第3話 ヘル・シーフード

 G組の教室。HR。業務連絡を終えたクロウが最後に付け足す。


「そういえば、毎年恒例の新入生歓迎学年合同レクリエーションイベントの詳細がようやく決まりそうだ。いつもならとっくに詳細を発表している頃合い何だが、今年は初っ端からイレギュラー尽くしで、しかも学園長が強情なこともあって教員会議が長引いてな。でも、ようやく決まりそうだ。今日中にSDで通知があるだろう。通知があったら教室に集合してくれ」


「ねぇ、イベントって、なんだろね」


「俺にも分からない。イレギュラー尽くしってのが不安を煽る」


「あ、そっか。そだね」


 シャルナとそんな会話を交わしている内にHRは終了し、クロウが1時間目の授業を開始する。


「それでは授業を行おうか。今日はADのギミックについて――」







 リーンゴーン、リーンゴーン。


「っと、チャイムか。これで今日の授業は終わりだ。しっかり復習するように。以上、解散」


 やる気がない割には内容自体はしっかりしているクロウの授業が終わり、昼休み。いつものようにシャルナとお弁当を持って校舎裏の木陰の下のベンチへ。最近では何故か人通りが露骨に少なく2人の専用スポットみたいになっている。シャルナがお弁当箱を2つバッグから取り出しながら言う。


「今日はね。凄いよ」


「凄いのか」


「うん。開けてみて」


 シャルナに貰ったお弁当を膝の上で開けてみる。その瞬間。


 鼻を焼き殺すような刺激臭が弁当箱から解き放たれた。


「うぐっ!?」


 お弁当の中身は一面赤黒い焼きラーメン。まるで地獄のような色。戦慄を顔に浮かべる玄咲を見てシャルナが笑う。


「あはは、予想通りのリアクション。私も、これの調理中、何度もせき込んだ。一人で食べるのは、無理かなって、思ってたから、2人で分けるのが、丁度いい。お弁当に、最適だね」


「これは、もしかしなくても、あれか? ヘル・シーフード味か?」


「うん。ヘル・シーフード味だよ。本当は、玄咲の部屋で、そのまんま2人で食べようと思ったんだけど」


「だけど?」


「……やっぱりさ、学校で、太陽の下で食べるのが、気持ちいいよね!」


「! うん! そうだな!」


 シャルナらしい明るく朗らかな理由に玄咲の相好が崩れる。今朝頭を過った想像は既に脳内から削除している。玄咲は自分のメンタルをある程度操作する術に長けていた。そうして精神のバランスを取ることで何とか生き延びてきたのだ。戦争で何人も自殺者が出る中で玄咲が生き残れた理由は精神安定を保つ術を独力で身に着けたお陰でもある。もちろん一番の理由はCMAだが。シャルナが笑む。


「だよね! 決して他意なんかないよ!」


「うん! そうだな!」


「じゃ、食べようか!」


「うん!」


 2人は弁当に箸を伸ばす。そして麺を掬い、同時に口に含んだ。


「「……」」


 そして同時に顔を蒼褪めさせて無言になった。箸が止まる。休憩中に食う食べ物ではない。フードファイトや激辛チャレンジなどの何らかのイベント中に食う食べ物だ。決して学校の休み時間に食う食べ物ではない。決して。決して。特にシャルナが強くそう思った。


「ど、どうする? 残すか」


「食べる」


「え?」


「全部食べる。玄咲の私への、プレゼントだもん。残すなんて許されない」


「えっと、俺は構わないが」


「私が構うの。さ、一緒に食べよ」


「……うん」


 玄咲はシャルナに逆らえない。一人で食ってくれなんてましてや言えるはずもない。気の進まないままに地獄のような辛さの麺を淡々と食い続ける。玄咲は何だかんだで食い物の範疇なら大抵食べられる。ゴキブリだって殺菌すれば食べられる。蛇だって、人肉だって、無論食べられる。だから地獄のような辛さだろうと、所詮舌や喉の痛さを我慢するだけなので、拷問の訓練を受けているものだと思って割り切って食べられた。それに慣れればちゃんと旨みがある。ゴキブリに比べたら全然食える。隣にシャルナという最高のスパイスがあることも手伝って玄咲は気づけばぐいぐいと焼きヘルシーフードラーメンを食べ進めて一気に完食してしまっていた。


