第12話 にゃん歴979年9月 幕間①

対合衆国国境基地の指令室


 009部隊の顔合わせを終わらしたギルモア大佐は、予定されていた視察を形だけでもこなすためにも指令室へきていたのであった。


 「大佐、ご苦労様。彼はどうだったかね?」


 「上手いことやって行けそうです。」


 「そうか。それは良かった。今の状況をカールが知ったらどうなるだろうな?」


 「私たちは間違いなく半殺しに合うでしょう。そして、悲しそうな眼をして仕方がないことだよねと言って許してくれると思います。」


 「だろうな。帝国はまた、レイ家に頼るしかないのか。そして使いつぶす。かの忘れされた救国の英雄サイモン=レイと同じく。」


 「それが、軍という組織なのは仕方がないですかやるせないですね。幼いころからの彼を見てきたアーサーが言うには、ウィリアムは、かの一族が全てをつぎ込んで育てた最高傑作の一人らしいです。」


 「そういえば、ウィリアムの兄弟はほかにもいたのだったな。」


 「長男は、子爵家を継承し守っていくための、長女は兄弟を指揮する司令塔として、3男は、現在陰から支えるための道を勉強中と。末っ子たちはまだ小さくてわからないそうです。」


 「それで、ウィリアムは帝国軍で生きていくためにか。サイモンは、弟のことも甥っ子たちのこともずいぶん可愛がっていたな。酒の席で何度聞かされたことか。何とか守ってやりたいものだ。」


 「ええ。確かに。ウィリアムはこれから自ら偽って兵士を始めます。同期に本当の友人はできないでしょうから、せめて同じ部隊では本当の彼を分かってくれる仲間になってくれればと期待しています。まあ、最後の彼らの視線を見ていたら可愛い弟として認識されたみたいで。次に我々が彼にしてあげられることとしてはやはり、あれでしょうかね?」


 「だな。サイモンと同じく嫁を探してやらないといけないだろうな。」


 「本来であれば、学園に通う中や軍で見つけたりするものですが。彼の立場上難しいでしょうね。それに、各国の動きがこうも香ばしいと厳しい任務が続くことは間違いないかと。」


 「サイモンの時とは別の状況だが、今回もこちらである程度段取りしないといけないな。レイ家の現状を見ると、レイラがレオ家でリーリエがルナ家か。バランスとなるとソラ家かモモ家にゆかりのあるものがいいのか。いや末っ子は確か王子たちと同年だったな。一層、皇室の誰かを…いやいかんな。かの家を無用に継承権争いに巻き込んでは。」


 「長女の婚約者がモモ家に連なる家の者ですね。となると、ソラ家の中からか。かの一族は変わり者が多いので候補がいるかどうか。」


 「ウィリアムの特殊な立ち位置を聞かずに理解できて、任務でほとんど会えないうえにいつ死ぬかわからん男を一生支えなくてはいけない。だが、うかうかしておると他国からの横やりが入るかもしれん。特にかの神聖国の擁している聖女の一人が皇子たちと同年らしくてな。間違いなくちょっかいを変えてくる。きゃつらの情報網だとウィリアムの情報をつかんでいてもおかしくない。聖女の側仕えの誰かを押し付けて来るやもしれん。」


 「そうですね。それに、王国も気を付けるべきかと。ヒマヤラン山脈で隔てられているとはいえ国境を接している地ですからね。かの家に手の内の者を送り込めるチャンスとしたらどんな手練れを送ってくるか、わったものではありません。」


 「うむ。頭が痛い問題だな。我が国の貴族たちは辺境の地だからと甘く見て、ないがしろにする。あと、合衆国から送られてくるだろう女狐どもの対処はどうなっている?」


 「アーサー曰く幼いころからハニートラップについては教育を受けているみたいです。それに、今日を見ている限り大丈夫かと。キャサリン伍長がその辺りの防衛網もしっかり構築してくれるだろうし、そもそも弟のような存在であるウィリアムに寄ってくる悪い虫はすべて009部隊の彼女らが撃退してしまうでしょうから。」


 「なら。大丈夫か。うん?それは本当に大丈夫なのかね?別の問題があるようにしか見えないが。」


 「いえ。そのようなことは。」


 「おい。目をそらすんじゃない。そんな状態だと普通の貴族の令嬢も近づけんのではないか?ウィリアムは次男と言っても子爵家の次男だから平民とは結婚できんのだぞ。」


 「だ、大丈夫ですよ。きっと。ソフィア少尉の策略に対抗でき、フランソワ少尉の賢き頭脳にも、キャサリン伍長の目にも叶う人はどこかにいるはずです。」


 「うん?女性陣はそうだろうが他は大丈夫なのかね?」


 「…。アルベルト軍曹より強くてしたたかで、ヘイスティング曹長が納得すれば問題ないです。」


 「あのアーサーが長年陰から見守っており可愛さあまって、部隊に組み込むよう参謀本部を脅してまで押しかけてきたくらい溺愛しているのに、ぽっと出の世間知らずのお嬢様が認められる姿が想像できん。お前のところの特務部隊の中に候補になりそうなものはおらんのか?」


 「居るわけないでしょ!そもそもうちの部隊はウィルより年上が多いのです。それに、ほとんどが平民出身であるのはご存じでしょう。仮に結婚できたとしても彼の防波堤にはなれませんよ。身分を盾に取られて正妻になられて終わりでしょう。」


 「それもそうだな。そもそも、そんな超人みたいな女性が10代や20代前半にいると思うのか?一層のことまたレイラ夫人を紹介したいくらいたぞ。」


 「冗談だとしてもやめてください!そんな事をすれば、わたしたち二人はアーサーに殺されたあと冥界でサイモンにも殺されますよ。」


 「どちらにせよ。頭が痛い問題だな。」


 まだ、大人になりきれていない少年の将来を心配して、本人を差し置いて白熱した議論をするおじさん二人を止める人は誰もいなかった。そして、とある兵舎で全員が盛大にくしゃみをしたとかしなかったとか。

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