第17話 カードバトル3 ―アルルVS玄咲―

 ヒプノシス・マジック。


 ランク4。無属性。ラップ魔法。マイクからランダムで流れるビートに応じたラップを行うことでそのラップに応じた魔法を魔力を固定値消費して発動する、マイク型AD専用の常時発動型カード魔法。起動自体には魔力を殆ど消費せず、一定時間の経過、魔力切れ、カードの排符まで効果が途切れることはない。CMAではアルルの代名詞たるNPC専用カード魔法で、強力なだった。


 CMAでのアルルは一言で言えばギミックボスだった。通常の敵とは異なる仕様がふんだんに盛り込まれていた。


 まず0ターン目に先制行動で超防音波壁スーパーサウンドバリアを貼ってくる。ダメージを大きく減衰し、状態異常にまで耐性をつける、強力な防御系のフュージョン・マジックだ。その超防音波壁スーパーサウンドバリアで5ターンの間守られながら、


 1ターン溜め攻撃。ヒプノシス・マジック4小節。

 2ターン溜め攻撃。ヒプノシス・マジック8小節。

 プレイヤーの命中率を25%低下させつつ、次のヒプノシス・マジックの溜めをなくすサウンド・バースト。


 の3つの行動をランダムで使用してくる。超防音波壁が切れたら張り直しもしてくる。攻撃行動が溜め攻撃オンリーで、他の行動もそのサポート行動のみ。とにかく清々しいまでにヒプノシス・マジックに特化した非常にユニークなキャラクターだった。そして、それだけ特化するだけあって、ヒプノシス・マジックは非常に強力な魔法だった。


 1ターン溜めの時点でプレイヤーのHPを半分消し飛ばすのは当たり前。2ターン溜めとなるとレベルが足りず乱数に嫌われれば一撃死もありうる。とにかく超防音波壁が切れるまでの5ターンを防御魔法と回復魔法で耐え切り、6ターン目から状態異常・フュージョン・マジック、エレメンタル・カードで攻勢を仕掛けるという、攻略方法のメリハリがはっきりしたキャラクターだった。5ターン我慢した分を一気に畳みかけると言うシンプルで爽快感のある攻略方法は受けが良く、アルルは敵キャラとしても中々人気のあるキャラクターだった。味方キャラになると先制で超防音波壁スーパーサウンドバリアを貼ってくれず溜め攻撃のヒプノシス・マジックが隙だらけな屈指の外れキャラとなるのだが。それでも序盤はその強力無比な全体攻撃で無双してくれる。


(まぁ俺はあまり好きじゃなかったが。超防音波壁もサウンド・バーストも周回するとなると鬱陶しいんだよな。最終的にはバエルで吹き飛ばすか後にも敵が控えてるならメリーでメタって嵌め殺してたっけ)


 ゲームでのアルルの戦い方を思い出しながら、さらに2発、玄咲はダーク・ハイ・バレットを打ち込む。超防音波壁に無効化される。罅が入ってるとはいえ流石フュージョン・マジック。通常魔法とは格が違う。接近して殴れば壊せそうだがサウンド・バーストを突破する手段がない。思考する視線の先、アルルがマイクに口を近づける。玄咲はカードケースに手を伸ばした。


(さて、この世界でのヒプノシス・マジックはどんな魔法かな。図鑑で読んで尚未知数の部分が多い。見るのが楽しみだ……!)


 ADのカードを手早く入れ替える玄咲。その顔には笑みが浮かんでいる。憧れのカード魔法を使うのも、見るのも、食らうのも、玄咲にとってはワクワクしかなかったからだ。


「いくよ!」


 アルルが黄金色に光るマイクを握り締める。マイクから流れるビートに合わせて、玄咲へとバースを吐き出す。



 不敵な笑みを即Erase

 公開処刑のShow case!



(2小節、溜め攻撃まであと2小――)


 小節を数える玄咲の視界の中、マイクが光る。玄咲は即座に銃口をアルルへと向けた。果たして予想通り――というか直感通り、ヒプノシス・マジックが発動した。


 アルルのマイクから玄咲目掛けて音の衝撃波が発せられた。その中央にはギロチンの刃のような形の一際濃密な魔力。それが真っすぐ玄咲の顔目掛けて向かってくる。


(カード図鑑通りだな。ラップの中身で衝撃波が変形する――!)


 ヒプノシス・マジックは基本的にはただの衝撃波攻撃だ。だが、その衝撃波の威力と波形にラップで幅を持たせることが出来る。衝撃波を広範囲に満遍なく放ったり、一点に集中して放ったり、その両方の性質を持たせたりと、変幻自在に衝撃波を変質・変形させられる。アルルの放ったヒプノシス・マジックは玄咲の笑顔をDisったからか顔へと飛来してきた。それも公開処刑というワードを使ったからかギロチンの形で。


(そういえばサンダージョーもギロチンで公開処刑されたな。おそらく魔力を通してそのイメージが反映されたんだろう。なるほど、そういう魔法か)


 冷静に分析しながら玄咲はADを衝撃波に向ける。音速とまではいかないまでも高速で飛来するそれに、タイミングを合わせて詠唱した。


「フラッシュ・ガード!」


 ランク2・無属性・銃魔法【フラッシュ・ガード】。ゲームでは1ターン限定で強力なダメージ減算バリアを貼る魔法で、アルルのメタに最適な魔法だった。この世界でも効果はさほど変わらない。ごく短時間強力なバリアを前方に貼るというもの。だからこそ購入し、ヒプノシス・マジック迎撃の初手に選んだ。防御札としても、ゲームとの差異を把握する上でも、一番有効だと判断して。お値段5000ポイント。