「ふぅ。意外と何とかなったな。食べ物なだけあってちゃんと食える味だ。まぁ当たり前だけど。慣れるとちゃんと旨みがあって、美味しかった、流石月清って感じだった。うん、もう少し辛味を抑えたら普通に大ヒットするんじゃないかな。獄辛タンメンみたいな商品名でさ。シャルはどんな感じ――」


「熱い、痛い、苦しい……でも、こ、これが、玄咲の……! はふっ、熱っ! いたっ! で、でも、美味しい! すごく、美味しいなぁっ! はふっ! はふっ!」


「……」


 シャルナは顔を蒼褪めさせつつ赤くもした赤と青が入り混じった凄まじい相貌で顔一杯に汗を掻いて明らかに無理をして食べていた。美味しいと言っていた。涙をぽろぽろ零している。


(……なんかシャル、最近キャラ変わったな。明るくなった。多分これが地なんだろうな。確かにこれはシャルナの母が言っていた通り元気過ぎると表現しても過言ではないかもしれない。これはこれで可愛いな……)


「はふっ、はふっ。はぅぐっ!? や、やっぱ無理! もう限界! 水っ! 水―っ!」


(……ちょっと残念感――というかポンコツ感も漂うがな。一昨日の騒動は酷かった。昨日も小さなトラブルを起こしてたっけ。そんなところも含めて、やっぱり俺にとってシャルは天使だ。あるいは天使の子だ。可愛いなぁ……)


 無理と言いながら決して食べるのをやめないシャルナがヘルシーフード焼きラーメンを完食するまで、玄咲は断続的に水筒に水の蓋を注いで渡し続けた。完食までには15分程かかった。





「か、辛かった……でも、慣れるとちゃんと旨みもあったし、食べれなくはない辛さだった」


「まぁ普通に販売している商品だからな。死にかけるほど辛いなんてことはないさ。ファンタジーじゃあるまいし」


「そりゃそうだよ」


 それからしばらく玄咲はシャルナとヘルシーフードの味の感想を語り合った。謎肉の中にある芯を噛むと辛さが弾けるだの、スープがない分薄まることのない辛味がダイレクトに麺に絡んでいるだの、トマトと辛味は意外なベストマッチだっただの、唐辛子を噛んだ瞬間弾ける小さな飛沫が一番きつかっただの、月清のカップラーメンだけあって芯にはしっかりと旨みがあっただの、カップラーメン好き同士なので会話は弾んだ。


「じゃ、玄咲。こっから一旦、別行動しようか。私、1人で行動するね」


 何の前触れもなくシャルナが突然言い出した。ヘル・シーフド味について10分程話した頃、ネギと辛味の相性について語り合っていたら結論も出さず話を切り上げて唐突だった。玄咲は慌てた。自分の想像以上に、シャルナと別行動をするという事実が胸にきた。


「な、なんで、これから俺たちはバトルルームに行って新しいADの試運転をする予定だったじゃないか。シャルもあんなに乗り気だったじゃないか。なのに、急に、なんで……!」


「わ、私にだって、1人になりたいとき、くらいあるよっ!」


 シャルナが何故か慌てて立ち上がる。玄咲も慌てて追い縋った、


「ま、待て! 俺もついていく! ふ、不安だ。シャルを1人にするのは不安だ! トラブルに巻き込まれたとき、俺が傍にいなかったらと考えただけで気が狂いそうになる。気のせいかもしれないが、何か嫌な予感もする。だから一緒に行く。絶対にだ」


「わ、訳があって、ね? その訳があって、さ? さ、察して、くれるよね?」


「ッ!?」


 察してくれ。その台詞から玄咲は察する。シャルナの本心を。


 ――流石にずっと一緒は、ないよ。愛が重いよ。それって、ちょっと引く……。


(っ!? げ、幻覚だ! まやかしだっ! シャルは――使はそんなこと言わない。俺の、天使で、堕天使のシャルは、そんなこと、絶対、言わないんだっ! だ、だって、シャルにそんな風に思われた、もう、俺は、俺はっ…!)


