第9話 アルル・プレイアズ

 人の気配で目を覚ました。


 足音。草むらをかき分けて近づいてくる。頭上、あるいは背後。即座にシャルナから手を離し、玄咲は背後を振り返りながら草地に手を突き立ち上がりかけて、


 風にふわりと翻るスカートを見た。その中のものまでも。


「――」


 思考が凍る。動きが止まる。顔が強張る。その所有者は玄咲のよく知る人物キャラクターだった。


 アルル・プレイアズだった。スカートの上から声が降る。


「ご、ごめんごめん。そんな睨まないでよ。気持ちよく寝てる所を起こしてゴメンね」


「……」


 睨んでいたのではなくただ動揺して顔が硬直していただけ。そのような実情を言えるはずもなく、視線を逸らしながらアルルの勘違いに玄咲はやんわりと乗っかった。


「き、気にしなくていい。元々目付きが悪くて、1の感情が100に受け取られる性質なんだ」


「あ、そうなの? じゃあ、そんなに怒ってないんだね」


「全く怒っていない」


「良かった。本当、全然起きないからさ、仕方なく起こしに行ったんだよ。あの校舎の曲がり角でさ。数分おきに様子を伺ってたんだよ? 他にも生徒が通りがかったけど、君たちを見たらすごすごと去っていったな」


 ピクリ、と玄咲の眉が動く。表情を強張らせて尋ねる。


「見られて、いたのか?」


「そりゃ、この学校は人が多いからね。いくら人通りの少ない目立たない場所とはいえ限度があるよ」


「……」


「に、睨まないでよ」


「睨んでない。これが素なんだ」


「あ、そうだったね。けどさ、君、入学時より大分雰囲気柔らかくなったね。全然普通に話せる」


「え?」


「隣で寝てる彼女のお陰かな」


 言いながら、アルルはシャルナの傍に蹲る。あまりにも無防備に草むらに寝ころび、天使のような寝顔を晒すシャルナ。その顔を顎に手を当ててじーっと見る。そして、フッと微笑んだ。


「よく寝てるね。よほど君の隣が安心するんだろうね」


「そうなの、かな」


「そうだよ。でないとこんなに無防備な寝顔を晒さないよ。なんでかな。顔はそこまででもないのに、凄く可愛く感じる。美少女の雰囲気があるよ」


(そこまででも? ……ああ、お守りか)


 アルルの台詞への疑問をお守りの効果を思い出すことで玄咲は解消する。シャルナの容姿は胸ポケットのお守りの効果でレベル80以下の人間と玄咲以外には似て非なる姿に見える。


「それでさ、一つ頼んでいいかな」


「なんだ」


「この子、起こしてくれない? 君に話があるんだけどこの子抜きで話すのも何だからさ」


「ん、ああ。分かった。シャル、起き――」


 玄咲はシャルナの肩に手を伸ばす。その途中、シャルナの手がピクリと動いた。何かを探すように草地を這う。それから、探し物が見つからなかったからだろうか。手を宙に、玄咲の方向に伸ばして。


 泣きそうな声で、玄咲の名を、呼んだ。


「やぁ、玄咲、離れちゃ、だめぇ……」


「ッ!」


 玄咲は反射でシャルナの手を掴んだ。世界で一番愛しくて大事なシャルナの手を、握りながら玄咲は考える。


 シャルナは学園に通える身分になったとはいえ、それは条件付きの一時的なものだ。一時は逃げようと言ったほどの重い条件を課せられている。その上、シャルナには頼れる人間も友人も、多分現状、玄咲以外にはいない。シャルナは玄咲を、玄咲の想像以上に心の支えにしているのだろう。少し離れただけで不安になって、幼子のような寝言を漏らすほどに。


 本当に、自分などをこれ程頼りにするなど、どれだけ心細い思いをしているのか――絶対に離さない。そんな思いでシャルナの手を掴む玄咲を、パチクリと目を開けたシャルナが戸惑いの目で見る。


「どういう、状況?」


「なんでもない。ただ、手を伸ばしたから、掴んだだけだよ。それだけだ。だから安心してくれ」


 シャルナは玄咲をジト目で見る。


「……私、寝言で、何か言った?」


「な、なんでもない。何も言ってない。だから安心してくれシャル。俺は君の傍をずっと離れない」


「何て、言った?」


「……いや、その」


「あはは、はぐらし方が下手だね。そんなんじゃ逆に不安になっちゃうよ。大したことじゃないよ。ただ離れないでって言ってただけさ」


 玄咲が必死に濁した答えをアルルはさらっと言ってのける。シャルナは玄咲に手を握られたまま赤面した。


「そこそこ、恥ずかしい」


「ほ、ほら。だから隠そうと」


「でも、大したことじゃ、なくて、良かった。安心した」


「えっ?」


「んしょ」


 シャルナは玄咲の手を支えに起き上がり、アルルに向き直った。


「それでこの人、誰?」


「シャル、何故まだ手を」


「だめ?」


「駄目じゃ、ないが」


「……まぁ、ちょっと距離、近すぎる、かな」


 そう言って、シャルナはパッと手を離す。玄咲の手が数瞬何もない空間を握り締める。アルルはその様子を見てしみじみと言う。


「……本当、仲いいね。ま、ここらで一回自己紹介しとこうかな。そっちの彼はともかく、彼女の方は僕を知らないみたいだしね。というわけで」


 アルルが真面目な表情を作る。明るさが鳴りを潜め、威厳と神秘性が顔を出す。その極端な2面性に圧倒される玄咲とシャルナに、アルルが胸に手を当てて微笑みかける。


「初めまして。天之玄咲。シャルナ・エルフィン。私の名前はアルル・プレイアズ。この国の第3王女だよ」

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