第28話 亡霊 ―Invisible Exist―
――アムネスの亡霊。
エルロード教国周辺のアムネス地区にて出現するFOB――ボス以上の強さを持ったランダムエンカウントの特殊エネミーの1体。白いボロキレ1枚だけを纏った、ボサボサの白い長髪と幽鬼のような白い眼が陰惨な過去を匂わせるキャラクター。シャルナのゲーム中の呼称で、未来の姿だ。
FOBは倒すと特殊イベントが発生する。アムネスの亡霊――シャルナの場合は倒すと「あいつだけは……絶対……」と言い残して死亡し、その後その容姿に同情した主人公が遺体を埋葬する強制イベントが発生する。そのイベントで偶然その場に居合わせたクララ・サファリアから「昔この学校に通っていたの。でも、入学してすぐある事件を機に学校を去ることになって……悲しい事件だった。自分の無力さを思い知らされたわ」というセリフが聞ける。そしてそのセリフを幕引きにイベントは終了する。
それ以上の情報をゲーム内で得ることはできないが、儚げで美しい容姿と多くは語られないが悲哀を匂わせるイベント内容から中々人気のあるキャラクターだった。亡霊ちゃんのあだ名で親しまれ、人気投票の順位も8位とモブキャラにしては破格の順位につけていた。
シャルナはモブキャラで、敵キャラだが、人気投票で17位を記録したメインヒロインの神楽坂アカネよりもよほど人気のあるキャラクターだった。
玄咲もゲームをプレイしていた時から神楽坂アカネよりもよほど好きなキャラクターだった。ヒロイン化して、救済されて、一緒に学園生活を送る夢想を幾度繰り広げたかもはや数え切れない。叶わない夢だからこそ、強烈に焦がれた。
だがその夢はこの世界で叶った。
予期せぬ形で、想像以上の素晴らしさで。
「この世界に来て本当によかった。あのアムネスの亡霊と一緒に学園生活を送れるなんて夢みたいだよ……!」
「そうよ。それがおかしいのよ」
「え?」
「アムネスの亡霊は入学初日にサンダー・ジョーに半殺しにされてエルロード聖国送りにされるはずだもの。一緒に学園生活を送るなんてありえないわ」
「なんだと!? ……くそっ! やっぱりサンダージョーが原因だったのか! あの屑め!」
「なにがあったの」
「シャルを殴ろうとしたサンダージョーを返り討ちにした。あそこが運命の分岐点だったんだな」
「なるほど。それで」
「バエル。なぜ君はゲームで語られなかった情報を知っている。CMAは隅から隅までプレイしたがそんな情報は初耳だぞ」
玄咲の問いに、バエルは鼻をならして自慢げに答えた。
「私はシーマちゃんと魂が融合してるから知識も大部分を共有しているの。シーマちゃんはCMAの精霊。没データの知識くらいあって当然よねぇ?」
「! 没データ!」
「というかなぜあなたは亡霊ちゃんと同じG組に配属されているの? 大空ライトくんはC組のはずよね? なにをしたの?」
「……クララ先生が俺を問題児だからってG組に入れたんだ。どうやら俺のことが嫌いらしい。心当たりは、その、なくはない。ちょっと神楽坂アカネの、お、おっぱいを、揉んだだけなんだが……」
「……間違いなくそれが理由ね。けどおそらく入れたのはクララ先生じゃなく――いえ、きっとクララ先生ね。玄咲のことがよっぽど嫌いなんだわ」
「やっぱりそうだよな……。まぁ、もういい。俺には君がいる」
「!」
バエルが手を合わせ笑顔で頷く。
「うん! 私がいるわ!」
「それになにより、シャルがいる。バエル、もっとシャルのことを教えてくれ! シャルに関する没データをもっと教えてくれ! どんな些末な情報でもいい。俺はシャルをこの世のありとあらゆる全てから救わなければいけないんだ! それが俺の使命なんだ! 俺はそのために生まれてきたんだ! 今、思い出したんだよ!」
「……」
バエルの笑顔がスッと消える。
「もうない」
「え?」
「もうない。1バイトもない。砂漠の砂粒ほどの断片もメモリーにない。だから諦め――う、ご、ごめんなさい。正直に言うから、分かったから。私を見捨てないでシーマちゃん……」
「……シーマと会話をしているのか?」
「う、うん。私は伝えるほどの情報じゃないと思ったけどシーマちゃんはそう思わなかったみたい。だから言う。それだけのことだからね。勘違いしたら駄目よ」
「? ああ」
どこに勘違いの余地があったのだろう――玄咲には意図を紐解けない謎の念押しを挟んでからバエルは語り出す。
