第42話好きだった人

 僕は初心を忘れないように初心者ステージ1層に来ていた。

 チャンネル登録者数1億人で、周りからもてはやされる生活に慣れて、調子に乗らない為である。


「きゃー! 離してください! 嫌です!」


「早く来い! お前はモンスターと戦うんだ! そうしないとバズれないだろう! 丁度いい、あそこにゴブリンがいる。戦え!」


「嫌です! 止めてください!」


 若い女性が、バーコードハゲのオッサンに腕を掴まれて何かを強制されていた。

 話の内容からするとモンスターと戦わせようとされているみたいだ。

 僕は女性を掴んでいるバーコードハゲのオッサンの手を引き剥がした。


「嫌がっているじゃないですか? 止めてください!」


「何だ貴様は⁉ こちらの話に口を出すな! え、あ、いや、貴方様は剛力様……何故このようなところに……」


 バーコードハゲのオッサンは最初高圧的な態度だったが、僕の存在に気付くと急に気弱になった。


「なんでもいいですから、兎に角止めてあげて下さい! 嫌がっているじゃないですか!」


「い、いやしかし、これは会社の為というか何と言うか……」


「本人が望んでいないのに、ダンジョン攻略を強制すると厳罰に処されますよ? 一生刑務所の中でも良いんですか?」


「そ、それだけは、ご勘弁を……」


 バーコードハゲのオッサンは土下座した。


「土下座とかいいですから、頭を上げてください。もう二度とこんな事しないでくださいね?」


「か、畏まりました……では、失礼します」


 バーコードハゲのオッサンは行ってしまった。

 一応、丸く収まったのかな……?


「剛力君……」


 バーコードハゲのオッサンに腕を掴まれていた女性は僕の知り合いだった。

 長瀬智奈美さん。

 僕が高校時代に簿記を教えてあげていた女性、そして僕が好きだった人。


「剛力君……情けないところ見せちゃったね……」


「い、いや、長瀬さんは何も悪くないって……」


「嬉しい、剛力君変わってなくて。あの頃の優しい剛力君のままだね」


「そうかな? 相変わらず人付き合いは苦手ってのは変わってないけど、あはは……」


「テレビやネットをチェックしていると、必ず剛力君の話題が出て来て、遠い世界の住人になってしまったって思ってたんだけど、違って良かった」


 危険から解放された安心感からか、僕と再会できた懐かしさからか長瀬さんの目には涙が浮かんでいる。






 僕達はダンジョンから出て、客が入っていない喫茶店で話をしていた。

 長瀬さんの話によると、高校を卒業してから働いていた税理士事務所は辞め、ステップアップの為にダンジョン関係の職場に転職したということだった。


 その職場でも会計の仕事だったが、別部署の配信関係の新係長であるバーコードハゲのオッサンに無理やりダンジョンに連れてこられたとのことだった。

 バーコードハゲのオッサンは配信やダンジョンのことなど無知で、無理やり他人を戦わせても大丈夫だろうと高を括っていたとのことだった。


 何故かそのターゲットが長瀬さんになり、先ほどの現場の状況に繋がるとのことだった。


「災難だったね……」


「うん、でも剛力君が来てくれて良かった。私、戦闘経験ないからヘタしてたら死んでたかも……高校の時から助けられてばかりだよね、剛力君には……」


「え、僕高校の時何か助けたっけ?」


「高校の時、簿記教えてくれたじゃない? 忘れたの?」


「あ、ああ、その程度のことね、大した事じゃないと思うけど」


「もう、相変わらずお人好しなんだから。でもそこが君の良いところなんだけど」


 高校の時は下心がなかったと言えば嘘になる。

 長瀬さんの事が好きだったから。

 今でもその時の気持ちがないとは言い切れない。


「困ったことがあったら連絡して。いつでも大丈夫だから」


「そういう優しいところ好きだよ、君の……昔からずーっと……」


 僕達は店を後にする。

 最後に長瀬さんが呟いた言葉は聞き取れなかった……。

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