『フェアリーテイル・クロニクル』シリーズ完結記念Web用こぼれ話

MFブックス

『宏のインスタントラーメン開発記』

「……ようやく、できたわ……」

 ラーメンのスープを一口すすり、感極まったようにそうつぶやく宏。

 異世界での拠点となる工房を手に入れ、みんなで改装を終えたある日の夜。

 日本の食べ物を再現するべく裏で暗躍していた宏は、ついに重要な食品の一つであるインスタントラーメンの、それも原点となる元祖鳥ガラを完成させていた。

 なお、夕食が終わってからでかつ秘密の研究開発ということで、現在宏が作っているのはいわゆるミニサイズのものである。

「技術そのものは割とすぐに再現できたんやけどなあ……」

 小さなお椀に入ったラーメンを完食し、ため息をつきながらぼやく宏。

 実際、お湯を入れて三分で戻る乾麺の作り方に関しては、大雑把な概要を知っていたのでさほど苦労せずに完成したのだが、肝心の味付けについては舌での記憶に頼るしかなかったので、なかなか満足いくものに仕上がらなかったのだ。

 根本的な話をするなら、インスタントラーメンというものは消費者に調理を委ねる食品なので、使う水の量や水の質、茹で時間などで結構な味のブレが出る。

 宏ももちろん、そんなことは分かったうえで開発していたのだが、そんなレベルではないほどコレジャナイ感が強いものが沢山できてしまったのである。

 正直、異世界の食材というものを甘く見すぎていた。

「こんなことやったら、普通に春菜さんの手ぇ借りるんやったなあ……」

 お椀を片付け、消臭剤その他を使って証拠隠滅を図りながら、今更のように後悔のぼやきを漏らす宏。

 ちゃんとしたものが作れるかどうか分からない、という理由でこっそりしていた研究だが、ここまで苦労するのは想定外だったのだ。

「まあ、ここまで来たら今更やし、もう少し種類増やしてからお披露目やな。問題は、インスタントラーメンっちゅうてもいろいろあるから、どの銘柄を作るかやけど……」

 とりあえず覚悟は決めたものの、次に何を作るかで頭を抱えることになる宏。

 ある意味基本であり完成系でもある元祖鳥ガラができたため、基礎技術に関しては問題ない。

 次にやるとすれば味付き麺ではなく、麺とスープが別になったタイプだろう。

 実のところ、粉末スープに関しては、春菜と二人で暮らしていた頃にすでに技術開発が終わっている。

 なので、問題になるのは、どんな味のものを作るかだ。

「まず、とんこつ系はあかんな。こっちの豚は脂がラードやないし、骨からとんこつスープが取れんかった。代用になるもんもまだ見つかってへんし、やるんやったら春菜さんの手ぇ借りやんと無理や。一部の激辛系も素材的な理由でアウト」

 まずは現状の素材や食材ではどう頑張っても無理だと分かっているものを、サクッと除外する宏。

 そうなると、可能なのが醤油、塩、味噌、白湯系となる。

 ラーメンにこだわらないのであれば、うどん、そば、そうめん、焼きそばなんかもインスタント食品の候補に挙がる。

「せやなあ……。いっそ難しいところから行くっちゅうことで、一足飛びにカップ麺に手ぇ出すか。今の機材でどこまでの具をフリーズドライできるか、確認もできるし」

 そこに思い至って、ついに方針を決める宏。

 カップ麺を作るとなれば、やはりまずは元祖でありある種究極でもある、元祖鳥ガラのメーカーが販売しているカップ麺の代名詞的商品からだろう。

「さて、また意味不明な反応する素材とか食材と格闘やな……」

 方針を決めたはいいが、これまでのよく春菜に気づかれなかったと言いたくなるような事例を思い出して再び遠い目になる宏。

 スープを煮出そうとしたら人の手首から先のような形になって握手を求めてきたりとか、空気中の魔力と反応して何とも形容しがたい不味さのスープになったりとか、異世界の食材は本当にいろいろ妙な反応を起こす。

 それ自体は面白いので別に気にならないのだが、同居人に気づかれないように開発を続けるという観点で見ると、非常に厄介なのが困るところだ。

 今は同居している人数も増えたので、もっと注意が必要となる。

「ネタバレ防止的な意味で、今度は爆発するような組み合わせに当たらんかったらええけどなあ」

 そうぼやきながらも、カップ麺の代名詞的商品のスープ作りに着手する宏。

 宏の不安は的中し、よく完成までにバレなかったと言わざるを得ないほど多種多様なトラブルと向き合う羽目になるのであった。

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