第15話 カードバトル1 ―準備―

(――実際経過時間はそこまででもないはずだが、なぜだろう。随分と久しぶりのカードバトルに感じる。きっと体感時間が濃密だったからだろうな)


 バトルルーム内に2つある、20メートルほどの距離を置いて床に書かれた魔法陣の上で、玄咲とアルルは対峙していた。あとはSDの戦闘開始ボタンを押せばいつでもカードバトルを始められる。シャルナはバトルルームの隅っこで正座している。コロコロと口の中で飴玉を転がしながらも、2人を見つめるその眼差しは真剣そのものだ。


「それじゃ、始めようか」


「ああ」


 アルルがSDを操作する。対戦申請の操作をしているのだろう。その動きがピタッと止まる。顔を上げて玄咲に少し大きめの声で尋ねてくる。


「あっ、忘れてた。ポイントはどうする? 賭ける? それともトレーニグモードにする? 項目設定しなくちゃいけないんだけど」


 学内での対戦はSDでトレーニングモードを選択すればポイントを賭けずとも行える。玄咲は即答した。


「トレーニングモードにしよう」


「――意外と弱気なんだね。僕はポイント賭けてもいいけど」


「いや、やめておこう。負けた時の被害は少ない方がいいだろう?」


 ピクリ、とアルルの表情筋がひくつく。そして、確かめるように聞いてくる。


「……一応聞いておくけど、どっちの意味?」


「どっちって、単に俺が負けた時の保険としての最低レートだが」


「……ああ、そっち。君、よく誤解されるでしょ」


「ああ。毎日誤解される」


 この眼付きのせいだろうなと思いながら玄咲は答える。アルルはため息をついて首を振った。


「なんかとんちきなこと考えてそうだな―……ところで、ADの武装解放はいいの? スペルカードは対戦開始後だけどADは対戦開始前から取り出しておけるよ」


 己のAD――ライブ・マイクを振りながらのアルルの言葉を受けて玄咲は手に持つカードを目の前に掲げる。


「今する。武装解放――ベーシック・ガン」


 玄咲の手に真白手抜きの銃型ADが顕現する。試験で使ったシングルスロットの低性能ADだ。


「――それでやるの?」


「ああ。問題ない。これで十分だ」


「一応僕のAD、リミットギリギリの補正値50まで性能高めてあるんだけど、流石に補正値10のベーシック・ガンで戦うのはきつ過ぎない?」


 学内で使用するADは生徒間の実力の公平さを保つため、期間ごとに補正値にリミットが設定されている。そのリミットに収まる範囲内かつ、学園長の直接審査を潜り抜けたADのみ、外部から持ち込んだADは使用できる。入学時点での補正値のリミットは50。つまり単純計算でアルルのADは玄咲のADの5倍――という訳ではないが、数段上の威力のカード魔法を放てるということになる。本当に公正を保つためならADの持ち込み自体を禁止にするべきだが、持ってる力を使わせないのはそれはそれで実力を腐らせると言う学園長の考えの下、現在の制度になっている。


 また、カードにもリミットがあるが、今考えることではないなと思い直し、思考を打ち切って玄咲はアルルに答えた。


「知ってる。その上で言ってるんだ。これで十分だと」


「ッ!」


 アルルの表情が獰猛な戦意に満ちる。


「凄い自信だね。それだけサンダージョーとの戦いでレベルが上がったの」


「かなり上がった。だからまぁ、君ともこのADでギリギリバランスが取れるんじゃないかと思ってる」


 流石に厳しいかもしれない、という言葉は飲み込む。戦いで弱気を表に出すべきではない。


「……OK。今度は勘違いの余地はなさそうだね。いいよ。ADも魔符士の実力の一部だってことを教えてあげるよ。補正値の違い、そしてシングルスロットとマルチスロットの性能の違いを見せつけてあげる!」


 アルルが対戦開始ボタンを押す。玄咲のSDにボタンが表示される。


【対戦が申請されています。受諾しますか】


 YES    NO


「YES」


 カウントダウンが始まる。SDに巨大な数字が表示される。その数字が5、4と進んでいく。


(――さて、少しだけ、切り替えるか)


 玄咲は瞑目する。そして頭の中のスイッチを入れる。丁度、ポケットボーイの電源を入れるような感覚で。カチッと。


 平時から戦闘用に、意識を切り替える。


 そして、呼び起こす。


 獣のように獰猛に蠢き、機械のように冷たく稼働し、地獄のように救いなく在り続ける、己の中の戦意を。統合失調症にかかっていたときはまんま悪魔と呼んでいた、もう一つの己を。


 剝き出す。


 思考が冷たく澄む。これでもう余計な情動に惑わされない。ヒロインが相手だろうと戦い抜ける。あくまで気持ちの上でだが何の躊躇いもなく――。


 殺しにいける。


(――よし、この程度でいいか。さて、久しぶりのカードバトルだ、楽しんでいこう)


 玄咲は目を開く。そして、アルルを見た。アルルは動きを凍り付かせて、玄咲を見ていた。


「――君」


 瞬きもせず、アルルは尋ねる。


「本当に、天之玄咲?」


「ああ。これも俺だ」


 玄咲は頷く。


「戦闘時と平時でメンタルをある程度使い分けてる。そうしないとさ」


 玄咲は己の頭を指でトントンと叩いて、少し寂しそうに笑いながら、


「戻ってこれなくなりそうになる」


「!」


 アルルが息を呑む。玄咲は無表情にその姿を視界に収める。SDのカウントダウンが進む。2,1――


【0】


 ビーッ、とSDから音が鳴る。アルルはカードケースから3枚のカードを取り出す。


「行くよ!」


 玄咲もまたカードケースから1枚のカードを取り出しながら、アルルの台詞に応えることなく白い床を蹴った。

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