第44話 爆雷王ナックル ―Golden Bomber―
「お爺様! 家宝【爆雷王ナックル】のエレメンタルカードを使用する許可をください!」
帰宅したサンダージョーは真っ先に雷丈正人のもとを訪れて、開口一番そう言い放った。
「い、いきなりどうしたんだいジョー坊」
「実は」
サンダージョーは事情を話す。雷丈正人の顔が曇った。
「厄介なことになったね……あのフィジカルエリートの岩下若芽を瞬殺しランク8のエレメンタルカードまで持つという天之玄咲というガキはなにものだ? そんな名前聞いたことないぞ」
「何物でも構いません。僕を舐めたクソカスは泥の海で羽をバタつかせるような惨めさを散々味わわせてから殺さないと。決闘の誓いはもう交わされたんです。躊躇ってる暇はありません。エレメンタルカードのポテンシャルは未知数。何が起こるか分からない。だからこそ最大戦力で嬲り殺すんです。最大、戦力で!」
サンダージョーは地団太を踏んだ。床が、抉れた。
「ランク9の中でも最強クラスのエレメンタルカード爆雷王ナックルなら安牌です。それにエクスキューショナーの隊員も連れて行きます。あいつはバーリトゥードの恐ろしさを分かっていない。何でもありが1対1の原則を保証しないことに気づいていない。個の暴力と数の暴力、2つの暴力で奴を確実に殺す。そのために爆雷王ナックルのカードを使わせてください」
「う、うむ。しかし……」
「何を躊躇ってるんですか! あの糞野郎を決闘でぶち殺せば堕天使の娘も退学に追い込める。その身を確保できる。お爺様の目的も叶う。躊躇う理由はないでしょう! それとも使えない理由でもあるのですか?」
「い、いや、ないよ。ないとも。分かった。ナックル様には私が話をつけておく。だから安心しなさい。明日ジョー坊にエレメンタルカードを渡そう。それでいいね?」
「はい! お願いしますお爺様!」
はは、と雷丈正人はいつも通りの笑み。泰然自若としたその表情はいつも変わらない。
額に汗しているのは温暖な天気のせいだろう。
「僕は懲罰十字聖隊(エクスキューショナー)の隊員に声をかけてきます。――天之玄咲には僕が味わった以上の地獄を必ず味わわせないといけませんから。油断はしません。強者だと、認めた上で叩き潰す。全力の僕に勝てる同年代の相手は、この世にいない……!」
「そうだね。格闘戦で後れを取ったとて尋常なカードバトルならばジョー坊が負けるはずがない。しかもノーリミットのバーリトゥードなら圧倒的にこちらが有利。うん、想定外の事態とはいえ、悪くはない、か――ジョー坊。必ず天之玄咲とやらを殺して堕天使の娘を連れてくるんだ。それが世のためだ。ジョー坊ならできる。期待しているよ」
「はい! では、失礼します!」
サンダージョーは退室した。明日の決闘の準備をするために。。
雷丈家。地下室。
サンダージョーさえ立ち入りを許されない、雷丈家の秘奥。
薄暗い階段を下りた先の扉を専用のカードキーで開けることによってのみ入れる。
雷丈正人とゴルド・ジョンソンは今その地下室の中にいた。
地下室には巨大な長方形の箱がある。
人間が5,6人入れるほどのサイズだ。
その中に正人とゴルドは入っている。
雷丈家が独自開発した巨大な長方形の箱――テレポート・リード・デバイス。通称レポーター。
「テレポート・フロム・1・トゥ・4」
テレポーターを操作する呪文(コマンド)を正人が唱える。
テレポーター内部の三方の壁に魔法陣が現れる。光る。激しい紫電がテレポーター内部を埋め尽くした。紫電が消える。
もう正人とゴルドの姿はそこにはなかった。
