第19話 魔工学科
ラグナロク学園魔工学科。
ADやカードを作成する魔工技師を育成する学科だ。玄咲たちの所属する魔符士科とは数百メートル離れた場所に校舎がある。アカデミックな外観の巨大校舎だ。魔符士科の校舎が高校をモチーフにした校舎だとしたら、魔工学科の校舎は大学をモチーフにした校舎。広々とした風通しの良さそうな見た目をしている。
校舎の前を行き交う学生たちは眼鏡をかけた生徒の割合が多い。頭のいい生徒が多い証だ。そしてその制服は真面目な雰囲気を強調するようなデザインをしており、男女ともに白っぽいグレー色をしている。魔符士科の生徒と明確に異なるデザイン。そのため、魔符士科の生徒が魔工学科を訪れるともの凄く目立つ。校舎の前に立つ玄咲とシャルナにちらちらと、色んな意図が籠った視線が向けられる。シャルナはその視線にちょっと怯みつつ、目の前に聳え立つ白い巨大校舎を見上げて隣に立つ玄咲に言う。
「すごく、大きい」
「魔符士科と違ってこの校舎一つに色んな施設を詰め込んでるからな。すごく大きいんだ」
「……やっぱ、白いね」
「校舎なんて基本白いものだ。公共施設と言うのは不特定多数が利用するからな。カラーリングは無難に纏め上げるに越したことはない。これが真っ黒だったら戸惑うだろう?」
「……そだね。白がいい。白万歳」
「それじゃ、中に入ろうか」
「うん! 一緒に行こ」
校舎前の広々としたエントランスに一歩を踏み出そうとした2人に声がかかる。キンキンした甲高い声だった。
「ちょっと、お待ちなさい!」
(む?)
二人は立ち止まって声のした方向――背後を振り返った。金髪ツインテールのお嬢様がそこに立っていた。そうとしか言いようがない雰囲気の美少女だった。高飛車っぽい雰囲気を纏っている。玄咲の知らないキャラクター。全くの未知。玄咲はうろたえる。コミュ障になる。未知の美少女。それに抗するのは隣にシャルナを伴って尚玄咲には難事だった。高飛車っぽい雰囲気の金髪ツインテールが振り返った玄咲の顔を見て少し狼狽えながらも、自信ありげな笑顔を浮かべて話しかける。
「あなたたち、魔符士科の生徒、ですわよね? この校舎を訪ねてきたってことはカード、あるいはAD制作の依頼に来た、ですわよね?」
「あ、ああ。そうだ。俺たちはAD制作の依頼にきたんだ。じゃ、じゃあそういうことで……」
玄咲は身を縮こまらせてそそくさとその場を立ち去ろうとする。その玄咲の前にシュババっと回り込んで、金髪ツインテールの高飛車お嬢様っぽい雰囲気の美少女が顔を突き付ける。玄咲は顔を逸らした。
「ならば! 是非! このミッセル・コンツェルタントにご依頼を! 腕の保証は致しますわ! なにせ名家コンツェルタント家の跡継ぎで、入学試験を12位で突破した超天才ですから。あ、これ入学試験の成績シート。常携していますの。特別に閲覧することを許して差し上げます」
自慢げにポケットから取り出した紙を受け取って玄咲は広げる。シャルナも覗く。そこには細かい試験点数と12位/2000位と入学順位を示す記載があった。シャルナがポツリと、
「なんか、中途半端な、順位だね」
ピク。
ミッセルが成績シートをパッと取り上げ、2000という数字を指さしながらシャルナに突き付ける。
「この数字が見えませんの? 2000人中の12位。上位1%の上澄みなのですわよ? この凄さがお分かりになりませんの? しかも見なさい。この精密性の項目では満点――1位を取っているでしょう? つまり私は新入生で一番精密なADが作れるということですの。オールラウンダーよりも尖った長所を持ったAD製作者の方が魔符士のオーダーメイドを作るという点では優秀とされる魔工技師界隈で、明確に誇れる個性と呼べるほどの長所を私は持ってますの。つまり私に依頼して損は絶対しないということですわ。なので是非、私のパトロンに」
パトロン。
AD製作費を出してくれる出資者のことだ。パトロンを持つと潤沢な予算を持ってAD制作が可能で、しかもリアルな魔符士の反応を見ながら、顧客のためにADを作るという経験を積めるため、とかく魔工技師はパトロンを求める。相手が魔符士ならいうことなし。つまり同じ学校に通う魔符士科の生徒はあらゆる点から理想のパトロンなのだ。玄咲たちを眺めていた生徒達の何人かも、きっとミッセルと同じ意図を持っていたのだろう。ミッセルが話しかけた瞬間から何人かの生徒が露骨に玄咲たちに興味を失って足早にその場を去っていった。おそらく自分じゃ勝ち目がないと思ったのだろう。ミッセルはそれだけ魔工学科の中で認められている生徒らしかった。玄咲はミッセルに手を振ってその場をあとにすることにした。
「は、はは、それじゃ、また今度……」
「お待ちなさいッ!」
ミッセルが再び玄咲の前に回り込む。元気がいいなと思いながら視線を逸らす玄咲にミッセルが凄む。
「12位ですのよ!? これだけの逸材が自分から声をかけてきてくれるなんて、こんな幸運、あなたみたいな凡俗の人生この先で2度とありませんのよ!? 見た目通り馬鹿な男! あっ、いや、何でもありませんの。おほほ……」
「……」
なんとなくミッセルの本音が仄見える発言に少し落ち込みながら玄咲は、ミッセルの態度に違和感を覚えて尋ねてみた。
「なんか、必死だな。事情でもあるのか」
「……お父様が、学園では自分の力で生き抜きなさいって。だから、自分の理想のADを作るお金が足りませんの」
「なるほど、な……」
ミッセルの事情を理解した玄咲は納得して、手を振ってさよならした。
「じゃ、俺はこれで……」
