第27話 悪魔 ―Ambivalent Love―
「あー……油断したわ」
「ッ!」
その声。さきほどまでとまるで色が違う。さっきまでは太陽の下咲き誇るひまわり畑だった。けど今は鋭利で尖ったガラスのナイフのような色合い。美しい。そしてイメージ通り。バエルだ。ゲームのバエル。直感でそう確信し、玄咲はバエルに確認の問いを放つ。
「バエルだな? CMAの精霊ではなく」
「なに? 気安く話しかけないでもらえる?」
バエルが顔を上げる。顔を真正面から突き合わせる形。美しかった。さっきまでも美しかったが、可愛さが勝った。今は美しさが勝っている。可愛くて美しい――可憐だった。バエルはとても可憐だった。
「人間の分際で――っ!」
バエルと目が目が合う。そしてその瞬間、バエルの口の動きが止まった。
「……」
なぜかじっと見てくる。目が丸く見開かれ、頬に朱が差している。いかなる精神的作用がもたらした表情の変化なのか玄咲には予想がつかない。ただ美しさを感じ入ることしかできない。感じ入りすぎて脳から変な汁が出そうになる。
(だ、駄目だっ、落ち着かない。思考に精神的リソースを注力することで動揺を落ちつけよう)
考える。人間の分際にのあとにはどんな台詞がきたのか。きっと「調子に乗るな」とかそんなニュアンスの台詞がきたはずだ。イベント配布されたバエルは精霊と会話を交わす会話コマンドでのみその性格が断片的に知れる。その断片的な情報からでも台詞の続きは想像は容易だった。なぜならバエルはそれだけ尖った性格をしているのだから。
理由は語られないが人間嫌い。CMA世界の最高位の存在である精霊神という出自ゆえか孤高独尊。堂に入った高飛車で常に上から目線でものを話し、傲慢なまでの自信家で自分の強さと美貌に絶対の自信を持っている。主人公の大空ライト君にも心を開かず、ただ封印されているよりマシだからという理由で会話を交わし力を貸してくれるだけ。まさに高嶺の華を地で行く性格だ。
しかしその一方で「封印されてる私を召喚って……設定破綻してるけどいいのかしら」などのメタ発言を平然と繰り出すユーモア性も兼ね備えており、とっつき辛さはそこまで感じない。総合的にはちょっと気難しい、だがそこが可愛いとても素敵な女の子くらいの印象に落ち着く。
そう、バエルはとても素敵な女の子だ。
「……」
「……」
そんな素敵な女の子がなぜ自分の顔を食い入るように見つめているのか。思考逃避にも限度はある。なにかの切欠で現実に意識が戻ったら終わりだ。見れば見るほどバエルは美しかった。間近で向き合って顔を眺めても醜い箇所が毛穴一粒分ほども見つからない。人間の美しさではなかった。神の、あるいは悪魔の美しさだった。そろそろ顔を向き合わせて1分以上経つ気がする。自然経過が成り行きを任せるに足りえないことにようやく気付いた玄咲は仕方なく口を開いて状況を動かすことにした。
「その、俺の顔に何かついているのか?」
「え? あ」
指摘されてようやくその事実に思い至った。そんな感じの表情で固まってバエルが赤面する。
「1、1万年ぶりに他者と顔を合わせたから驚いてしまっただけよ! それだけなんだから!」
慌てて顔を離しながらバエルが弁明する。玄咲は納得した。
「なるほど。それなら無理ないな」
「そ、そうよ。全く無理のない理由があってのことなんだから!」
まだ顔が赤い。どうやらよほど恥ずかしかったようだ。その反応に可愛らしさを覚えながら玄咲は改めて問い直す。
「その、さっきも聞いたけど、君はバエルだな。CMAの精霊じゃなくて、本来の」
「分かるの?」
「ああ、俺が君を見間違えるはずがない。一目で分かった。命を懸けて断言する。君はバエルだ」
「ふふ。嬉しいわ。私が私だって、すぐに分かってくれて」
クスクスとバエルが微笑う。どことなくゲームより当たりが柔らかい気がする。ゲームのバエルなら「この世界一美しくて強いバエル様を見間違えるなんてありえないわよね」ぐらいのことは言いそうなものなのだが。
「うーん……体が自由に動かせるっていいわね」