「没データといっても量・内容ともに大した情報は残ってないわ。精々プロフィールが残ってるだけ。CMAは容量をギリギリまで切り詰めて制作されたゲームだから殆ど没データが残っていないのよ。プロフィールが残っているだけ幸運だったと思いなさい。……メインキャラにしかないプロフィールがあるってことは、メインキャラにする予定だったんでしょうね。それが何らかの理由で断念したと」
「やっぱりヒロイン候補だったんだな。あの可憐なデザインはそうに違いないとずっと思ってた」
「……ヒロイン候補かどうかはともかくメインキャラにする予定ではあったんでしょうね。っと。話がずれてきてるわね。で、そのプロフィールに結構重要な情報が載っているわけ。今からそこだけ抜粋して」
「全部語ってくれ。」
「え?」
「シャルのプロフィールを全部語ってくれ。必要なんだ」
「はぁ……言うと思った。一度しか言わないから聞き逃さないでよね。説明を長々と語りたくないのに……。えっと、亡霊ちゃんのプロフィールは、右から順に、
名前 シャルナ・エルフィン
魔力属性 闇、光の二重属性
符合魔法 殺人魔法
使用AD エルロード・ダガー(人を殺して奪った)
種族 堕天使族
職業 無職
年齢 15歳
生年月日 AW42年12月25日
性別 女
身長 155cm
体重 49㎏
血液型 A型
好きなもの 平和と家族
嫌いなもの 人間と差別
趣味 ボロ布に包まれて平和な時代の夢を見ること
特技 文筆(死んだ母に教わった)
好きな食べ物 カップラーメン
嫌いな食べ物 餃子
コンプレックス 白い翼に生まれなかったこと。
よ。
どれが重要な情報なのかあなたになら分かるわよね?」
「ああ」
一聞で頭に叩き込んだ情報を精査するまでもなく玄咲は断言する。
「――全てだ」
「…………」
「だが、その中でも特に重要なのは種族――シャルが堕天使だという事実。まさか、まさかシャルが――」
絶望的な気分で玄咲は頭を抱えた。
「――
浄滅指定種族――エルロード聖国が国教とするエルロード聖教において亜人の中でも特に邪悪な種族と定められた種族。発見次第のエルロード聖国への煉送をエルロード聖国主導のもと開催された国際会議で採択された浄滅法によって世界的に義務付けられており、背くと厳罰が課される。浄滅法はエルロード聖国を象徴する悪法であり、プレイアズ王国は浄滅法を覆すために天下一符闘会の優勝を目指すことになる。
CMAの作中でもアマルティアンを巡る悲劇は描かれ、それは避けようがない。主人公が精神的に成長する契機となる出来事だからだ。玄咲もいずれ立ち会うことになるだろうと思っていたが、時系列的にはまだまだ先のこと。当分は平和な学園生活を送ることになるだろうと楽観していた。
その楽観が初日から覆された。
玄咲は唸り声をあげた。
「シャルがアマルティアンだとバレたらラグナロク学園を退学にされてしまう。いや、退学どころじゃない。エルロード聖国に煉送されて殺されてしまう! そ、それがクララ先生がゲーム中で言っていた学園を去ったという言葉の真相か。お、俺がシャルを守らないと!」
「具体的にどう守るの? あなたが亡霊ちゃんに関与できる時間量は人間である限りどうしても限られる。あなたと亡霊ちゃんが別行動してる時に正体がバレたらそれで一巻の終わりよ」
「1日中1時たりともシャルから目を離さず監視し続ける。学校ではもちろん、放課後もずっとだ。怪しい影があれば情報を抜き出したうえで殺し、夜は闇に隠れてシャルの部屋のドアを少し遠くから監視し続ける。睡眠時間は授業時間に取る。隣席のメリットを最大限活かしていく。とにかくできる限りシャルの傍にいる。流石にトイレの中にまで同行はできないが、入り口で待つことならできる。そうだ、バトルルーム内も試験中は同行できないな。明日明後日シャルには決してバトルルームに立ち入らせないようにしよう。どうせ試験の合格ポイントはすでに稼いでいる。対戦なんてしなくても問題ない。特にサンダージョーとは絶対に俺がいないときには合わないようにしないと。あいつは何か勘づいてる節がある。最悪決定的なことをされる前に俺があいつを殺してブタ箱送りになれば、少しでもシャルの危機を減らせる。殺害を前向きに検討したほうがいいな。この世界で合法的に殺人できる手法となるとやはり決闘が第一候補に――」
