第51話 ラブコメ7 ――シャルナの過去――
『珍しい話じゃない。ありふれた筋書きの、ありふれた悲劇。だから面白くはないかもしれない。それでも読んで欲しい。なるべく短く纏める。
子供の頃、私は山奥で、家族4人で暮らしてた。父、母、姉、私。仲は良好。幸せだった。その頃はまだ、翼が生えてた、切る必要がなかったから。
ある日、遊びに出かけた姉が中々帰らなかった。父と母が心配して探しに出かけた。私は家にいるようにって言われた。その言いつけを破って私も姉を探しに出かけた。心配だったから。けど、今思えば、事態を楽観し過ぎてた。心のどこかで明日もこれまで通りの日常が続くと思ってた。
私は姉を見つけてしまった。知らない男たちが囲む牢に気絶した状態で収監されてた。私は恐怖のあまり叫んだ。それで見つかった。
走って逃げる私に真っ先に追いついたのがサンダージョーだった。サンダージョーの振るう鞭に喉を打たれて私は倒れた。サンダージョーは追い打ちのカード魔法を放った。私は死んだと思った。
ギリギリで割り込んだ母が私を体で庇ってくれた。そして死んだ。怪我した状態で叫んだ喉が潰れた。サンダージョーが追撃を加えようとした。
父がカード魔法の斬撃でサンダージョーを吹き飛ばした。そして私に逃げろって叫んだ。私は逃げた。無力だったから、怖かったから。家族を置いて、無我夢中で逃げた。その後、父と姉がどうなったかは分からない。多分、死んだ。
一週間、ほとんど飲まず食わずで森を彷徨った。辛かった。食料や飲料の見つけ方や見分け方がよく分からなかったし、そもそも怪我した喉が痛過ぎた。その期間に、ストレスで髪が白くなった。死にかけてた所を、お婆に拾われた。そして堕天使族の秘境の集落に連れてかれて保護された』
「ここまでが、あいつとの、確執」
「ん、喉、ちょっと、回復した」
喉をトントンと叩くシャルナ。正直筆談の方が途切れなくて分かりやすかった。声が聞けないという致命的な欠点があるので口談の方が好みだが、ケースバイケースで使い分けるのは全然ありだった。
「……どう? ありきたり、だったでしょ? つまんなかった、よね……」
確かにありきたりな話だった。ありきたりな、ありふれた悲劇だった。これが物語ならば、聞く人間によってはつまらないと本を閉じるかもしれない。ゲームの中だったらそんなことより戦闘戦闘とイベントスキップするかもしれない。
けど。
この世界は現実で。
シャルナの悲劇は実体験なのだ。
「……確かに、ありきたり、かもな。けど」
それは当事者が使っていい言葉ではない。
なぜなら。
「だからって辛くなかったわけじゃ、ないだろ」
「……うん」
「それに、俺にとってはありきたりじゃない」
「え?」
「親しい存在の悲劇をありきたりなんて言葉ではくくれない。それはいつまでも憑き纏ってくるただの現実だよ」
玄咲もそうだから、言葉に実感が籠る。
「……うん。そだね。私に、とっても、ありきたりじゃ、ないよ。軽い言葉、使っても、今でも、忘れられない、現実、だよ……私、ね。過去のこと、振り切ったと、思ってた。でも、サンダージョーと、再会した、瞬間にね、胸の奥、から、一気に、憎しみが、ぶわーって、湧き上がって、きてね。話し、かけられて、この髪に、言及された、瞬間ね。気づいたら」
――殺そうと、してたの。
「……あの時、か」
思い出す。サンダージョーに向けられた本気の殺意を孕んだあの眼。シャルナの白い瞳が一番暗く淀んだ時。
「うん、あの時。自分で、びっくりした。冷静にって、思ってたのに、あいつに、この白い髪が、綺麗だって、言われた、瞬間、全部、弾け飛んだ。よりにも、よって、こいつにって、虫唾が、走った。ぶち殺して、やりたいって――! あっ」
シャルナのほとんど初めて聞く強い言葉――汚い言葉と言い換えてもいいかもしれない――を少し驚きながら聞いていると、、玄咲のその反応に気づいたシャルナが謝ってくる。
「ご、ごめん。あんま、よくないよね。こういう、言葉遣い。いつも、気を付けて、るんだけど、崩れちゃった」
「意識、してたのか」
「うん。お母さんの、教えなの。女の子は、優しく、なくちゃ、いけないって。だから、まず、言葉遣い、気を付けないと、って。シャルナは、少し、元気過ぎる、から、言葉だけでも、って……
「元気過ぎる?」
