第6話 にゃん歴979年8月②

 学園から届いた手紙は、1通のみであった。普通に読めば定型文的な入学案内だったのだけれども、あの試験内容を考えたときに普通過ぎて逆に怪しく思えた。レイラ叔母さんから習った軍の暗号解読を行うと最初の文章と集合場所の日時からして違うものであった。さいわい、試験の時と違って宿泊場所の指定はなかったのでアル兄さんの所に泊めてもらえば問題ないし、違っていたとしても観光する時間が増えたと喜べばいいかと思った。

 ただ、軍の指令書として読んだ場合手荷物の持ち込みは3点のみ許されており、しかも現地で検閲を受けるとのことであった。何をもっていこうか悩んだ挙句に僕が決めたのは、家族の写真と兄弟だけで撮った写真。そして、初めて人を殺したときの出来事や教えを忘れないために、密偵親子の子供の服からはぎ取っておいた返り血で血塗られたボタン。最低限の準備だけ行い必要なら後で送ってもらうよう準備も行った。そうこうしている間に出発する日が来たのであった。


 出発日当日も、家族はいつも通りにしてくれていたが我慢の限界だったのか、振り返らなかったけど母さんや叔母さんたちのすすり泣く音が聞こえてきた。それを聞きながら、僕はもう一度大好きな家族に会うため、何より可愛い弟に、人殺しなどさせたくないし怖い思いをしてほしくないから、絶対に生き延びてやるという決意を新たに旅だったのである。


 帝都についた僕を歓迎してくれたのは、アル兄さんとメイ姉さんと初めて会うメイ姉さんの婚約者のギルバートさんだった。ギルバートさんは伯爵家の3男で、とても穏やかな人であった。相変わらずギルバートさんの前では姉さんは猫を被っていたけどギルバートさんはある兄さんと同じクラスであり、アル兄さんとも仲が良いみたいであった。晩御飯はメイ姉さんの行きつけの店を予約してくれており、地元では食べたこともないような料理が多くびっくりもした。

 食事中の会話は学園での生活で弾んだ。メイ姉さんとギルバートさんがどのように出会ったとか、アル兄さんとギルバートさんが学園の実習で馬鹿をやった話。アル兄さんは成績はいいのに卒業するまでに彼女ができそうにない話も大いに盛り上がった。僕対しても学生の身分での軍属することになる境遇に心配してくれていた。3人とも情報を集めようとしてくれているがそれが芳しくないと。どうやら学生の身分で軍属になる人は少なく、またその人たちを見かける機会がほとんどないそうだ。


 レストランでの食事を終えて姉さんたちと別れて兄さんの寮にお邪魔したが、その広さにびっくりした。


「 S科には、中央の高位貴族の子供も多くてな。そいつらには、身の回りの世話をする従者がついているから、そいつら用の部屋で寝るといい。知っての通り、レイ家は子供一人一人に従者をつけられるほど余裕があるわけじゃないしな。ウィルは明日からどうなっているのだ?」


 「明日の4:30に学園入り口に、集合となっているよ。入学式の前日の早朝からだし、どうなっているかわからないけど手荷物はほとんど持っていけないから持っていけないものは置いて行っていい?」


 「ああ、かまわないよ。明日早いなら今日はもう寝るか。本当はもうちょい帝都を案内してやりたかったんだがな。」


 「仕方がないよ。兄さん。もし違っていたらお願いするよ。おやすみなさい。」


 「おう。おやすみな。ウィル。」


 もっと兄さんと話がしたかったけど明日に響くとだめなので素直に寝ることにした。訓練の甲斐もあり僕はどんな状況でも寝れるし、危険を感じれば起きることもできるのである。だから、ベットが変わるくらいでは寝れなくなることもなくこの日は久しぶりにアル兄さんやメイ姉さんと話ができゆっくり寝ることができた。


 次の日、朝早いにもかかわらず兄さんは起きて見送ってくれたのである。


 「行ってきます。兄さん。みんなのことをよろしくお願いします。」


 「ああ、まかしとけ。ウィル。死ぬなよ。気を付けていってこい。」


 兄さんはやっぱり長男で頼りになるなし、来年には卒業して領地や家族をしっかり守ってくれると思えた。出来たら恋人を作って連れて帰ってくれれば言うことがないんだけどな。


 集合時間の少し前に所定の場所に到着できた。学園の入り口にはまだ誰もいなくてほっとした反面、深読みしたかなと考えながら時間まで待っていた。集合時間になったとき軍服を着た人が一人こちらに向かって歩いてくるのが見えた。


 軍服を着ているなら上官だろうと辺りをつけて、びしっと敬礼を行った。


「はいはい。ご苦労さん。他の人は来ず…か。」


 上官らしき人が、時計と辺りを見回した後、見慣れない機械を使ってどこかと話をしているようであった。


 「面倒くさいことに、一人だけ2次通過だよ。至急迎えにきてね~。あ、朝ごはん買いに行けなくなったから用意よろしくね。」


 何やら話し終わったのか、こちらに向いて


 「ようこそ。地獄の一丁目へ。手荷物検査を行うから持ち込みたいものを出してね。それ以外は処分する決まりだから気を付けてね。」


 言われた通り、写真2枚とボタンを提出する。


 「また変わった持ち物だね。写真はわかるが最後の一つがボタンとは。どれも問題なし。持ち込みを許可するわ。」


 「はっ。ありがとうございます。」


 「迎えが来るまで待機していてね。運が悪ければ2度と学園を見れないから今のうちよく見ておくのよ。」


 こうして僕の学園生活は、N科の同学年の知り合いの顔や名前を一人も知らず、また学園で迎えることすらなく始まったのであった。

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