「ちょっと落ち着きましょう。あなたは色々冷静じゃないわ」
「俺が冷静でいることの方が珍しいから問題ない。ちょっと今からシャルに会いに行く」
「部屋知ってるの?」
玄関に向かいかけた玄咲の足が止まる。動く。ドアを開く。閉じる。言う。
「へ、部屋が多すぎる。無理だ。シャルを見つける前に朝になってしまう」
「……」
「だ、大丈夫。よく考えたら俺がちょっと焦ったからってその時間で何かが変わるわけじゃない。明日、学校で会って、一日中一緒にいて、それから部屋を教えてもらえばいい。それで万事問題ない」
「うん。好きにしたらいいと思うわ」
「う、うう。だが落ち着かない。シャルの、シャルのために何かしないと――そうだ!」
玄咲はベッドに戻りデバイスカードを手に取り、叫んだ。
「武装解放――ディアボロス・ブレイカー!」
デバイスカードが一瞬でADへと変化した。赤と黒のみで着色された異形の銃が、ゲームとはまるで異なる生々しいリアリティを携えて玄咲の手中に握られる。
ディアボロス・ブレイカー――闇属性。ランク10。補正値999。メタリックな輝きを放つ真紅と漆黒の二色のパーツが二重螺旋を織り成しながら組み合わさった独特な色・形状の銃口が外見的な最大の特徴。銃口以外の部分も黒と赤を基色としてデザインされておりその奇異なフォルムと合わさって禍々しい魅力を纏っている。カラーエディット機能で玄咲好みのカラーリングを施し、ネーミングエディット機能で玄咲好みのネーミングを施したAD。玄咲がもっとも多くの時間をかけて鍛え上げた最強のADだ。
補正値を最大値まで鍛え上げるのは当然のこととして、闇属性のエレメンタル・カード以外の適性を全て0にすることで、闇属性のエレメンタル・カードしか使えないが闇属性のエレメンタル・カードに限り絶大な出力を発揮する機能特化型AD。つまりバエルを最大威力で放つためだけのADだ。
エレメンタル・カードには一日に最大3回しか使えないという使用制限があるため、ストーリー攻略においてはあまり有益なADではない。ただ作中最強火力のカードであるバエルと組み合わせて馬鹿げた数値のダメージを叩き出し火力ハイスコアを更新するのを楽しむためだけに使う、性能・用途ともに完全なロマン枠のAD。転生前に美遊ちゃんに見せつけるために装備していた最終装備でもある。なんかその辺りの事情が絡んで転生特典みたいな形でついてきたのだろうと玄咲はふわっと推測している。
CMAは周回要素のあるゲームだった。ニューゲームの度に既存のセーブデータからスペルカードとエレメンタル・カードを合計5枚、デバイスカードを1枚選択して引き継げるのだ。いわゆる周回特典だ。スペルカードとエレメンタルカードでストーリーを有利に進めADを育成する。この繰り返しがCMAの基本的な遊び方。最初からやり込みを前提としたシステムとなっており、それが故に玄咲はかなりの長期間に渡ってCMAをプレイし続けることができた。ディアボロス・ブレイカ―はそうして引き継ぎと周回を繰り返し、バグを用いて上限以上に強化した無数のADの一つであり、そして最も周回数を捧げたADだった。
CMAにはたくさんのバグがあった。システムが複雑でゲームが大容量だったせいだろう。プレイヤーに不利益をもたらすバグも多かったが、プレイヤーに利益をもたらすバグも多かった。そして後者のバグの中の一つに、ADを補正値の上限を無視して強化するバグというのがあった。数あるバグの中でも間違いなくもっとも有益なバグだった。
仕組みは単純だ。ADの補正値が最大の999に達した状態であるキャラクターが行ってくれる特別なADの強化を受けると、表記こそ変わらないものの内部的に上限を無視して強化できてしまうのだ。強化は内部的な補正値がゲームで表せられる変数の限界値の21億に達するまで行える。しかし実際に21億に達することはまずない。このバグは一周につき5回にしか行えず、再度行うために長いストーリーをクリアする必要があるからだ。5回の改造であげられる補正値の合計は50。21億に達すためには4200万回ストーリーをクリアする必要がある。349京2413兆4400億年の寿命を持つといわれる無間地獄の罪人でもない限りまず達成不可能な数字だ。
