3日目 アルルの報告

「あー、赤字続きの国家運営もう精神的に限界。エルロード聖国滅べばいいのに。糞教皇ぶち殺してぇ。誰か私を助けて……」


 プレイアズ王城。自室の机に両脚を乗せて死んだ目でそう呟いたプライアはノックの音で姿勢を正した。


「入りなさい」


「ママ、物凄い独り言聞こえたけど大丈夫?」


「アルル! さぁ入って頂戴! その声で、姿で、ママを癒して!」


「……失礼します」


 アルルが入室する。プライアはすぐに立ち上がって手を広げてアルルを抱き締めに行った。


 むぎゅっ。


「わっ、ママ、息が、できな……!」


「はぁ、はぁ、私のアルル。誰にも渡さない……! 絶対、誰にも。私の一番の宝物……! 手を出した男は拷問して殺す……!」


「むーっ! むーっ!」


「あー……癒されました。ありがとうございます。私の精神の危機を察して駆けつけてくれたんですね。ふふっ、親子ならではの以心伝心、ですね?」


「違うよ。天之玄咲に対する報告だよ」


「――? ああ、そっちですか。分かりました。報告しなさい」


 露骨にテンションを下げつつも、プライアは真面目な表情で傾聴の姿勢。


「んー……そうだな。やっぱり彼女についても話すべきかな」


「彼女?」


「シャルナ・エルフィンだよ。堕天使の女の子。やっぱり天之玄咲の存在は彼女抜きには語れない」


「? なぜ?」


「彼と彼女は二人で一人なんだ。もう本当に、学校でいつ見ても一緒にいるの。そしてそれが当然って感じでさ、意識して一緒にいるとかじゃなくて、もう本当に自然に一緒にいるの。恋人とか通り越しちゃってるよ。一心同体。学校でも有名なバのつくカップルだよ」


「羨ましいですね。私もアルルとそんな学生生活が送りたかった」


「……うん。僕もだよ」


「ッ!」


 プライアは涎を拭って真面目な顔をした。


「続けなさい」


「うん。……でさ。互いに互いを支えにしてるの。彼は彼女がいるからまともでいられて、彼女は彼がいるから強くいられる。そんな関係性なんだ。ちょっと歪だよ。でもさ、2人でいると凄く安定してる。それでさ、凄く穏やか、牧歌的、平和。互いに互いが欠かせない存在なんだろうね。見てて、微笑ましいよ」


「なるほど、いい関係ですね。思ったよりまともな人格をしているようですね」


「うーん……」


「? どうしたのですか」


 アルルは難しい顔をして答えた。


「いや、シャルナちゃんは癖は凄いけど基本純粋でいい子なんだけどさ、天之玄咲の方は、ちょっとまともとは言い難いかなって……」


「……続けなさい」


 プライアは難しい顔で呟いた。


「うん。とにかく、まずは2人に対する僕の所感を語らせてもらうね。まずはシャルナちゃん」


 アルルはスッと人差し指を立てる。


「シャルナちゃんは基本的にはいい子だよ。でもあれ、彼氏の前ではちょっと猫被ってるかな。本性はもうちょっとやんちゃで、獰猛かな。野性的、というか、動物――うん、それだね。シャルナちゃんはさ、動物みたいな子なんだ。いい悪いとかじゃない。とにかくピュア。ちょっとお馬鹿なところも、感覚で動いているようにしか見えないところも、まさに動物みたいなんだよ。でもね、それだけに凄い純粋なんだ。心の底から善性、とは言い難いけど、悪い子の部分も相応にあるけど、そういう所も含めてピュア。可愛いよ。あと、なぜかライミングが滅茶苦茶上手い。唐突でびっくりしたけどそこも僕的には好印象。僕はシャルナちゃんのことは結構、いやかなり好きだな」


「まぁ、そんなが学校に。アルル是非そのと友達になりなさい。あなたにはそういうにこそ友達になって欲しい。ママは以外の友達なんて――ボーイフレンドなんて決して認め」


「僕、話の腰を折らないママが大好きだなー」


 アルルは手を胸の前で重ね合わせて瞳をキラキラさせた。プライアの脳が蕩けた。


「はい」


「で、次天之玄咲ね。彼もさ、基本的にはいいやつなんだよ。G組の生徒とは思えないね」


「へぇ、意外ですね。マギサに見せられた映像からしてもっとキチガイかと思ってました」


「……ママ、男には辛辣だよね。ただね、自己否定感が異常に強い。過去に何かよほど強く自分を否定せずにはいられないような出来事があったんだろうね。だからいつも妙に自信なさげに振舞ってる。そんなに容姿も性格も悪くないのに、シャルナちゃんにだって好かれてるのに、よほど自分が嫌いで仕方ないんだろうね。ラップにもそれが現れてたよ。セルフディスだけ謎に上手いんだ。でも、総合的には、うん、いい男だよ。男の中では割と好きな方かな……」


「――」


 プライアは返答しない。表情筋をひくつかせて、腕をぷるぷると震わせながらも、話の腰を折らない。アルルの言葉を忠実に守っている。話しやすいなと思いながらアルルは本題に入った。