バエルが伸びをする。左手で掴んだ右腕を上に伸ばし背を反る。胸が強調された。玄咲は慌てて顔を逸らした。
「そ、そういえば1万年間封印されてるって設定だったな」
「うん。頭がおかしくなるかと思ったわ。というかおかしくなりかけてたわ。いくら精霊神の精神が丈夫とはいっても10000万年も真っ暗闇の中に身動きを封じられて閉じ込められていたら流石にね」
「……」
バエルの口から実感を持って語られた、ゲーム中では本筋に関係ないフレーバーとしてさらっと明かされる、しかしよく考えたらえげつない設定に、玄咲は絶句することしかできなかった。
「もう少しで精神が死ぬところだったわ。それを救ってくれたのがさっきあなたが話してたシーマちゃんなの」
「シーマ?」
「うん。CMAの精霊だからシーマ。私がつけてあげた名前よ」
シーマ。それは優しくて可愛いCMAの精霊によく似合う柔らかな名前だった。
「いい名前だな。可愛いし、なんかしっくりくる」
「そうでしょう。でももっと可愛い案もあったのよ。マックって名前。でもなぜか嫌がってね。シーマになったのよ」
「……俺の、つまりシーマのいた世界ではマックという名前は安物の代名詞でしかも主に男性名詞として使われるんだ。その記憶か、あるいは感覚が残っているんだろう」
「そうなの? なら嫌がるのも無理なかったわね」
「それでバエル。CMAの精霊――シーマが君を救ってくれたというのはどういう意味だ。そもそも、君はなぜ人格を保っているんだ? 俺が大空ライト君を乗っ取ったようにシーマに乗っ取られたんじゃないのか?」
「乗っ取られたって、そんなわけないでしょう。ん……一回私の現状を話しておいた方が理解が早そうね」
人差し指を振りながらバエルが語り始める。
「私とシーマちゃんは現在共存状態にあるわ。1つの器に2つの魂が入っている状態ね。ある日、封印されている私の中に突如としてシーマちゃんの魂が入ってきて、本来ならそのまま存在を書き換えられて上書きされるところだったんだけど、私という存在が大きすぎてシーマちゃんでは私を書き換えるには至らなかったのよ。少しだけ魂は融合しちゃったけどね、それだけ。で、最初に言った通り私という器の中で2つの魂が同居することになったわけ。――これが何を意味するか分かるかしら?」
「共存状態にあるということだろう」
「んー……素晴らしい理解の悪さね。聞いてた通り頭は悪いみたい。要するに」
バエルが指をズビシっと突き付けて心底嬉しそうに言った。
「話し相手が出来たってことよ!」
「!」
玄咲は完全に理解した。
「なるほど! CMAが君のメンタルケアをしてくれたのか! 俺と同じだ!」
「……」
バエルはこころなしものいいたげな顔で頷いた。
「そういうこと。1日24時間毎日話したわ。1人と2人ってまるで違うのよ。シーマちゃんがいなかったらきっと私は狂ってた。だから感謝してる。友情を超えた親愛をシーマちゃんには抱いているわ」
「救われたってのはそういうことか」
「ええ。そしてあの子との会話で知ったのよ。CMAというこの世界を模したゲームのことを。そして天之玄咲。あなたのことを」
「……」
胸の内に暖かいものが湧いてくる。大好きなバエルと会話できているだけで嬉しいのに、その上自分に関心まで持ってくれているという。試しに玄咲はバエルに聞いてみた。
「ちょっと前の世界の俺のことを話してくれないか」
「エンジェルホリックと呼ばれて仲間から遠巻きにされている軍人。頭のイカれた精神論者によって発案された超戦士計画の生き残りで死線という超感覚を発現させている。CMAが三度の飯より大好きで寝食を忘れるあまり死にかけたこともある。友人と呼べるものが一人もいなくてポケットボーイが一番の話し相手。こんなところかしら」
「凄い! 完璧だ!」
「ふふ。そうよ。私は完璧なの。完璧美女(パーフェクトビューティー)と呼びなさい」
「完璧美女(パーフェクトビューティー)! 完璧美女(パーフェクトビューティー)!」
「フフ。ウフフフ。アハハハハハハハハ!」
バエルが笑う。頬に手を当てて本当に気持ちよさそうに。美しい。心の底からそう思う。そんな美しくて大好きなバエルとこんな風に談笑できるなんて夢みたいだと思う。楽しかった。本当に楽しかった。
本当に、夢のように楽しかった。
「――あなたには感謝してるわ。天之玄咲」
「お、俺に感謝? バエルが? なぜ」
唐突に感謝の意を表明してきたバエルに尋ねる。
「あなたがこの世界に転生してきてくれたからよ。私を召喚できるそのカードを伴ってね」
「……このカードか」
悪魔神バエル。ランク10。闇属性。ゲームのまんまのデザイン。ゲーム時代からの玄咲の宝物。バエルと玄咲を繋いでくれる大事なカード。だが、考えれば考えるほど存在自体が矛盾の塊なカード。エレメンタルカードは召喚対象となる精霊にしか産み出せない。そしてバエルは封印されている。だから設定上絶対に存在するはずのないカードなのだ。イベント配布だからこそ設定をガン無視して実装できた奇跡のカード。こんな形でなければこの世界には永遠に存在しえなかっただろう。
「なんなんだろうなこのカードは」
「次元の歪みの産み出した奇跡の産物としか言いようがないわね。細かい仕組みは私にも分からないわ。ま、細かいことはどうでもいいのよ。私を召喚できるという事実が大事なの」
「……そうだな。君を召喚できる。その事実以外は何もかもどうでもいい」
「私ね。もしかしたらってずっと期待してたの。シーマちゃんが転生したなら全く同じ状況で死んだあなたも転生してくるんじゃないかって。そして何らかの偶然が起きて私を召喚してくれるんじゃないかって。薄い期待だったわ。おそらく0,001%の確率もない事象。それでも期待せずにはいられなかった。だってそれしか自由を得る手段はなかったんだもの。どうしたって期待しちゃうわよ」
「バエル……」
「そして、あなたはその期待に応えてくれた。それも最高の形で。本当に感謝しかないわ。ありがとう。天之玄咲」
バエルがゲームでも見たことのない純粋な笑みで感謝を告げる。玄咲は自分の心臓が締め付けられる音を聞いた。ドキドキを超えてギュンギュンしている。なにか変な動きをしているらしい。物理的に痛みが生じている。だが構わなかった。ゲームを超えたバエルの微笑みの代償が心臓の痛み程度で済むなら安いもの。タダより安いものがここにあった。
「い、いや、その、えっと――感謝するのは俺の方だ。バエルと会話できて俺はすごく幸せだ。それにCMAの精霊――シーマと会わせてくれてありがとう。彼女には本当に救われた。おかげで色々と吹っ切れた。君がいなければ会えなかった。だから、こちらこそありがとう」
「――――そんな返し反則よ」
「え? なんだって?」
バエルの小声が聞き取れなくて聞き返すも、バエルは首を振って「なんでもない」とだけ答えた。どうやら大した内容ではなかったらしい。
「ところであなた。ちょっと私を召喚してくれない? もちろん、簡易召喚じゃなくて普通の召喚方法で」
「いいけど……何をするんだ?」
「フフ……」
実体なきバエルが宙を浮遊してするりと玄咲の横に回り込んでくる。そして耳に唇を近付けて、
「召喚したら私、実体を持てるのよ」
「!!!!!!?」
意味ありげに、含みを持たせた響きで、そうささやいた。言葉の衝撃が伝播して玄咲の体が波打ち震えた。
今度はバエルが正面に回る。バエルの白い小顔と、華奢な体躯から伸びた大きなおっぱいの谷間が見下ろせる。接近。ポーズだけだが手を玄咲の顔の後ろに回し、キスせんばかりに顔を近付け、まるで脳髄に麻薬を注入するような声音を作って、バエルは妖艶な色目で流し見ながら微笑んだ。
「いいことをしてあげるわ。仮初とはいえ自由を与えてくれたお礼よ。気分がいいからあなたの望むこと、出血大サービスでなぁんでもしてあげる。さぁ、私を召喚して。さぁ、さぁ……」
「い、いや。そういうことなら召喚はやめておこう。は、離れてくれバエル。心臓が痛い……」
「!?」
バエルが目を見開く。まるで予期せぬタイミングでボディブローを喰らったかのような表情が、一転、歯を剥いて猛獣のような剣幕で迫ってくる。
「なんでよ! なんで断るのよ! この私が! 世界一美しいバエル様がなんでもしてあげるとまで言ってるのよ! ま、まさか封印されてる間に私の美貌がくすんでしまった? 私はもう魅力的じゃない? ね、ねぇ、なんで断ったの? 私は美しいわよね? 魅力的よね? こ、答えなさいよ。はいって首振り頷いて私を安心させなさいよ!」
「だ、大丈夫。君は美しいし魅力的だ。封印される前の姿は知らないが間違いなく俺の目にはそう映ってる。けど、けど――」
「けど?」
「君は天使じゃない。悪魔だ」
――バエルが一瞬、泣きそうな表情を浮かべた。
錯覚かもしれない。ゲームでの超然独尊とした印象とあまりにも異なる表情。バエルがそんな表情を見せたのはほんの一瞬のこと。きっと錯覚だろう。玄咲はそう結論づけそれ以上思考を掘り下げなかった。
そんな心の余裕はなかった。
「で、でもあなたのいう天使って人間離れして容姿と性格が魅力的で好みな女の子って程度の意味でしょ? 別に本当に天使だとは思っていなくて、要するに精神を病んだ童貞特有の異常な女性崇拝の究極みたいな感情に基づく信仰心を重ね合わせて女の子を天使って称しているだけなのよね? なら別に私が相手でも」
「違う!」
自分でも驚くほどの大声が出た。心胆を冷たくする焦燥がそうさせた。そうまでしてでも否定せずにはいられない衝動があった。理由があった。その正体を考えるわけにはいかなかった。
バエルがビクっと肩をすくめる。が、すぐにムキになって反論を返してくる。
「何が違うのよ! 具体的に言ってみなさいよ!」
「て、天使は癒しで安らぎで安息で休息で永遠で女神で理想で追憶で愛情で母性で天国で楽園で救済で救済で救済で救済で救済で救済で救済で救済で救済で救済で救済で救済で救済で救済で救済で救済で救済で救済で救済で救済で救済で救済で救済で救済で救済で救済で……平和の象徴なんだ! 爛れた快楽や黒い怪物や狂った条理や赤い世界や壊れた精神や腐った現実や醜い人間によって穢されてはいけないんだ!」
「抽象論で誤魔化さず具体的に言いなさいよ! 結局何が言いたいのよ!」
「君を愛してるんだよ!」
――なんでそんな台詞が出てきたのか玄咲にはよく分からない。
だけど、それが本音で全ての答えという気がしてならなかった。天使でなくてもバエルならば関係を持つことだって全然嫌ではなかった。むしろしたかった。実際生理的臨戦態勢はバキバキに整っていた。
けど拒んだ。
天使と悪魔を理由にしたが、本音だと思ったが、それは偽りで、本音の本音はバエルを穢したくなかっただけなのだと玄咲は己の咆哮でようやく気付いた。
バエルの顔がボッと赤くなった。耳まで真っ赤だった。
「え? え?」
予想外の反応。てっきり「は? 元ヒキニートで精神異常者のゲーム廃人がおぞましく気持ち悪いことのたまわないでよこの童貞が死んで無間地獄に落ちて349京2413兆4400億年間自分の罪を贖罪してから原始時代の猿人に生まれ変わってまた人生0からやり直せば?」くらいのことは言われるかと思ったが、この反応は、なんというか、率直に言えば、とても可愛らしかった。
それでも死刑宣告を待つ囚人の気分で玄咲はバエルの言葉の続きを待つ。
「愛、してるの?」
「…………」
首肯
「天使じゃないのに?」
「…………。…………」
首肯。
「ん、ならいいわ。悪魔でもいいのね」
バエルはそれきり黙った。なにがいいのかよく分からなかったが一応の納得を自分の中に作ったらしかった。顔はまだ赤かった。キャラじゃない。キャラじゃないが可愛いのであまり気にならなかった。
(ど、どうしよう)
どうすればいいのか分からない。何を話したらいいのか分からない。今日この思考を何度繰り返したか分からない。だけど対人コミニュケーション能力は急に向上しないから仕方ない。CMAの話ならいくらでもできるのだが――。
(あ、そうだ! バエルならCMAの話ができるじゃないか!)
CMAの精霊と会話してその知識を取り込んだというバエルならばCMAの話もできるはず。早速バエルにCMAの話を振ろうと玄咲は口を開きかけて、すぐ閉じた。CMAのゲームの世界でCMAのゲームの話をするという中々奇抜な状況に戸惑ったのもあるし、単純に選択肢が多すぎて話題に迷ったというのもある。
何を話すべきか――。
(玄咲――)
シャルナの笑顔が脳裏に思い浮かんだ。
それで話題が決まった。
ベッドを立つ。
「ちょっと待っててくれ」
部屋の隅からタンスの前に移動し、カップラーメンに立てかけたシャルナの似顔絵を取り、ベッドの隅に戻る。そして似顔絵をバエルの前に広げ、ちょっと気を利かせてクイズ形式で話を展開してみる。
「これ、誰だと思う?」
返答は即座だった。
「うわぁ……あなたこの世界でも早速天使の絵描いてるの? 気持ち悪いわね……」
……………………。
「気持ち悪くない。それより見てくれ。可愛いだろ?」
「……まぁ、巧拙を尺度の基準にさえしなければいい絵だと思うわよ。痛切なまでの愛情が一目で伝わってきて私は嫌いじゃないわ」
「!! そうだろう! 俺の愛情をうんと籠めて描いたんだ! いい絵だろう!」
天使の絵を生まれて初めて褒められて玄咲は顔を綻ばせる。バエルは両目を一方向に寄せて呟く。
「愛情をうんと籠めて、ね……」
「ああ! ところでこれ、誰だと思う」
「下手過ぎて分かりっこないわ」
「じゃあヒントだ。CMAの登場キャラクタターだ」
「嫌がらせみたいなヒントはやめてくれる?」
「……えっと、彼女は天使なんだ」
「……生徒会長の明麗ちゃん?」
「違う」
「もういい。答えは?」
「シャルナ・エルフィン。それが彼女の名前で俺の天使なんだ」
「…………そ」
「シャルは自分のことをシャルって呼ばせてくれるんだ。そして俺を玄咲って呼ぶんだ。互いに名前を呼び捨てし合う仲なんだ。席も隣同士で今日は一日中ペアを組んで行動したんだ。遊園地で遊ぶみたいに一緒に一杯楽しいことをしたんだ。シャルは凄く可愛いんだ。それに優しくて、純粋で、思いやりがあって、でも年相応の少女らしい悪戯っ気もちょっとあって、とにかく凄く可愛いんだ。アガペーが心と体にギュッと詰まってる。それにどんな顔よりも笑顔がよく似合う。笑うと光の虹がかかる。天国に咲く花のようなシャルの笑顔が俺は大好きなんだ。見てるだけで幸せになれる。向けられると世界が天国になる。シャルの笑顔を守るためなら俺は何だってするよ。だって俺は――」
胸に、手を当てて、
「シャルを愛しているんだ」
――心の底からの言葉で以て。
玄咲はバエルにそう告白した。
バエルの表情が一変した。
酷薄に研ぎ澄まされた無表情。鋭い目つきが絶対零度の光を宿して玄咲に向けられている。さっきまでとはまるで別人。本当にバエルなのか。そう疑うくらいの貌の豹変。ゲームでも見たことのない悪魔のような黒さ。冷たさ。地獄の瘴気のように吹き上がる得体のしれない熱情を匂わせる魔力? なのだろうか。ヒロユキが似たようなことをしていたがあのような児戯とは比べ物にならない。スケールも、質も。地獄のサタンと面会したらこのような威圧感を受けるのかもしれない。玄咲は圧倒された
バエルは美しかった。まるで地獄に咲く彼岸花のよう。見惚れた。今日一美しい姿に心の奥底から見惚れた。見惚れながらも玄咲は言葉を続ける。
「――愛してるんだ?」
「ああ。愛してる。――だけど」
「だけど?」
「シャルは攻略対象じゃないから永遠に俺と結ばれる運命にないんだ――!」
泣きながら、玄咲は激白した。
「――は?」
地獄を背負ったような威圧感を、吹き上がる黒い瘴気を霧散させ、バエルは呆けた顔で呆けた声を出した。額を指で押さえ尋ねてくる。
「えっと、どういう理屈?」
「だってこの世界はゲームの中の世界だろう? 攻略対象以外の天使を攻略できないのは当たり前じゃないか……」
「ん? んん? いや、それは――確かにそうね。あなたとシャルナ・エルフィンは永遠に結ばれる運命にないわ」
「やっぱりそうだよな……」
「そうよ。仕方ないわよね。攻略対象外なんだから」
泣きながら膝を抱える玄咲。励まそうとしているのかバエルが笑顔で話しかけてくる。なんていい子なんだろうと思った。玄咲は少し心が楽になった。
「――ん? あれ? おかしいわね。ちょっといいかしら」
「なんだ」
「シャルナ・エルフィンって亡霊ちゃんのことよね?」
玄咲は頷いた。
「そうだ。彼女はアムネスの亡霊。この時期はまだラグナロク学園に通っているんだよ――!」
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