「ちょ、ちょっと待ってくださいな! 今のは私に頼む流れだったでしょう!? なんでそこまで頑なに断りますの!?」
「俺はもうAD制作を依頼する魔工技師を決めているからだよ」
ピクッ、とミッセルの表情筋が動く。それから真剣な表情で尋ねる。
「誰ですの。それは」
「グルグル博士だよ。彼女以外には考えられない」
玄咲がグルグル、という名前を出した途端、ミッセルは小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「グルグル―? あのゴミ拾いのグルグルですかー? あはは! あんな変人にAD制作を依頼しようなんてあなたの目、くすんでますわね! 知ってますか? グルグルの試験順位。なんと――15位ですのよ! 私よりも3位も下! おほ、おほほほ! 15位! なんて低順位なんでしょう! おほほほほほほ! 私の足元にも及びませんわー!」
「ねぇねぇ玄咲」
シャルナが耳打ちする。
「15位と、12位って、そんな差あるかな」
「彼女がそう思うなら大きな差なんだろう。彼女の中ではな」
「まぁ、でも? 人は誰しも間違いを犯す生き物です。今から翻意するならあなたのADを作ってあげなくもないですわよ? 特別に、と・く・べ・つ・に。ま、答えは決まってますわよね。先に言っときます。――私の返事はYESですわ。これで今日からあなたは私のパトロン。この幸運を噛み締めなさい!」
「すまない。グルグル博士以外に興味はないんだ。じゃあ、そういうことで……」
玄咲はミッセルの脇を通り抜けて校舎に向かう。シャルナもそれに続く。ミッセルはポカン、とその背を数秒見つめる。それから、ふ、ふふ、ふふふふふ、と3段含み笑いを零し、やれやれと両の掌を広げて小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「フッ、とんだ低知能に声をかけてしまいましたわ。やれやれ、やはり魔符士科の生徒はお猿さんですわね。肌が黄色いだけあってバナナモンキー並ですわ。あ、そうだ。バナナ差し上げましょうか。バナナモンキーはバナナが何よりの栄養なんでしょう? そのバナナの皮みたいな頭に少しは中身を詰め込みなさいな。この完熟黒皮バナナに未熟白身バナナ! おほ、おほほほ、おほほほほほほっ!」
「――」
玄咲は。
シャルナが侮辱されたことにちょっとイラっとして反射的にミッセルを睨んだ。
「ひっ!」
ミッセルは反射的に腕で顔を庇い仰け反り姿勢になって悲鳴を上げた。それから涙目になって身を抱き締めつつそそくさとその場から逃走した。高飛車な割に打たれ弱いらしかった。玄咲は何とも言えない憔悴感を覚えて吐息を零した。校舎への歩みを再開する玄咲に隣を歩くシャルナが話しかける。
「意外」
「ん?」
「玄咲って、あまり怒らないからさ。しかも女の子相手。ちょっとびっくりした」
「……」
自分はそんなに女好きに見えるのだろうかと思いながら玄咲は答える。
「シャルが馬鹿にされたって思ったら、つい。シャルじゃなく俺だけが馬鹿にされたんなら別に気にしなかったよ。俺は天使――いや、その、大事な人が侮辱されたら我慢ならないタイプなんだ。昔から」
「そっか――ありがと」
「――う、うん」
礼を言われるとは思わなかった玄咲はむず痒い照れからシャルナと反対方向に視線を逸らす。シャルナがくすっと笑って玄咲への距離をさりげなく少しだけ詰める。
「ところでさ、グルグルって、どんな人なの? 変人とか、ゴミ漁り、とか、酷い言われようだったけど」
「ゴミ漁りじゃなくてゴミ拾いだな。まぁ、変人なのもゴミ拾いなのも間違ってはいない。悪意のある表現ではあるがな。俺なりに言わせれば純粋で努力家なだけだよ。天才肌でもあるかな。とにかくAD制作に限らず発明が大好きで、いつも何かしら作ってる。そして肝心の腕だが――ゲーム通りならば、余人の追随を許さない筈だ。なにせ、いずれ魔工学に革命を起こして常識を塗り替え世界最高の魔工技師になる世紀の大天才だからな。今はまだ、その名が知れ渡っていないが、いずれその独学で醸成した理論が認めらてカーベル賞――歴史に残る大発明をした人間に送られる魔工技師最大の名誉とされる賞を受賞する。今しか、彼女にADを作って貰える機会はない。だから今なんだ。絶対にグルグルにADを作って貰う。グルグル以外俺は認めない」
「……あのさ、もしかして、その人、美少女?」
「シャル、何故そんな質問を」
「いや、玄咲が、大分熱、上げてるから」
「……」
そう言えばクロウにもやたら女好き扱いされたなとパチンコ屋での一件を思い出しながら、玄咲はグルグルへの所感を述べる。
「……いつもグルグル眼鏡をかけてるから容姿不肖。少なくとも、俺はそういう目で見たことはない。ただ、純粋にグルグルのことが好きなんだ。凄く明るくてさ、いい子だよ。シャルもきっと会えばグルグルのことが好きになる」
「そっか。ちょっと楽しみになった」
シャルナが笑顔を見せる。玄咲は幸せを感じながらさらに付け足す。
「ついでに言えばだ。シャルナもよく知ってる」
カードケースをトントンと叩いて、玄咲は誇らしげに言った。
「ディアボロス・ブレイカーの製作者でもある。ま、バグで強化した武器だから、腕とは直接関係ないし、この世界のグルグルが作った訳ではないが、それでもさ、恩を感じずにはいられないよ。だから、合うのが凄く楽しみなんだ」
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