「うん……私、昔はもっと、明るかったん、だよ。それに、悪戯っ子、だったから、良く、注意、された。でも、凄く、優しかった。絶対、怒らなかった。たくさん、愛してくれた。宝物、一杯くれた。――私、そんなっ、お母さんのっ、ことがっ……!」
――シャルナの瞳から涙が落ちる。それは膝の上、固く握られた拳の上に落ちた。
水滴が弾ける。
「大好き、だった! 世界一、大好き、だった! ずっと、一緒に、いたかった! いたかった、のに! けほっ、けほっ! ……いたかったよぉ……!」
「……」
玄咲はシャルナをそっと抱きしめた。躊躇いはなかった。シャルナも玄咲にしがみついてきた。十数分ほどそうしていた。
泣き止んだシャルナがそっと離れて膝を抱きしめ赤らんだ横目で言ってくる。
「私ね、正直、サンダージョーの、こと、殺して、やりたい」
「母の復讐か」
「うん、お父さんと、お姉ちゃんの、分でも、あるけど、一番はそれ。でも、それだけじゃ、なくて」
シャルナは玄咲の手をギュッと握る。
「怖いの」
「……怖いか」
玄咲はシャルナの手を握り返す。
「あの時、正直、まずった、って、思った。バレるかも、って。退学、考えた。でも、あいつのせいで、また逃げる、なんて、真っ平だった。夢を、諦める、なんて、悔しかった。だから、通い続けた。そしたら」
シャルナが暗く瞳を淀ませる。その瞳に宿る感情の正体を玄咲はよく知っている。見慣れている。
「あんなこと、なっちゃった」
恐怖だ。
「まだ、怖いか。そうだよな。怖いに決まってる」
「……うん。怖いよ。思い出したら、また、体、震えそうに、なる。多分、玄咲が、いなかったら、ずっと、一人で、震えてた。だから、一緒に、いてくれて、ありがとう」
「……泊めてよかったよ。心の底からそう思う」
「うん。私ね、あいつが、生きてる、だけで怖い、心の、底から、怖い……たくさん、痛め、つけられた。それに、母を、殺された。だから、恨みもある。だからね、私、あいつを、殺して、やりたいよ」
シャルナの瞳が暗く淀んでいく。確かな意思が固まっていく。
「……やっぱり、自分の、気持ちに、嘘はつけない、な。うん、やっぱり、この、言い方の方が、汚いけど、気持ちに、しっくりくる。もう一度、はっきり、言うよ」
シャルナは殺意を言い直した。
「私、あいつのこと、ぶち殺して、やりたい」
より強く。
汚く。
「……それが、私の、本音。嘘偽り、ない、本当の、感情、だよ。醜くて、恥ずかしい、けどね。あるものは、あるの。私、綺麗じゃないから。天使じゃなくて」
【堕天使だから】
「汚い、感情、一杯、持ってるの。ごめんね。私、玄咲が、思ってる程、重ねてる、理想程、綺麗じゃない。大好きに、なって、くれた子が、こんな、汚い、堕天使で、ごめんね」
シャルナは自分に自信がない。その理由の根っこが玄咲にもようやく見えてきた。ことあるごとに堕天使だからと口にするシャルナ。生きてるだけで殺される差別対象であることも自信を奪われた原因だろう。それに加えて。
その奇麗過ぎる心が。
自分の中の汚い感情を許容できないのだろう。他人にはない、特別黒い、殺意を。あるいはそれに近しい様々な感情を。
だから、自分の負の要素ばかり見てしまうのだろう。
汚い存在だと思い込んでしまうのだろう。
どうしようもなく自分に自信が持てないのだろう。
玄咲の瞳の中のシャルナは何も変わることなく綺麗なままなのに。その身も心も天使なままなのに。
気にしなくていいのに。
哀しくて、優しい子だった。
「でも、でも」
シャルナが身を寄せて手をキュッと握ってくる。
「離れ、ないでね」
「……ああ。俺からは、絶対」
玄咲も手を握り返した。今までで一番強く。
「だよね。玄咲は、そうだよね。ちょっと、異常、だもんね」
「異常、か……」
「だから、安心、するん、だよ」
「……そうか」
「だから、私たち、噛み合うん、だろうね」
「噛み合う……」
確かに不思議とシャルナと玄咲は嚙み合った。玄咲はもちろん、正直なところ、シャルナもかなり変わった子だ。変わってないところが一つもない。なのに、玄咲はシャルナの何もかもが大好きだ。それにシャルナも色々とまともじゃないどころか時々狂気まで発症する玄咲に相当心を許してくれている。まさに噛み合っているという表現は玄咲とシャルナの今の状態にぴったりな言葉だった。愛し合っているとかではなく噛み合っている。まさにそういう状態だった。
「そうだな……その表現は凄くしっくりくる。噛み合っているんだろう。俺とシャルナは」