 銃口からマズルフラッシュのように迸った白い魔力光が前方に一瞬で中身を繰り抜いた半球状のバリアを形成する。そのバリアに衝撃波がぶつかる。喰いとどめる。魔法同士が魔力光を火花のように散らして折衝する。だが、薄く広がった衝撃波までは防げない。バリアを迂回して左右から同時に飛来した衝撃波が直撃し、玄咲は背後に吹っ飛んだ。ただ、威力自体は大したことなく、レベル差による抗魔力の減衰効果もあって、衝撃もダメージもそこまででもない。すぐに地に足が付く。SDに表示される5%程減ったHPゲージに一瞬視線をやってから、視線を前方に戻す。


(――2小節で放てるとは予想外。小回りが利くメリットは大きい。だが、相応に威力は低下するようだな)


 丁度、フラッシュ・ガードと衝撃波が対消滅したところだった。弾け消える2色の光の粒子の向こう側、超音防波壁に守られたアルルが感心の声を上げる。


「へぇ、的確に対処してくるね。いいカードチョイスだよ」


「そうか」


 答えつつ、玄咲はダーク・ハイ・バレットにカードを入れ替え、一発銃撃。そして即座に次の攻撃を予想しながらカードを入れ替える。アルルが口元にマイクを近づけたのを見たからだ。


(攻撃に移りたくても中々移れないな。本来ならこういう時間にもっと攻撃を挟んでおきたいところだが、その暇がない)


「中々攻撃に移れないでしょ? シングルスロットの欠点だよね。カードを入れ替えないと別の魔法を使えない。カードバトルじゃ致命傷だよ」


 玄咲の思考をアルルが図らずして代弁する。そしてマイクに笑んだ口元を近づける。


「ま、遠慮はしないけど。じゃ、次のバース行ってみようか!」


 アルルが再びラップをする。



 シングル・スロットで舐めプするWack

 はっきり言うね? 正直ムカつく大分 

 チェスで言えばこの状況Zugzwankツークツワンク

 敗北へ引きずり込むDoomドゥーム toトゥ Swampスワンプ



(4小節――さっきより強力な攻撃がくる!)


 身構える玄咲目掛け、アルルのマイクから地を這う衝撃波が滑り飛ぶ。Swamp――沼のように広がり、逃げ場がないほどに地を埋め尽くす。浅く隆起し玄咲へと伸びてくる。沼に引きずり込むイメージだろうかと思いながら、玄咲は足元の地面に銃口を突き付けて詠唱した。


「アース・シェル」


 玄咲の足元の床に土色の光が生まれる。玄咲を取り囲むように円周上に広がり、その縁から一気に土の壁がせり出す。頭上で合流し、溶け合う。360度を包囲する土の壁が一瞬で完成した。


 ピシッ。


(――まぁ、符合魔法でもないランク1魔法なんてこんなものか。そりゃ4小節は防げないよな)


 土の壁が壊れる。玄咲は衝撃波に轢かれる。隆起に引きずり込まれる、などということはなく普通に打ち上げられた。宙を舞いながら玄咲は考える。


(ランク1・土属性・土魔法・アース・シェル。防御に優れた土属性の基本魔法。2000ポイント。広範囲に広がる攻撃に対処するにはうってつけの魔法だったが、いかんせん耐久力が足りな過ぎたな。まさか一瞬で壊れるとは。全体を満遍なく覆うだけあって、フラッシュ・ガードより遥かに耐久力が低い。だがフラッシュ・ガードはごく短時間狭い範囲しか攻撃を防げない。今の攻撃には無力だった。だが広範囲攻撃対策のアース・シェルは出力が足りない。おまけに攻撃の出力も足りていないし、そもそもその暇がない、と――うむ、なるほど)


 そして結論付けた。


(アルルの攻撃は防ぎようがないな。流石アルルの符合魔法ソウルリンクスで、尚且つ精霊人の種族特性とも相性のいい音魔法の亜種のラップ魔法で、条件さえ満たせば同ランク帯でも屈指の威力を誇るヒプノシス・マジックなだけはある。さらにADの差まである。おまけに超音防波壁を破る算段もつかない。うん、状況は絶望的に不利だな)


 SDのHPゲージは残り8割。防御魔法の減算とレベル差――アルルの魔力と玄咲の抗魔力の差が効いている。ゲームより遥かにHPゲージを保てている。だが、攻撃が防げず、防御を突破する手段がない以上、現状玄咲に勝ち目はない。


(けど、十分だ。予想以上にHPを保ててる。アルルの魔法もまだまだ見れそうだし、まだ使ってないカードを使う余裕くらいはありそうだ。あわよくばを狙いつつ、攻撃カードもあと何枚かあるしその意図がバレない程度に攻撃を交えて、ひたすら耐久に専念するとするかな)


 着地し、即座にカードを入れ替え、玄咲はアルルに銃口を向ける。アルルからは獰猛に見える笑みを携えて。


(まだまだ試したいことはある。付き合ってもらうぞ、アルル!)


「――ッ! 次のバース、行くよ!」


 アルルが再びマイクにバースを吐き出す――。

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