『カップ焼きそばの湯切り』

「なあ、ヒロ。エルが失敗したの見て気になったんだが、なんで箱型の焼きそばの蓋は糊付けじゃないんだ?」

 今度こそと二つ目のカップ焼きそばにお湯を注いでいるエアリスを見ながら、達也がそんな当然ともいえる疑問をぶつける。

「単純に、箱型やと湯切りの時にどないしても糊が剥がれてな。配合色々変えて試してみたんやけど、何やってもあかんかってん」

「それはまた、不思議な話ねえ」

「基本的に問題が出えへんから忘れがちやけど、こっちやとスキルやら魔力やらの影響で、物理法則が微妙に違うとこがたまにあるからなあ。多分これも、そういう問題なんやと思うで」

「いろいろ覚えはあるけど、こんなところで出なくてもねえ……」

 宏の答えを聞いた真琴が、微妙な表情でそうぼやく。

 スキルや魔法を使うと明らかに質量保存の法則やエネルギー保存の法則を無視していることがあるので、地球の感覚ではありえないことが起こること自体は何の不思議もない。

 だが、こういった『些細だが使い方や状況によっては致命的な結果になりそうな要素』で違いが出てくるのは、正直なところ勘弁してほしい。

「にしても、ヒロはよくあの構造を知ってたなあ……」

「一応、僕らが小学校ぐらいまでは箱型の商品全般で現役やったからな」

「そういやそうだったな」

「確か、一度切り替わったんだけど、なんでか元に戻ったことがあったんだよね」

「そうだったかしら?」

 今や完全に絶滅したはめ込み式の蓋による湯切りについて、そんな話をする澪以外の日本人チーム。

 宏達の地球の場合、諸々の事情でカップ焼きそばの大部分からはめ込み式の蓋が消えたのは、二〇二〇年代に入ってからだったりする。

「実はボク、リアルでカップ焼きそば湯切りするの今日が初めて」

「そうなの?」

「ん。入院する前は危ないからってやらせてもらえなかったし、入院してからはそもそもインスタント食品自体を食べてない」

「ああ、たしかに。幼稚園とか小学校一年生ぐらいの子供には、普通は湯切りなんてさせないよね」

 澪から意外なようでよく考えるとそうでもない話を聞かされ、言われてみればと納得する春菜。

「っちゅうか、そもそも澪がインスタントラーメン食ったことあるんが意外やったわ」

「病気が発症したの、小学校上がってから。それまでは、月に一回ぐらいは食べる機会あった」

「澪の両親が過保護になったの、病気が発症してからだからなあ。年長さんぐらいの頃は、そこまで神経質でもなかったんだよ」

「だから、王宮で久しぶりに食べた元祖鳥ガラは結構感動ものだった」

「言う割に、普段と変わらん顔やったやん」

 しれっとそんなことを言う澪に対し、一応そう突っ込んでおく宏。

 最近ようやく澪の表情が分かるようになってきたが、それと照らし合わせても普段と大差ない表情だったのは間違いない。

「箱の角の湯切り口、爪立てて空けるのが面白かった」

「ああ、あれねえ。あたしもすごく懐かしい気分になったわ」

「あと、お湯切るとき、振ると結構ずっしりきた」

「まあ、だからエルが事故ったんだけどな」

「円盤型のは、すごく便利」

「あれに変わった時は、なんで最初からこの構造にしなかったんだろうって思ったよ」

「多分、接着剤とか蓋の素材とかにいろいろ問題があって、あのやり方やとあかんかったんやろ」

 そんなことを言いながら、ついに二度目の湯切りにチャレンジしようとするエアリスを見守る一同。

 先ほどの失敗に懲りて慎重に焼きそばを傾け、ドバドバとお湯を捨てるエアリス。

 そのまま力いっぱい容器を握って、数度軽く振る。

「……できました!」

「「「「「おお~」」」」」

 ぽたぽたと落ちていた水滴が止まるのを見て、エアリスがどことなく誇らしそうに宣言する。

 その様子に、思わず声を揃えて拍手してしまう日本人メンバー。

 恐らくしっかり振ればもう少しはお湯が出てくるだろうが、この状況でそれを言うのは野暮というものだろう。

「これで、やっと焼きそばを食べることができます……」

「そこまで大層なもんでもないけどな」

「というか師匠。これ、焼きそばって言っていいの?」

「それは永遠の疑問やけど、あんまり深く突っ込んだらヤバい組織に目ぇ付けられるからな」

「ん、これ以上は突っ込まない」

 やたら感動しているエアリスに水を差すようなことを言いつつ、そんなしょうもないネタで落ちをつける宏と澪。

 なんだかんだで、ウルスは平和であった。

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