第18話 カードバトル4 ―決着―

 この詩は殺しのFinal Countdown!

 点火に10Countもかからない3,2,1,Burn!


 間近で爆発した爆弾状の衝撃波に吹き飛ばされて玄咲は高く舞い上がった。そしてきりもみになりながら吹っ飛び、シャルナの傍の壁に激突した。驚き身を避けたシャルナが、逆さまになって壁に張り付く玄咲に尋ねる。


「大丈夫?」


「全く問題ない。ノーダメージだ。シャル、ちゃんと見てたか」


「うん。見てた」


「これがシングルスロットとマルチスロットの差だ。俺もここまで差があるとは思わなかったがな」


 体をひっくり返し、玄咲はSDに視線をやる。HPゲージが消滅し、代わりにLOSEの文字が表示されている。玄咲がカードバトルに敗北した証。シャルナも一緒にSDを覗き込む。


「うーむ、強いな。流石学年で3指に入る実力者なだけはある」


「負けちゃったね。勝つと思ってた」


「俺は負けてもおかしくないと思ってた。そもそも最初からそこまで勝ちには拘っていなかったからな」


「そうなの?」


「ああ。だからトレーニングモードにしたんだ。今回の俺の目的はカードの効果の実験とアルルの魔法を実際に戦って知ることで――」



「――君さ。もしかして、3射目、わざと外した?」



 20メートルの距離から、アルルがそう問いかけてくる。玄咲はギクリ、と身を震わせた。


 3射目――銃口を僅かに逸らして、カードの横に直弾させたダーク・ハイ・バレットのことを指しているのだろう。わざと外した? という台詞からして間違いない。言い淀む玄咲に白い床をツカツカと歩いて距離を詰めたアルルが、間近で視線を尖らす。


「違和感はあったんだよね。でも、気のせいだと思ってた。的は小さいし、銃型のADはコントロールが難しいし、そりゃ外すこともあるかなって。でも、今の君の台詞を聞いて確信したよ。やたらと色んなカードを使ってたのはそのためか……」


「……聞こえたのか? 20メートル以上距離が離れてたはずだが」


「僕、耳がいいんだ。100メートル先でコインが落ちる音だって聞き逃さないよ」


「……」


 そういえばそんな裏設定もあったなと冷や汗を掻く玄咲にアルルがさらに追及する。


「それにさ、3射目のダーク・ハイ・バレットだけ、詠唱が一瞬止まったよね。他の魔法は全部淀みなく詠唱してたのに、3射目だけ。あの間ってさ、試合が終わるかもって一瞬考えた思考の間だよね? そういう感じの音の途切れ方だったよ」


「……」


 単純な聴力と、おそらくラップバトルで鍛えたのだろう、発音から感情の機微まで読み取る力で、その耳で、アルルは玄咲の企みを看破する。もう誤魔化せないと悟った玄咲は気まずげに顔を逸らしながらアルルの推測を肯定した。


「そ、そうだ。わざと外した」


「なんで、そんなことしたの。とは聞かないよ。僕の全力を見るため、だよね」


「ああ。その、あそこでフュージョン・マジックの妨害に成功していたら、おそらく、接近戦で片がついていた。スーパーサウンドバリアの構成魔法を考えたら、俺の接近を阻めるとは思えない。ADを取り上げて勝ちだ。それじゃ、何も得るものがないだろう。メリットがない。だから、もっと有意義な戦いにしようと思った。だって、これは模擬戦なんだから」


 ピクっと、アルルの眉が動く。玄咲の最後の言葉を反芻する。


「模擬、戦?」


「ああ、だからトレーニングモードなんだろ。死なず、傷つかず、しかもポイントの増減もない。なら、勝敗よりも実力を高めるために使った方が――」


「僕は、本気で戦ったんだよ? 例え模擬戦だったとしてもだ」


「俺も本気で戦った。本気で君の実力を引き出そうと戦った」


「……君さ」


 アルルが尋ねる。


「魔符士としての誇りってないの」


 魔符士の誇り。CMA作中で度々語られる、光ヶ崎リュートも大好きな、騎士道にも通ずるところのある漠然とした精神論のことだ。玄咲は少し考えて、これ以上の虚偽を重ねることはなんだか凄く失礼なことな気がしたので、結局は答えた。


「……まぁ、ないかな」


 正直に。


「あれは、アンリアルだ。非現実的で、非効率的だ。戦いはもっと効率的に行うべきだと思っている」


「……リアリストなんだ」


「まぁ、そうとも言えるかもしれない」


「ふーん……そっか。なるほどなるほど。戦闘時の君はそういう人間か」


 アルルはニコリと笑う。そして玄咲に近づく。


「メリットがないなんてとんでもない。うんうん。当初の目的が果たせて良かったよ。君のことがよく分かって、良かった。天之玄咲」


 アルルが手を伸ばす。正直に答えて良かった。そうほっとする玄咲の肩を掴んで。


 ミシリ。


「え?」



「僕、君のこと、キライ」



 刹那、玄咲の脳裏にゲームでのアルルとの思い出が吹き荒れた。



「どうしよう、僕、君のこと好きになっちゃった」

「え、えへへ、マフラー、編んでみたんだ。こんな女の子らしいことしたの、初めてだよ」

「――どう、かな。この格好。私に、似合うかな」

「えへへ、やっぱり君は、この僕が、いつもの僕が大好きなんだね!」

「今日うち、ママが国家間会談でいないんだ」

「僕と付き合うってことはさ、つまり結婚するってことで、それってつまり、王族になって、ママと……うん。ハードル、高いよ。君が思ってるよりもね」

「ねぇ、玄咲。話があるの。放課後、校舎裏の木の下で、待ってて」

「――あの、ね。僕、僕ね、やっぱり君の、君の、ことが!」



 アルルが笑顔で告げる。



 ――キライ。



「――」


 アルルとの思い出が罅割れ、粉々に粉砕される。玄咲の心も粉々に粉砕される。爆弾の直撃を受けて形は保っているもののボロボロに罅割れ、ちょっとした衝撃で崩れ落ちるコンクリート壁のように、玄咲はその場に崩れ落ちた。玄咲の横を無表情に通り抜け、アルルは背中を見せたまま後ろ手でシャルナに手を振る。


「じゃあね。シャルナちゃん。バトルでもサイファーでもいいからまた一緒にラップしようね」


「え? ああ、うん」


 バトルルームの扉を開けてアルルが早足に退室する。あとには地に蹲ってうな垂れる玄咲と、シャルナだけが残された。


 シャルナが膝を曲げて、玄咲の傍にしゃがみ込み、バトルルームの出口を見ながら、


「嫌われちゃったね」


「ああ……そんな、まさか、あの滅多に人を嫌わないアルルにまで嫌われるなんて……ああ、なんで、こんな目に……」


「まぁ、まぁ」


 シャルナは笑顔で玄咲の背中をポン、ポンと叩く。湿っぽい雰囲気にならないように意図的に明るく振舞っている。そう判断して感動する玄咲をシャルナはさらに励ます。


「大丈夫、大丈夫。私が、いるから」


「! そ、そうだ! 俺にはシャルがいる! シャルがいれば俺は(精神的に)無敵なんだ! シャ、シャルは俺のことを嫌いになったりしないよな?」


「うん、うん。私は絶対、嫌いになったり、しないよ。なにせ友達、だもんね」


「そ、そうだよな! よし、元気が出てきた! じゃあこの後早速、当初の予定通りAD制作を頼みに行こうか! 向かうのは魔工学科の校舎だ!」


「うん!」


 玄咲はカードをカードケースに治してからシャルナとバトルルームの出口へと向かった。その途中、シャルナが、


「そう言えばさ」


「ん?」


「本当に、全属性の魔法が使えるんだね。驚いた」


「虹色の魔力って言うんだ。まぁ、バエル曰く、その性質を残してるだけで、もはや別物らしいけどな。本来なら全属性満遍なく使えるんだが、今の俺は闇属性が一番強くて、炎属性が次に強い状態らしい。まぁ、ゲームの大空ライトくんは全属性使えるだけの雑魚だったし、聞こえがいいだけの器用貧乏よりも、今の方がいいかな」










「――んー、なんでだろう」


 アルルはバトルセンター2号館から少し離れた、センターとセンターを繋げる通路上で、人波の中、首を捻っていた。


「あいつが全属性使えるって知ってたはずなのに、なんで実際に戦うまで思い出さなかったんだろ。おっかしいなー……」


 アルルは確かに以前、プライアから今度の入学生に不思議な魔力を持った生徒がいると聞いたことがある。なのにその記憶がすっぽり抜け落ちていた。確かに聞いたはずの名前がなぜか全く思い出せず、さらには天之玄咲とイメージが全く結びつかない。妙な感覚だった。天之玄咲に関する記憶だけ、バグったみたいにちぐはぐな状態になっていた。その理由が分からない。釈然としないものを感じつつも、最終的には自分がうっかり忘れていただけだろうとアルルは結論付けた。それ以外の説明が思いつかなかったのだ。


「僕も間抜けだなー。精霊人なのに老けちゃったかな? ……うん、つまんな」


 自分で自分のジョークの寒さに呆れつつ、アルルは思考の矛先を件の人物との先程のカードバトルに移す。ため息をつく。


(……色んな意味で噂以上だった。強かった)


 カードバトル中、天之玄咲はひたすらに最適解を打ち続けてきた。アルルが一番して欲しくない行動をひたすらに、機械的に積み重ね続けてきた。その攻撃には淀みも迷いも途切れ目もなかった。防御に回れば平時とはかけ離れた頑強で冷静なメンタルで精神的にも物理的にも一分の隙も見せなかった。また、攻撃と防御の切り替え時を絶対間違えなかった。こちらが攻撃に移れないタイミングで攻撃し、攻撃に移りかけたら、実際に行動に移す前に既に防御へと意識の舵を切っている。そして何より、アルルの心を読んでいるとしか思えない精度で、アルルの攻撃に的確な対処をしてきた。アルルが攻撃する前に既にインサートしていたカードが尽くアルルの攻撃のメタになっている。意味が分からなかった。複雑怪奇に千変万化するヒプノシス・マジックをカードの出力が足りていないだけで完全に対処していた。そのせいで全然ダメージを与えられなかった。


 そして、とうとう魔力切れ寸前まで粘られた。ベーシック・ガンなんかに、アルルは負けかけた。勝ったのはただのADの差でしかなかった。試合には勝ったもののアルルには敗北感しか存在しなかった。


(本当、化け物だよ。ああいうのを本当の天才って言うんだろうな。ちょっと自信失くした)


 天之玄咲は戦闘の天才だった。世界にその天才を知られ次の天下一符闘会出場は間違いないと言われたあのサンダージョーに勝ったのは精霊の力のお陰だけではなかった。同レベルなら100戦やって100戦とも天之玄咲が勝つ。そう迷いなく断言できるほど天之玄咲の戦闘センスは卓越していた。アルルの知る誰よりも上だった。かつて符闘会に出たことのあるプライアよりも、符闘会で全勝しプレイアズ王国を優勝に導いた若き日のクロウよりも、現在学園長を除いた国内で最強と言われる生徒会長よりも。あるいはその学園長――は結構魔力任せな戦い方をするので除外するにしても。


 そんなバカげた妄想を抱かせるほどに、天之玄咲は強くて、そして何より。


 怖かった。


(……よく、虚勢張り切った、僕。凄い、って褒めてもいいよね)


 天之玄咲は戦闘中ずっとアルルを観察していた。まるで実験動物でも観察するみたいに、冷徹に、合理的に、的確に、アルルを見分していた。そしてアルルの一挙手一投足を見逃さなかった。ちょっと手を、足を、唇を動かしただけで、それに反応してきた。やり辛くて仕方なかった。不気味で仕方なかった。視線が纏わりつく鎖のようだった。逃れたくて仕方なかった。


 なにせ、機械のように冷たくて、地獄のように逃れようのないその視線は、アルルの経てきた人生の中には決して存在しないものだったから。救いのない世界にしか存在し得ないものだったから。怖くて仕方なかった。天之玄咲が学友から、特に彼と対戦した相手から過剰に恐れられていた理由がアルルはようやく分かった。過剰ではない。適度に恐れられているのだ。それくらい恐れられてようやく釣り合いが取れるレベルなのだ。戦闘時の天之玄咲は。


 アルルは思い出す。超防音波壁を殴った時のあの――。 


 殺意。


「――」


 震え、身を抱き締める。本当に殺されるかと思った。身がすくんだ。ずっと虚勢を張り続けてた。そういう性格なのだ。弱気を表に出せない。明るさで誤魔化していたが、足が震えてもおかしくなかった。それくらい、怖かった。戦闘時の天之玄咲は、機械の冷たさと地獄の熱さを同時に兼ね備えた、まさしく悪魔のような男だった。だから、恐ろしくてたまらなかった。その恐怖と、試合に勝ちはしたものの拭い切れない敗北感から、アルルは過剰に険のある態度を取ってしまったところもある。魔符士としての誇りがどうこうだの、普段のアルルはそこまで気にしていない。光ヶ崎リュートじゃあるまいし。


「――でも、平時は悪い奴じゃ、ないんだよね。うん。結構好き……いや、好み、かな……」


 平時の彼を思い出す。ちょっと、いやかなり馬鹿で、鈍感で、自分のことが大嫌いで、でも平和と恋人のことが大好きな男の子。特に隣に立つ恋人は堕天使族アマルティアンと知りつつ命懸けで守る程に溺愛している。そのエピソードを知って、アルルは天之玄咲に興味を持った。だから話しかけた。良い奴だった。友達になれると思った。ラップバトルをして、その思いは確信に変わった。


「……くす」


 さらに思い出す。堕天使の女の子――シャルナ・エルフィンと寝ていた時の、思わずくすりと笑ってしまう程の穏やかな表情を。その見た目に反して、穏やかで、ちょっと間抜けで、大分鈍感で、自己否定感が強くて、でも愛嬌と可愛げのある性格を。断られたらどうしようと思ってたアルルの無茶振りに嫌な顔一つせず応えて、必死にラップバトルをしていたときの懸命さを。Disっても決して苛立ち一つ見せない優しさを。天之玄咲の無様な、でも味のあるラップを思い出してアルルは微笑ましい気分になる。男にしては珍しく気に入った彼。そんな彼と、アルルはカードバトル後は友達になろうと思っていた。


 思っていたのに。


「喧嘩別れしちゃった……せっかく」


 アルルはポケットからCDカードを取り出して太陽にかざす。カード型の影がアルルの白い顔にぽっかりと黒い穴を空けた。


「CDカードも用意してきたのに、渡しそびれちゃったよぉ……。あぁ、畜生……」


 カードをカードケースに戻しながら、天之玄咲のことを改めて思い直す。


(……2面性には戸惑ったけど、いい奴、なんだよね。戦闘時、以外は。戦闘時だって、別に過剰に嬲られた訳じゃない。言ってしまえばただ合理性に徹していただけだ。そりゃ彼の発言には、ちょっと、いや、大分ムカってきたけど、それも結局、悔しさや恐怖の裏返し的な所が大きいし、ああ、やっぱり。ああ、あんないい方しなくても良かったな。本当僕はすぐ感情的になって、ああ、ああ、ああ――)


「ああーーーーーっ!」


 アルルは帽子に手を突っ込んでその星の砂を束ねたようにきめ細やかな金髪をわしゃわしゃとする。生徒たちの驚く視線の中、深々とため息をついて額を抑え、そして先程の自分の発言を後悔した。


「やっぱり僕、彼のこと、嫌いになりきれないや。ああ、勢いであんなこと言わなきゃよかった。キャラじゃない。キャラじゃないいいい――はぁ、次どんな顔して会えばいいんだろ……」

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