「で、これが平時の彼の印象ね。ここからが戦闘時の彼の印象。平時とはまるで別人だよ」


「……」


 プライアが顎に指に添えて頷く。


「……そうですね。まさしく別人の話をしているのかと思いました。映像のイメージと全然結びつかない。まぁ、まずはあなたの話を黙って聞きましょうか」


「うん」


 アルルは語る。


「ラップバトルをしてさ。大体どんな人間か分かったと思ったんだよ。でもね、勘違いだったってカードバトルが始まる直前に分かった。心の深い深い所から別人みたいな自我を引きずり出してきてさ、纏う雰囲気が一変したんだ。それからの彼は本当に強くて、普段からは考えられないくらい精神も強靭で、そして何より恐ろしかった。戦闘時の彼はね、冷徹で、激しくて、リアリスト。魔符士離れしてるけど戦闘の天才。その才能はね、もう本当飛び抜けてる。ママとかクロウみたいな元符闘会出場者とか、あの生徒会長と比較してもさらに上だって感じたよ。妄想染みてるけどね、そう感じたものは仕方ないよ」


「ああ、私よりは間違いなく上ですね。それは断言していいです」


「……マジ?」


「はい。別にプライドとかないのでフラットに認めますよ。私より上です。あとの二人はどうか知りませんが、遜色ないものは持ってると思いますよ。精霊神に加えて、その戦才の凄まじさも私が警戒した要因ですね」


「なるほどねー、そりゃ無関心じゃいられないよね。猜疑心の強いママなら警戒して当然か」


「はい。超警戒してます。精霊神の所持者ですよ? 得体が知れないんですよ? 超強いんですよ? だから放置しておくのが不安で、不安で……!」


「……ママ、しっかりしてよ。一応、女王なんだからさ。弱音なんか吐いたら駄目だよ」


「だって、国家存亡の危機なんですもん! 弱音の一つも吐きたくなりますよ! 私、滅茶苦茶頑張ってますよ!? 先代が運営してたらこの国もう潰れてますよ!? 紙一重の自転車操業の連続なんですよ!? しかも、その不安を表情にも出せず身内以外の誰にも零せないんですよ!? そりゃ神経も参るに決まってるじゃないですか!」


「う、うん。そうだね……ママ、偉い偉い」


「そうです。私は偉いんです。全国民が跪いて足に口づけしても足りないくらいにこの国を護ってるんです。偉いんです。偉いんです。私は。私は――私は、偉くなんか、なりたくなかった……!」


 プライアは腰の横に伸ばした拳を握り締め、震えて泣く。アルルの前でしか見えない弱い姿。でも、今日はいつもより酷い。だからアルルは頬を掻いて、いつもより少しだけ激しく慰めることにした。


「……ママにしか、できない役目なんだよ。だからさ、その」


 アルルはプライアの、自分とさして変わらない見た目の絶世の美少女の頬に手を添えて顔を近づけて。


 その唇も躊躇いなく、近づける。


「――」


「――っぷは。……元気、出してよ。世界で一番大好きなママが落ち込んでるところなんて、見たくないからさ。僕はいつだって世界で一番大好きなママを、世界一尊敬してる。だから、ママも立派なママでいて」


 アルルは瞳を熱で潤ませて、額をコツンとくっつけて、プライアに懇願する。世界で一番大好きで、世界で一番可愛いと思っているプライアに。


「……うん」


 プライアは瞳を涙で潤ませてアルルを抱き締める。アルルもまた、その細い腰を抱きしめ返した。そして、すぐに離れた。


「あ、あーあ。らしくないことしちゃったな。ママ、今の特別だからね」


「は、はい。特別、ですよね。分かってます。私はアルルの、アルルは私の、特別ですよね……!」


「……」


 少しやり過ぎた。アルルは背筋に薄ら寒いものを感じる。うっすらと身の危険を感じる。だから慌てて話を戻す。精霊人1世のプライアと2世のアルルでは愛情の度合いも質も少し違う。


「でさ、僕さ、彼と眼が合った瞬間になんか分かっちゃったんだよね。彼は僕と生きてきた世界が違う。きっと地獄を見てきたんだろうなって。それでさ、思っちゃったんだ。所詮私はお姫様なのかなって。はぁ――ラグナロク学園は凄い場所だよホント。今まで同年代で敵はいなかったのに私以上の化物みたいな子がゴロゴロしてるんだもんなー。A組の炎条家の特待生も化物だったよ」


「アルル、落ち込んだらいけませんよ。世界は広いんです。それを教えるためにあなたをラグナロク学園に入学させたところもあるのですから」


「……うん。ありがとう。もう落ち込んでない。もっと強くならないとだからね」


 アルルの力強い返答にプライアは笑顔で頷く。


「それでこそアルルです。いい返事です」


「ママの子だもん。あ、でさ、間抜けなことにさ、僕忘れちゃってたんだよ」


「何をですか?」


「彼が全属性適応者だってこと。ママから聞いてたはずなのになんで忘れて――」


 ――プライアが滅多にしない心底の驚愕の表情をしていることに気づいたアルルが息を呑む。プライアが愕然と自分の頭を抑えて言う。


「――虹色の魔力。なんで、忘れていたんでしょう」


「えっ? ママも忘れてたの?」


「アルルも、ですか? え、なんで私、忘れて、まさか精霊人なのにボケた? ……寒いギャグを飛ばしてる場合ではありませんね。ん? どうしたんですかアルル。気まずそうな顔をして」


「何でもない。でもさ、これって、偶然なのかな?」


「そんな訳ないでしょう。何かしら理由があってのことです。虹色の魔力の持ち主で精霊神の所有者天之玄咲――段々繋がってきましたね……」


 言いながら、プライアは思う。


(――天之玄咲。虹色の魔力の保持者。なるほど、それなら、人格はある程度保証されてますね。なら、一度会ってみますか。もしかしたらこの国の救世主になるかもしれません。今度、マギサにコンタクトを取って、無理やり時間を作って会いに行きましょう。絶対会っておくべきです)


「ありがとうございますアルル。彼のことがよく分かりました。よく頑張りましたね」


「う、うん!」


 プライアはアルルの頭を撫でる。アルルは嬉しそうに頭を撫でられる。


「それで、あなたは天之玄咲のことをどう思いますか?」


「? なんかママ急に彼に優しくなったね」


「気のせいです」


「そう? まぁママはいざとなれば感情に蓋できるからね。そうだね――今でも、彼のことは少し怖いよ。対峙して敵意を向けられると本当に地獄から現れた悪魔みたいに見える。多分相当暗い過去を背負ってる。でもさ、やっぱり平時の彼はいい奴なんだ。うん。僕、やっぱり彼のこと嫌いじゃない。もちろん、パートナーの彼女のことも。多分彼はさ、相当危うい人間なんだと思う。入学時とかもう全身から狂奔発してて、誰もが無言で避けてたからね。でも、今はそうじゃない。シャルナちゃんがいるからだろうね。あの2人が2人でいればきっと大丈夫。ママの危惧しているような事態はきっと起こらない」


 屈託のない笑みでアルルはプライアに告げた。


「僕はそう思うな」


「――分かりました」


 プライアもまた、心の底からの純粋な笑みでアルルに告げる。


「アルルの言葉を信じましょう。あなたは人を見る目がありますから。人の上に立つに相応しい、いい素質です。ま、マギサがいるしいざとなっても何とかなるでしょう。本当に保険で調べてただけですし。アルル、報告ありがとうございます。十分参考になりましたよ。よく頑張りましたね。お疲れ様です。もう夜は遅いし明日のために早くおねんねしましょうね」


「う、うん。……あ、あのさ、ママ。その、頑張ったからその報酬って訳じゃないけど、一つお願いがあって」


「お願い?」


 アルルは上目遣いでプライアに言った。負けたショックでまだちょっと落ち込んでいるから大好きなママに甘えたい。そんな年相応の少女らしいピュアさが自然に籠った上目遣いで、


「今日、久しぶりにママと一緒に寝たいの。一つのベッドでね、ママと抱き合いながら眠りたいの。ダメ?」


「――――」


 プライアは。


 約4年ぶりのアルルのおねだりに理性のリミッターを破壊された。


「よし今すぐ寝ましょう。アルル、寝室に行きますよ」


「! うん!」


 アルルとプライアは寝室に向かった。一緒にシャワーを浴びて一緒に寝巻に着替えて防音結界を貼って、そして一つのベッドの上で抱き合った。アルルも精霊人。何だかんだで家族に対する情愛は人一倍も二倍も三倍も強い。世界一大好きなプライアの巨大な胸に埋もれてギュッと抱きしめて抱きしめられて久方ぶりの幸福感と安堵に包まれるアルルの尻に。


 プライアの手が伸びる。


 もみ。


「え?」


「ハァ、ハァ。あなたくらいの年頃の精霊人の子が親と寝所を共にする意味、分からないとは言わせませんよ。ああ、アルル、アルル、この日をどれだけ待ち侘びたことか――アルルッ! アルルゥッ!!!」


「やんっ! あふぅっ! ま、ママ? お、落ち着いて、そ、それは流石に。ま、まだ私にその気はないからさ、ね、ね?」


「アルル、今夜は寝かせませんよ」


「――ひっ」


 防音結界により決して外には届かない悲鳴が寝室に響き渡った。寝室を逃げ回り、プライアと取っ組み合いをし、負けて襲われかけ、涙目でお願いし、最終的にはアルルが一晩プライアの抱き枕になる形で収まった。抱き合ってた最初より何故か劣化している。際どい所に何度も伸びかける魔手をアルルは一晩中払いのけ続けた。





 チュンチュン。


 翌日。


「ね、眠……」


 アルルは隈のできた涙目でラグナロク学園へと登校した。その胸に宿るプライアへの愛情は何だかんだで昨夜よりもずっと膨れ上がっていた。


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