雷丈家から遠く離れた別荘地。
その地下室にテレポーターの力で一瞬で移動した2人は、テレポーターがある部屋の扉を開けて、地続きの廊下を歩いた。
廊下の左右には無数の檻。アマルティアンはもちろん、監禁が法律違反となる通常の亜人まで監禁されている。雷丈家の裏の生業の成果だ。この中継地を利用した裏ルートで雷丈家は亜人貿易を行う。
悲鳴は聞こえない。各牢に設置されたサイレント・リード・デバイスの効果だ。見目麗しい女性亜人の最低限の着衣だけ施されたあられもない姿を楽しみながら正人は廊下最奥の扉に辿り着く。
そしてカードキーで開ける。
広い部屋があった。
他には何もなかった。
「簡易召喚――爆雷王ナックル」
正人は爆雷王ナックルを呼び出した。
前触れもなく爆雷王ナックルは一瞬で現れた。正人にしか見えない異形。
金色の体。各頂点を結ぶと正方形になるくらいに太っている。無数の金ボタンを縫い付けたような等間隔に隙間なく縫い付けたような服を纏っている。少し体が揺れただけでジャラジャラなる。体に乗っかる顔はほぼ正方形。四角い角刈り。真ん丸の眼。下膨れの潰れた鼻。おちょぼ口。その全てが金色。そして好色の艶を放っている。ピカリ、ピカリと。その笑みは欲望で内側から膨らませたような厭らしさでむっくりしていた。
「僕を呼ぶの久しぶりだね」
金色の大精霊がねちっこい中性声を発する。雷を司る王。ランク9。殆ど神話の域の存在である精霊神を除けば最高位の精霊。その金色の体に暴虐的なまでの魔力を秘めた雷丈家の守護精霊だ。正人ができれば呼び出したくない精霊だ。不快な見た目もそうだが、それ以上に中身が最悪だった。
「どうしてもナックル様のお力が必要なのです。お力をお貸しください」
「久しぶりだからね。20人は食べさせてもらうよ」
ビクッと正人の体が震えた。すぐに、承知した。交渉など無意味だからだ。
「かしこまりました。ではお選びください」
「フヒヒッ、楽しみだなぁ」
簡易召喚したまま正人はゴルドと廊下へ。ナックルが牢をあれこれ指差す。
「あの兎人の子と、この蝿人の子と、そのエルフの子と、う~ん――ああっ! 選べない! もう、この牢の子全部! それで次は――」
正人がナックルの指示をゴルドへ伝達する。ゴルドは牢屋を開けてカード魔法を駆使して指定された奴隷を奥の部屋へ運ぶ。21回、それを繰り返した。ナックルは最後、2人を1人に絞り切れず、2人とも選んだ。だから犠牲者が1人増えた。
奥の部屋に雷の縄で拘束された21人の奴隷と正人とゴルドとナックルが揃った。ナックルが舌なめずりをして涎を垂らした。
「じゃ、いただきま~す。さ、正人。召喚してよ」
「はい。召喚――爆雷王ナックル」
爆雷王ナックルがこの世に現界する。この世の終わりみたいな悲鳴が21通り上がった。
1時間後。
「じゅる、じゅるるる。かーっ! たまんねぇっ。この脳、美味すぎるっ! これ、もう壊れてるけど、ほんとういい具合だったなぁ……びゅへへぇっ」
ナックルが半混ざりの絵の具みたいに歪みとろけた顔で、口周りのエルフの脳みそをペロリと舌で拭き取った。股間が裂けた21の死体は脳がなかった。ナックルは人の脳みそが大好物だった。上の口も下の口も大好物だった。眼球破壊はたしなみだと思っていた。エルフの眼科は空洞になっていた。
「あー、満足だナァ……僕はいい人間に拾われたナァ……雷丈正人。僕は君のことが大好きだナァ……びゅっへっへぇ!」
「恐れ入ります。ナックル様。ただ、そろそろ、限界が……」
「おっと、生命力尽きちゃう? じゃあもういいや。次召喚されたらちゃんと力貸してあげる。あと、雷丈壱人にはいつも通り裏の仕事のことは黙っといてあげるよ。たっぷり口止め料もらったからねェ……ただ、そろそろ苦しいと思うよォ? 黙っとくのォ」
「新しい洗脳手段を、エルロード聖国から取り寄せ中です。おそらく大丈夫なのではないかと」
「アハハッハハァ。そこで洗脳に行くのが僕のカードの持ち主らしいねェ。じゃ、アデュー。また、楽しませてもらうの、期待してるよ」
ナックルが消える。雷丈正人はがくっと床に突っ伏した。
「キッモ……死ねよ金メッキデブが……。はぁ、また、我が家の財産が21個も減った……まぁ、いいか。ここにいるのは訳アリの低級奴隷、つまりナックル様用の食料奴隷ばかり。それで満足してくれるなら、安い安い。天使族のような大物はまた別の別荘に保管してある。ナックルさまには絶対バレる訳にはいかないけどね」
「この秘密は信用できる人間以外には絶対バラせませんな。どこから筒抜けるか分かりませんから」
「うむ。しかし、これは、また……」
ナックルが二つの意味で食い散らかした惨状を正人とゴルドは見渡す。吐き気を催す光景。人に理由を言えぬ光景。つまり掃除は2人がすることになる。
「はぁ……これだから嫌なんだ。ナックル様を召喚するのは……ジョー坊も迷惑をかけてくれるよ。全く……」
「なに、堕天使族さえブートン大公に売り払えばお釣りがきます。ナックル様が負ける訳はありませぬ。朗報を待ちましょう」
「……そうだね。堕天使はすでに手に入れたも同然。未来は僕らの手の中に。そしてゆくゆくはこの国、女王、王女たちもこの手に掴む。雷丈家の繁栄のためならその堕天使族とやらも喜んでその身を捧げてくれるだろう。喜ばなくても無理やり捧げさせるけど。1回くらい僕も味見しときたいなぁ。雷丈家秘蔵のカード魔法を駆使して記憶の消去と傷跡の再生をすれば先方にもバレはしまい。乱獲できた昔ならともかく今となっては堕天使はレア中のレア。久しぶりに堪能するのも悪くはあるまい。びゅ、びゅふふ。おっと、聖人らしからぬ笑みが漏れてしまった。いけない、いけない……」
「ははは! 昔捕まえた堕天使の娘は絶品でしたなぁ!」
「たしかにあの娘は美人だし中身も良かった。あの娘の姉妹なら容姿の心配はいるまい。面食いのジョー坊が気に入るくらいだしね。それに高校生かぁ……女性の最盛期の堕天使。しかも、美人。いくらの値がつくのか想像もつかない。ラグナロク学園の制服を着せたまま差し出せばさらに価値は上がりそうだ。そんな逸品を先食いするなんて各方面から恨まれちゃうなぁ。やめる気はないけどねぇ! いつものように合体攻撃でびゅーびゅー血潮噴かせちゃおうか! ビュハハハハハハハッ!」
「オッホ。楽しみですなァ! ブハハハハハハハァ!」
――屑二人は死体の山、血の海の中で陽気に笑い合う。醜悪に、穢らわしく。自覚がないだけで脳内はナックルと大差ない二人だった。
「ジョー坊。行っておいで。ほら、爆雷王ナックルさまのカードだ。真摯に説得した結果力を貸していただけることになった。いや、大変だったよ……だから、必ず、勝つんだよ。いいね?」
「はい! 必ず僕は勝ちます! なにせ僕はお爺様の自慢の神の子ですから!」
サンダージョーは家を出る。希望と夢を胸いっぱいに詰めて。期待と未来をその背に背負って。眩しい日差しに目を細めて歩く。
大輪の太陽に白く視界を消し飛ばされながら。
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