とはいえ、数回周回するだけでもゲームバランスが大きく壊れる有益なバグ技であることに違いはない。このバグ技を使ってADをひたすら強化するのがCMAの代表的なやり込み要素だった。バグだが仕様みたいになっていた。玄咲も暇さえあれば周回して多くのADをバグ技で強化していた。
そんなADの中でもディアボロス・ブレイカーは特別なADだった。バエルの専用ADに位置付けていた。ディアボロス・ブレイカーを強化するために玄咲はCMAを何百週したのか覚えていない。最大火力を伸ばすというシンプルな目的に嵌ったのもあるが、それ以上にバエルに己を捧げているかのような錯覚が玄咲をそうさせたのだ。狂気的な周回に駆り立てたのだ。
全てはバエルのために。
そんな思いで鍛え上げたADがとうとう本当にバエルの眼に触れた。バエルの反応は激的だった。
「す、凄いわ! この存在感。精霊神並よ! どういう理屈でこんなものが誕生したのか分からないけれどそんなことはどうでもいいわ! こ、これで私をぶっ放しなさい! 私を召喚しなさい! きっとすごい力が発揮できるわ」
「ああ、そのつもりだった。なにがあるか分からない。今の内に俺の現在戦力を確認しておく。場所を移動しよう。魔物が出現するフィールドMAPである郊外に出よう。裏山の抜け道を通れば入学初日から魔物と戦える郊外に出れるんだ。そこで召喚する。君の全力を見せてくれ」
「任せて! 全力で雑魚をぶっ殺すわ!」
「ああ! 任せた! 魔符収納」
ADをカードに戻し、ベッドに散らばった他のカードをカードケースへ。悪魔神バエルのカードはポケットに突っ込んだ手で持ったまま――カードに接触していないと簡易召喚を維持できない――玄咲は部屋を出た。
隣にはバエルがいる。最愛のカード。最愛の精霊。CMAの精霊と融合した神域の美少女。緊張して何も話せなくなってもおかしくない。けど、不思議とそこまで緊張せずに話すことができる。こんなにも美しくて愛らしいのに。なぜだろうと。そんなことを考えたとき――。
ニャー。
頭の中で黒猫が鳴いた。
(ああ)
そうか、と玄咲は納得する。
バエルはクロスケと似ているんだ。
子供の頃よく一緒に遊んだクロスケと。
もういない、友達と。
「――」
見つめる先、バエルの顔とクロスケの顔が重なる。クロスケが一瞬蘇って見える。
バエルがさっきよりもっとずっと愛おしく思えた。
「……シャル。待っててくれ。君のために俺はバエルをディアボロス・ブレイカーで撃つ!」
玄咲は郊外へと向かった。
一目見た瞬間、自分はこの人間に出会うために産まれてきたのだとバエルは思った。
それくらい突如として目の前に現れた人間は格好良かった。そして全てがバエルの好みだった。理想的な髪色。理想的な顔。理想的なスタイル。理想的な魂。全てがバエルの理想通り。
その中でも特に気に入ったのが、魔力と眼だ。
魔力は魂から生み出されるもの。大空ライトを上書きする形で憑依した天之玄咲の魂から生み出される魔力は既に大空ライトの虹色の魔力とはかけ離れたものになっている。赤くて、黒くて、奇麗な地獄色。バエルと同じ色。こんなにもバエルと同質の魔力を宿した人間がこの世界にいたとは思わなかった。正確にはこの世界の存在ではないがそんなことはどうでもよかった。天之玄咲と出会えた事実に比べたらどうでもよかった。
そして、眼だ。天之玄咲の一番格好いい部位。バエルが惹かれて惹かれてやまない、くり抜いて飾りたいくらいキレイな地獄色の瞳。血に塗れて、死に洗われて、地獄に染まった、誰がどう見ても狂気の世界に迷い込んでいると一目で分かる、そんな眼。キスしたいくらい愛おしい眼。地獄色なのに、澄み切っている。心根が穢れていない。だから好きだ。だから天之玄咲の魂はキレイなまんまだ。そのせいで妙に初心なのが欠点と言えば欠点と言えた。バエルは本気でHなイイことをしてあげようと思ったのにまさか拒否されるとは思わなかった。そんなところもまた母性をくすぐられて可愛いのだが。
(でも)
一つだけ。
一つだけバエルは天之玄咲に気に入らないところがあった。
それは精霊神、つまりこの世界の創造神の一柱たるバエルにとっての冒涜だから。どうしても看過できなかった。
(この世界がゲームの世界?)
闇の中を歩く玄咲を見てバエルは酷薄に笑う。
(そんな訳ないじゃない)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます