第16話 カードバトル2 ―アルルVS玄咲―

 玄咲は駆ける。一直線にアルルの元へと。駆けながら、ベーシックガンのグリップ底のカードスロットに1枚のカードをインサートする。まだカードの扱いに慣れていないため一瞬だけ逸らした視線を即座にアルルに戻すと、アルルは既に1枚目のカードをインサートし終えて、2枚目のカードをインサートしているところだった。熟練の差が出ている。カードを素早くインサートする特訓を積まなければいけないなと思いながら玄咲はADをアルルへと向けた。


 そして、詠唱する。


「ダーク・ハイ・バレット」


 ランク2・闇属性・銃魔法【ダーク・ハイ・バレット】。ランク1・闇属性・銃魔法【ダーク・バレット】の上位カード。ダーク・バレットよりも威力と弾速に優れた小型の闇属性の魔法弾を発射するカードだ。ファイア・ボールなどの【ボール】系と並ぶ汎用カードの代表格。汎用カードとされるだけあって、使いやすくて優秀で、それ故流通量が多く、安価で購入可能。玄咲はこのカードを学校価格とはいえ3000Pで購入した。ちなみにダーク・バレットは1000pだった。


 そして闇属性の銃魔法――銃型のADと相性が良く、バエル曰くこの世界での玄咲の主属性であるらしい闇属性と一致し、何より玄咲の符合魔法ソウルリンクスと符合する種類タイプのカード。それが玄咲がダーク・ハイ・バレットを購入した一番の理由だった。ADのスリットから闇色の光が迸る。


 アルル目掛けた銃口から闇色の魔法弾が発射された。


「!? 早っ――!」


 現実の銃と同程度――とまではいかないが、弩弓と同程度には豪速の魔法弾がアルルの胴体へと一瞬で迫る。手足頭部などの体の末端と異なりどうしても大きく体を動かさなくては回避できない部位。


「ダーク・ハイ・バレット」


 玄咲の予想通りアルルは、発射時点での体勢からしてより重心を逃がしやすいであろう右へと身を大きく傾けて魔法弾を回避した。その間に2枚目のカードのインサートを終え、回避しざまに3枚目のカードをインサートしようとしたアルルに、アルルの動きを予測して既に回避位置に置きに行く感覚で放っていた玄咲のダーク・ハイ・バレットが迫る。右へと身を倒して避けた直後、慣性の法則からして急に逆方向には身を戻せない。しかも狙いはまたも体のド真ん中。腹。これをもろに受ければ息がつまって、隙を晒す。そう判断したアルルは無理やりにでも回避しようと、さらに右に倒れ込むも、完全に予想外のタイミングで、狂気的なコントロールで放たれた魔法弾を完全に回避することはできず、カードを持つ左手にダーク・ハイ・バレットが掠った。


「あっ!」


「ダーク・ハイ――」


 玄咲は少しだけ左に銃口をずらして、一拍遅らせた最後の詠唱を着地させた。


「バレット」


 落としたカードを拾おうとしたアルルの手の少し先に、ダーク・ハイ・バレットが着弾した。カードの、僅か数センチ横。アルルの顔が輝く。カードを急ぎ拾って、即座にADへとインサート。アルルが玄咲の方を向く。


 残り5メートルの距離で自分へと迷いなく向けられた銃口を見る。アルルが顔を引きつらせて詠唱する。


「フュージョン・マジック――」


 声が、重なる。



「ダー「超防音波壁スーパーサウンドバリア―――ッ!」ト!」



 玄咲の声を掻き消すほどの大音声がフュージョンマジックを発動させた。音の波がバトル・ルーム内を幾重にも反響して、尚止まらない。声量、という理由だけでは片付かない現象。声そのものでなく、声に宿った魔力が、バトル・ルーム内を跳ね回っているのだ。なぜか胸を叩いてせき込んでいるシャルナの姿を視界の端に捉えながら、玄咲はアルルの種族特性を思い出す。


(精霊人の2つある種族特性。外見の不老でない方、言葉に魔力を宿す力か――!)


 精霊人の言葉には魔力が宿る。魔力の宿った言葉は音だけでなく魔力波としても音を伝える他、言霊が強化される――つまり、言葉のその本質が強化される。例えば、演説をすればその言葉は広く聴衆に響き、論説をすればその論は実態以上の説得力を帯び、歌を歌えばカラオケレベルでもなぜか絶賛される。


 そして、魔法を使えば、威力が強化される。精霊人が強力な種族とされる由縁だ。


 アルルのADから音が、魔力が、迸る。マイク型ADの大声程、綺麗に発声・歌い回す程、魔法が強化されるという特性で強化された魔法が発動する。


 アルルのADから視覚化できる程に空気を揺らす無形の波が迸った。それは球形に留まり、アルルを包む薄膜の防御壁となる。薄膜、されど強固。魔力現象はしばしば視覚的認識と矛盾を引き起こす。微振動しながら滞空し続けるその防御壁にダーク・ハイ・バレットがぶつかる。そして、弾け、フラッシュを残して掻き消えた。超防音波壁スーパーサウンドバリアは耐久力を犠牲に攻撃を無効化する効果を持つ。この世界のカード図鑑に記載されていた通りの効果。想定の範囲内。


 だから玄咲は迷わず次の行動に移った。


 右足で地を強く踏み込む。ADを右手から左手に持ち帰る。右手を強く握り込む。サンダージョーの顔を殴り潰した時と同じくらい、強く。横向けた左足で着地する。拳を振り絞る。


「え? ちょ、ちょっと、何を――」


 アルルを見る。戸惑っている。恐怖が見える。気のせい? 本当? どうでもいい。拳を振り下ろすだけ。腰を捻転する。右手に全ての重心がインパクトの瞬間に集まるように、背筋に力を籠める。腕に力を集める。拳に、そして――。


(さて、どうなるかな――)


 解き放つ。殺す気で、インパクト。殺す気でやるのが一番力が発揮できる。だからこそ、その気でなくても殺す気で。どうせバトルセンターで何をやっても死にはしない。だから、何の遠慮も躊躇もなしに、拳に殺意を乗せれた。拳が超防音波壁スーパーサウンドバリアを叩く。


 形容しがたい轟音がバトルルーム内に迸った。


「キャァッ!」


 アルルが悲鳴をあげて尻もちをつく。聞きなれない、女の子らしい悲鳴。そして、白と水色の、縞々。それも、真正面。CMAにおいてヒロインは聖域。全年齢対象ゲームだから聖域。裸は勿論下着すら見えない。その、アルルの、パ――!


(――思考を打ち切れ! 戦闘中だ!)


 玄咲は動揺を意志の力で絞め殺す。小一時間くらい見惚れていたい絶景を必死でただの背景だと思い込む。そして足を振り上げる。さっき拳で行ったことを今度は爪先で行う。そして――。


 爪先と超防音波壁スーパーサウンドバリアがぶつかる。超防音波壁スーパーサウンドバリアに罅が入った。アルルが目を見開く。


「!? バリア系のフュージョン・マジックに素手で罅!? 君、本当に人間!?」


「人間以外の何に見える?」


 玄咲は適当に答えながら再び拳を振り上げる。アルルが喋りながら取り出していたカードをADに素早くインサートし、そしてまるで悲鳴のように叫んだ。


「サウンド・バーストォーーーーーーーーーーーーーー!」


「うっ――!?」


 マイクから発せられた音の衝撃波が玄咲を吹き飛ばす。ランク2・無属性・音魔法【サウンド・バースト】。威力を生じないただ敵を吹き飛ばすための音の衝撃波を発生させる魔法。用途が限定されているだけあって、その効果は強力。10メートル程吹き飛ばされてようやく着地。眼を回して耳を抑えるシャルナの姿を視界の端でしかと捉えつつ、起き上がりながら玄咲は高速で思考する。


(――やっぱり物理攻撃は使い物にならないな。やはり魔符士として純粋に強くなる必要があるか)


 玄咲の攻撃は肉体の損傷を考慮しない、バトルルーム内以外だったら、サンダージョーに、マギサに、相対した時のように、自分もまたズタボロになりながら放つ攻撃だった。その攻撃が、現時点でのアルルのフュージョン・マジックすら破れず、ただ罅を入れるだけに終わった。生身の人間相手ならともかく、防御魔法相手に物理攻撃で太刀打ちするのはやはり無理があるようだった。現時点でのアルルの超防音波壁すら破れないようなら、よりレベルが上がるこの先の戦いでは使い物にならない。そもそも物理攻撃が魔法防御を打ち破れないからこそこの世界の戦闘手段はカード魔法に特化していったのだ。銃ぐらいは作れる化学力があるにも関わらず、だ。物理兵器に見切りをつけて、魔法兵器に舵を切った。この世界はそういう世界なのだ。


 罅割れた超防音波壁を見ながら玄咲はさらに思考する。


(――超防音波壁スーパーサウンドバリアもサウンド・バーストもゲームと全然違う。ダメージ減衰ではなく、壊れるまで魔法を完全にシャットアウト。そして命中率低下と溜め削除ではなくシンプルな吹き飛ばし効果。となると、この後アルルが発動するであろう魔法もカード図鑑で読んだ通り――)


「――――ちょ、ちょっと、ビビったけど、超防音波壁スーパーサウンドバリアを貼った状態で僕にこれを発動させたら、終わりだよ! もうシングルスロットじゃ太刀打ちできないよ! ! 行くよ! これが僕の切り札――!」


 アルルがカードスロットから1枚のカードを取り出し、ライブ・マイクにインサートする。


「ランク4! ラップ魔法――!」


 そして、詠唱した。


「ヒプノシス・マジック!」


 金色のADが光を放つ。

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