「うん……運命の人、だからね。当然、だよ」
「うっ……」
運命の人。シャルナの口からその言葉が出てくるとどうしても、結婚……という強烈なワードまで紐づいて思い出されてしまう。どこまで本気でその言葉を言ったのか。玄咲はそれ以上の思考をやめた。シャルナとの未来に思いを馳せる資格など玄咲はもう永遠に有していないからだ。
「玄咲、それで、ね」
「うん」
「私、正直、もう、こんな、感情、忘れ、たいよ」
「えっ」
「ん? ……ああ、少し話、脇道、逸れた、からね。サンダージョー、への、殺意の話」
「あ、ああ。そうか……」
玄咲なんかと噛み合ってしまう自分がどうしようもなく嫌だと言われたのだと一瞬勘違いしてしまった。そんなはずがないのに。自分にどうしようもなく自信がないのは玄咲も同じのようだった。
「うん、私ね。こんな、感情、ずっと、引きずって、たくない。殺意も、恨みも、憎しみも、恐怖も、こんな、醜い、黒い、感情は、全部、忘れ、ちゃいたい。辛い、だけだからさ……でも、心の奥に、住み着いてるの。もう一人の、私が。あいつを、殺さないと、絶対、消えないって、叫んで、叫んで、仕方ないの。だから、忘れたい、けど、忘れられ、ない」
「……」
ゲームでのシャルナの未来の姿を玄咲は思い出す。アムネスの亡霊。おそらく、そのもう一人の私とやらが、ゲームでの人格などではないのだろうか。復讐に囚われた、哀れな殺人鬼なのではないだろうか。もしそうなら、玄咲はどうするべきなのだろうか。殺させるべきなのではないのだろうか。
シャルナに。
「だからさ、もう、この、黒い感情は」
こんな哀しい笑みを二度と浮かべさせないために。
「多分、あいつ、殺さないと、消えないんじゃ、ないかなぁ」
サンダージョーを。
シャルナにぶち殺させるべきではないのだろうか?
きっとそれが最善だ。何のリスクもない。メリットしかない。シャルナもすっきりする。自分もすっきりする。WINWINだ。そしたらシャルナの黒い感情も消え去るかもしれない。どうせ殺すのだ。ならついでに試す価値はある。いや、試す価値しかない。ふと湧いたにしては素晴らしい名案だった。だから玄咲はシャルナに話を持ちかけることにした。
「シャル、試しにサンダージョーを殺してみないか」
そう提案しようと口を開きかけたその時、
「もう、この話、やめよ」
シャルナのその言葉で玄咲は我に返った。
自分が引かれるに決まっている提案をしようとしていたことに気づいた。
その言葉のおかげで殺人に慣れ過ぎている醜い自分をさらけ出さずに済んだ。玄咲はほっとした。死にたくなった。自分に絶望した。シャルナの隣にいる資格などやはり自分にはないと思った。
シャルナが表情を陰らせて言った。
「もう、私の、こんな、醜い、ところ、見せたく、ない」
玄咲も全くの同意見だった。
自分の醜い所をシャルナに曝け出したくはなかった。
凄く気持ちが噛み合うなと思った。
嫌な噛み合い方だった。
「分かった。けど、シャルは醜くないよ。……本当に醜い人間はそんなこと言わない。言えない」
そもそも見せる度胸もない。
「そんなことを言えるのはシャルの心が奇麗だからだ。……だから、シャルは醜くなんかない」
玄咲と違って。
「断言する」
玄咲は醜い。
シャルナと違って。
「シャルは奇麗だ。世界中の誰よりも」
玄咲の心は穢い。世界中の誰よりも。
「――ありがとう、玄咲の、眼に、映る、私は、本当に、綺麗、なんだね」
玄咲は段々自分がスイッチが入りつつあると思った。致命的な失言をするときはそう遠くないだろうと。シャルナの真実の姿を、その内に秘めた天使性を語れば語る程、心の中で自分と対比してしまう。穢い自分を自覚してしまう。シャルナの隣にいることに耐えがたくなってくる。
「――どこまでも、天使、なんだね?」
シャルナの笑みが少し寂しそうに見える。
玄咲はきっと自分の心が病んできてるからそう見えるのだろうと思った。
「――さっきの、過去の話の、続き、話すね」
シャルナは玄咲の手を離す。
「さっきの、ように、筆談で。長いからさ」
そして代わりにペンと紙を取る。
「少し、暗い、話、だったね。大丈夫、今度は、少しずつ、明るく、なってくよ」
シャルナが再びペンを握る。
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