「……いや、一緒に行く。絶対だ。俺は絶対シャルについていく。例えそう思われたとしてもだ。そ、その、今日は何か、嫌な予感がして……」


「っ!? 玄咲、絶対、何か勘違いしてるよねっ!? い、いいから、1人にして!」


「なんで!」


「なんでも!」


「せ、せめて理由を教えてくれ! しゃ、シャルにまで嫌われたら、シャルにだけは、俺は、俺はっ……!」


「っ!」


 泣きそうな表情の玄咲。それを見て、シャルナが動揺する。結局は本音を吐いた。


「と、トイレ……」


「……」


「トイレ、行かせて……」


「……」


 絶対言いたくない言葉を絶対言いたくない相手の前で言った。そんな表情で顔を真っ赤にして、涙目で、体を、特に腰をぷるぷると震わせて、シャルナはまさしく断腸の思いで言った。


「……ごめん。そりゃシャルだって、そういうことするよな。考えてみれば当たり前だった。そりゃ、1人になりたいよな。そういうことを、するときは――」


「ッ!?」


 シャルナの顔が茹でだこになる。腰と、腰の横の手をぷるぷる震わせて、精一杯の声量で叫んだ。


「ば、馬鹿ァ! 馬鹿っ!」


「あっ!」


 シャルナは走り去った。トイレの方角に。軌跡に涙が一粒散った。


「……や、やっちまった」


 玄咲は放心してベンチに背中から倒れ込んだ。両手を投げ出して、木の枝々に覆われた太陽に呟いた。松ぼっくりが一つ落ちて玄咲の脳天に直撃した。


「――あぁ、俺はどうしてこんなに馬鹿なんだろう……。シャルに嫌われたどうしよう。うぅ、うぅ……。でも、不安だ。なんかすごく不安だ。一緒にいないと、不安だ。俺はずっとシャルの傍にいてシャルを守らないといけないんだ……! ああ、傍にシャルがいない。不安だ。不安だ……」


 ごく短期間で、隣にシャルナがいるのが当たり前になり過ぎた。何せ今では家に帰っても隣にいる。いつも一緒。そんな夢のような状況が、感覚が当たり前になり過ぎた。だからこそ、ギャップが大きかった。シャルナの不在が玄咲を果てしない精神不安へと陥らせる。


「……でも、よく考えてみれば、確かにずっと一緒にい過ぎてるかもしれない。互いに互いに依存し過ぎている。そういう状態にあるのかもしれない。それは、良くないことなのかもしれない。多分、レベルも――」


 玄咲はSDを見る。



 魂格 52



「上がってない。よくない。よくないな。そう簡単に上がるものではない。分かってるが、なんとなく今のままだとあまり上がらない気がする。どうすればいいんだ。俺はどうすればいいんだ。うぅ、うぅ、シャ、シャル、俺はどうすればいいんだ。俺を導いて――あっ!」


 思わず話しかけた隣席にシャルナがいない。玄咲の視界が回り始める。心臓がバクつく。呼気が荒れ、心臓を抑え、自分への殺意を口から迸らせる。


「本当に、俺は何でこんなに馬鹿なんだ。どうしても頭が回らない。色々制限しているからなのか? 俺は、俺は、俺は、くっ! 殺したい。駄目だ。駄目だ。駄目だ。この精神状態は、良くない。CMA、はないから、これで、ADで気を紛らわせよう。武装解放――!」


 カードケースからカードを取り出し、詠唱する。


「シュヴァルツ・ブリンガー」

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