第41話旅立ちの日
「キモいって!」
父さんは僕を抱きしめていたが、流石に中年男性から長時間抱きしめられるのはキモ過ぎるので、引き剝がすことにした。
「何だ……もう少し良いだろ……?」
「その発言もキモいって!」
「ああ、分かった……」
父さんは名残惜しそうだった。
そして僕は父さんに伝えなければならないことがあった。
「父さん……僕家出ていくよ」
「ああ、何となくそんな気はしていた……今のお前にはこの家は相応しくない」
「相応しくないとかじゃないんだけど、1回一人暮らししてみたくてね」
「分かった。元気でな」
「うん、今までありがとう」
父さんに一人暮らしする事を伝えた。
姉さんとも関係は良くなりつつあった。
「アンタ、前と違って堂々としてるって言うかカッコよくなったわね。お世辞じゃなくて。まあ、アタシから言われてもキモいだけかもしれないけど」
「確かにキモい。でも嬉しいよ」
「キモいは余計だっつうの!」
「「あははははは!!!!!」」
あんなに関係が悪かった姉上と笑いあえる日が来るとは思わなかった。
旅立ちの日。
兄さんは大学の講義があって来れなかったが、僕は家族に見送られながら出発する。
「行ってきます」
「「「行ってらっしゃい」」」
僕は20年間過ごした家を後にする。
僕の引っ越し先はダンジョン配信者御用達の億ションだった。
エントランスにはよく見る配信者の人達がいた。
身バレ対策か、ダンジョンガールズとか、ダンジョンキングダムのメンバーはいなかったが、個人勢の数万とか、数十万チャンネル登録者数がいる配信者の人達がいた。
「うわ、凄いな……」
僕が配信を始めた頃はチャンネル登録者数は0で、数万とか、数十万とか夢のまた夢だった。
僕は配信業を始めた頃の自分を思い出し、こんな凄い人達と同じマンションに住めるのかと感慨に耽っていたが、そんな配信者さん達から囲まれてしまった。
「剛力さん、いつも見ています!」
「握手してください! 後、サインも!」
「佐伯戦カッコよかったです! 全財産叩いて見に行って良かったです!」
「弟子にしてください! お願いします!」
「付き合って下さい! 結婚を前提に!」
よく分からない事態になっていた。
格上と思っている配信者さん達から、『弟子にしてください』とか、『付き合ってください』とか言われるなんて……。
だがよくよく考えてみると、僕ってチャンネル登録者数1億人いたんだっけ。
配信活動始めた時から内面は変わらず、コミュ障だから忘れがちになるけど、自分自身に影響力があるのだと認識させられてしまう。
「皆さん、剛力さんが迷惑しています! 離れてください!」
受付の女性に助けてもらった。
配信者のみなさんは、僕から渋々離れていく。
「剛力様お待ちしておりました。お部屋へご案内します」
流石億ション。
対応が素晴らしい。
僕達はエレベーターで部屋に向かう。
エレベーターの中で受付の女性から話しかけられた。
「あ、あの……?」
「はい、何でしょう?」
「出来れば私も剛力様とお付き合いしたいのですが……先ずはお友達からでも良いので」
いや、お前も付き合いたいんか~い! さっきは素晴らしい対応と思ったのに、結局はお前も付き合いたいだけか~い!
僕は聞こえないふりをしたり、話を変えて部屋に着くまでやり過ごした。
部屋に入る。
高級家具の数々。
僕は窓際から眺めることのできる景色に感動した。
いつもはダンジョンの中で生死をかけて戦っているのに、今はこんな高層から街を見下ろしていて、感慨深いものがある。
夜景は綺麗なんだろうなと思っていたら、受付の女性から僕の心を見透かしたように声を掛けられた。
「夜景は綺麗でございます。お楽しみにされて下さい。私も一緒に夜景を楽しみたいな~、なんて、おほほ、申し訳ございません。何か御座いましたらお気軽にお知らせ下さい。では、失礼します」
受付の女性は行ってくれた。
ちょっとほっとしている。
僕はこの億ション暮らしに感動していたが、暫くしたら慣れてしまった。
漫画、ゲーム、アニメDVD、フィギュアがこの広いフロアを占領するようになった。
結局実家で暮らしている時と同じだ。
こんな高級マンションで、汚部屋生活をしているのも僕だけではなかろうかと、ふと綺麗な夜景を眺めながら思うのであった。
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