ラブコメ編
第45話 ラブコメ1 ――絵――
ラグナロク学園学生寮【ラグナロク・ネスト】。
666号室。数時間ぶりに帰った自室を玄咲はシャルナに紹介する。
「ここが、俺の部屋だ」
「666、号室……」
「ちょっと待ってろ」
生徒カードでロックを解除。扉を開いてシャルナに入室を促す。
「さあ、入ってくれ」
「お邪魔、します」
シャルナが部屋に上がる。それに続いて玄咲も。冷静を装っているものの玄咲の頭の中身は猛回転していた。空転と言い換えてもいい。
(ど、どうしよう。女の子を部屋に上げるのなんて生まれて初めてだ。勢いで部屋に連れ込んだが、よく考えたらこれから俺はシャルと24時間以上同じ部屋で過ごすことになる。会話が持つのか? 心臓が持つのか? お、俺はなにかとんでもない失態をしでかさないか? シャルに嫌われないか? それだけは嫌だ。シャルに嫌われたら俺は二度と立ち直れない。なんとか自分を取り繕わないと――)
「ねぇ、玄咲」
先行するシャルナが立ち止まって話しかけてくる。変なところで立ち止まるなと思いながら玄咲は応じる。
「なんだ」
「これ」
シャルが通りがかったタンスの上を指さす。なにか目を引くものでもあっただろうかと玄咲も近寄って見る。
カップラーメンと、それに立てかけられた幼稚園児レベルのシャルナの似顔絵が目に入った。
時が止まった。
「…………」
「…………」
すっかり存在を忘れていた。色々ありすぎたからだ。もし思い出していれば先に入室してタンスの中に閉まっておくくらいのことはしたのに、なぜ思い出さなかったのか。なぜいつもいつもこう締まらないのか。玄咲は泣きたくなった。神を呪った。
シャルナが指さしたまま問うてくる。
「私の、似顔絵?」
「……うん。俺が描いたんだ」
「そう、なんだ。ふーん……」
学園長室で貰った制服を脇に挟んで絵を眺めるシャルナ。完全に羞恥プレイ。もうやめてくれ。そう心の中で叫ぶこと十秒、絵を眺めていたシャルナが唐突に言う。
「――そっくり」
「え?」
シャルナの天使性の100分の1も表現できていないと思うのだが――戸惑う玄咲にシャルナが告げる。
「これ、欲しい」
「え?」
「だめ?」
「いや、別に構わないが」
「ん、ありがと」
シャルナが絵を奇麗に角を揃えて八つ折りにして嬉しそうにポケットに締まう。大切に思っていることが伺える所作。描いてよかったと、玄咲は心の底からそう思った。
「ところで」
シャルナは。
「この、カップ麺、私が、あげた、奴?」
続けてカップラーメンについて言及してくる。スルーしてくれなかった。玄咲は渋々頷く。
「……うん」
「どうして、食べて、くれな、かったの? せっかく、あげた、のに……」
「その、君が」
「私が?」
「プレゼントしてくれたものだから、食べるのがもったいなくて、だから、持って帰って、飾ってた……」
「……そっか」
心なしトーンの高い声でシャルナがそう答える。それからカップラーメンをしばらく見つめたあと、時計の方を見た。つられて玄咲も時計の方を見る。
時計は12時を指していた。
「いつの間にか、昼、だね」
確かに昼だ。朝、登校してから、気付けば結構な時間が経っていた。もう12時とかいう気持ちもあれば、まだ12時とかいう気持ちもある。挟まった時間が濃密過ぎて、少々体感時間が狂っていた。
それはそれとして、飯時だった。
「気持ちは、嬉しい、けど、これ、食べないの、勿体、ないし、何より、玄咲に、食べて、欲しい、から、さ」
シャルナが笑顔で言う。
「一緒に、食べよ」
「美味し、かったね」
「あ、ああ……」
たった今、カップラーメンを食べきったシャルナに玄咲は上の空で答える。視線はテーブル対面の空の容器に注がれている。
2人で半分こして食べ合ったカップラーメン。玄咲が先で、シャルナが後。自分が食べてるときはなんにも思わなかったが、シャルナが食べ始めてから玄咲はその意味に気づいた。
(お、俺の体液が、シャルの中に……いや、もう考えるのはやめよう。終わったことだしこの思考は相当気持ち悪い。ドン引きものだぞ……)
「ベッド、行こっか」
「え? あ、ああ」
シャルナのその言葉で二人はベッドに隣り合って腰かけた。固い木製椅子より柔らかいベッドの方が座り心地がいいからだ。
「……疲れた、ね」
「ああ、疲れた」
「……何も、したく、ないね」
「ああ、したくないな」
「……しばらく、こうして、よっか」
「ああ」
宣言通り、2人は数十分間、一言も発さず、呆けたように時を過ごした。話さなければいけないことが一杯あると思いつつも精神が疲れ果てており、そうせずにはいられなかったのだ。
ふと思う。
(……そういえば、俺もシャルも血塗れだな)
だから玄咲は言った。
「シャル、シャワーを浴びてくるんだ」
シャルナが膝の上で手をグーにした。玄咲に問う。
「な、なんで、かな」
「体の穢れを洗い落とすためだ。古来から穢れは清き流水によって雪ぐものと相場が決まっている。シャワーの魔法水が清いかどうかは分からないが浴びないよりはずっとマシだろう。サンダージョーに穢された体を洗い清めるんだ。そうでなくてはいけない」
「……なんとなく、そんな感じの、理由かな、とは、思ってた」
「あとは単純に血を洗い落とすためだ」
「あ……それは、確かに、浴びたい、かな」
「そうだろう。さぁ。浴びてくるといい」
「玄咲は?」
「…………」
血が乾く服と体に不快感を覚えないわけではないが耐えられるレベルだ。浴びる、浴びない、天秤に掛ければ後者が地に着く。悩むまでもなかった。
「シャルだけ浴びてくるといい。俺は遠慮しとく」
「え? なんで?」
「えっ」
「玄咲の、方が、血塗れ、だよ。玄咲も、浴びた方が、いいよ」
「……」
シャルナの言うことはもっともだった。玄咲もできれば浴びたい。しかし血でシャワー室を穢すのもシャルナの匂いの残るシャワー室に入るのも耐えられそうにない。前者もだが、特に後者の理由は自分でも気持ち悪いと思う。決して明言する訳にはいかないが。
「その、深い理由はないんだが、なんとなく、その気になれないんだ」
「……じゃあ」
シャルナは制服の裾に手をかけて。
「私と、一緒に、シャワー、浴びる? それなら、その気、なるよね?」
そして、ほんの少し持ち上げた。
雪原のような白いお腹がへそまで見えた。さらには素朴なくびれを描く贅肉なき腰までも。完璧なボディーライン。まるで麻薬のように脳をとろけさせる光景。不意打ちで現れた桃源郷の覗き窓。清廉なのに匂い立つ色香が、まるで溜めていたものを解き放ったかのようにむわりと一挙に立ち昇り押し寄せた。
玄咲の脳はパンクした。
「だ、だめだシャル! 女の子がそんなもの見せちゃ駄目だ! ちゃんと服の中に隠しておかないと!」
「じゃ、玄咲も、ちゃんと、入って」
「わ、分かった! 入るから」
「うん。それで、いい」
パサリと服が落ちる。どうやら玄咲にシャワーを浴びさせるための方策だったらしい。大胆にも程があった。
「どっちが先に入る?」
「玄咲」
玄咲は先にシャワーを浴びた。ドバドバ血が流れた。
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