアスな表情が保てなくなった。ドギマギと上擦った表情を浮かべて、シャルナと寮へと歩く。


「――あら?」


 明麗はキョトンと目を見開き、思考が空白になった隙に笑みの消えた己の唇を自分でも驚き手で抑えながら、遠ざかりゆく玄咲の背を見送る。

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