第5話 にゃん歴979年8月①

 無事試験を終え領地に帰って数か月が経っても、僕の試験結果や入学などの案内は来なかった。

 試験結果はわからないが、試験内容は聞けないけれど僕の憔悴している状態を見た家族は厳しい環境でも生き残れるためにと、入学までの数か月他の兄弟とは全く違うカリキュラムが組まれるのであった。

 そのカリキュラムとは、レイラ叔母さんと叔母さんの実家からついてきている人達(レイラ叔母さんの実家は暗部であり、優秀な密偵が多いことで有名である)と一緒にうさみみ王国との国境になっている、ヒマラヤン山脈のふもとのシャム大森林へと遠征したときの出来事である。


 もともとレイ子爵家が辺境の貧乏貴族なのに子爵に封じられているのは、人間では絶対に越えることができないヒマラヤン山脈とそのふもとに、現地人でも迷うシャム大森林があるので軍を駐屯させるまでもないが、国境付近のいざこざや、山や森の魔物に対処するためそれなりの傭兵団(騎士団)を持てるようにするためである。辺境伯にするまでの規模の領地や収入があるわけではないのでこの形となっている。

 レイ家は帝国と北で接しているポッポ神聖国からも割と近いため、冒険者ギルドともめるのは得策じゃないとして、自前の騎士団は持っていなかった。魔物の対処などは冒険者ギルドに一任しているのである。レイラ叔母さんがレイ家に嫁いできた後、叔母さんの実家主導で暗部の育成が始まっており、表向きは騎士団は持っていないことになっているが、ここ数年でそれなりの規模の部隊ができつつあった。

出発時に目的地だけしか教えられていなかった僕は、試験後ふさぎがちだった様子を見て気晴らしに魔物退治につれだしてくれたのかと思っていたが、全く違ったのである。どうやら大森林に入ってそれなりの奥まで進んだところにある小屋が今回の目的の場所であるらしい。その小屋の中には人のよさそうな夫婦と双子と同じ年くらいの可愛い子供が監禁されているのがわかった。その様子も見て僕は、


 「レイラ叔母さん、盗賊は見当たらないですがあの親子を救助するのが今回の目的ですか?」


 「ウィル違います。あそこにいる親子は、軍よりの試験に紛れていた密偵たちの背後関係を調べる依頼で私たちの網に引っかかった敵国の密偵です。今回の目的は彼らから情報を得たのち処分することです。」


 彼ら親子は盗賊につかまったのではなく、叔母さんの部下に捕まった密偵であった。


 「彼らの持っている情報はすでに把握済みです。ウィルはこういったことに不慣れでしょうからちょうどよいと思いました。方法は任せます。があまり時間をかけるものもないでしょうから本日中に情報を吐かせなさい。あの親子の処分はすでに決まっているので壊してしまって問題ないです。」


 彼らは、大人たちに交じって成人したくらいの子供が入ってきたことに安堵したのか、涙を流しながらいかに自分たちが善良な親子で、何も知らないのにいきなり拉致されて脅されたなどの泣き脅しでこちらの良心に訴えてきた。しかし、優秀な暗部が黒と判じて捕まえてきたのだから敵国の密偵なのだろう。初見で僕だけならきっと彼らに騙されいたと思う。僕のいまにも折れてしまいそうな心を殺して尋問を始めるのであった。


 普通に話してもらちが明かないのは先程のやり取りでわかっていたので、初手に何も言わず最も弱そうな子供の左手の爪を1枚はいで見せた。そしたら、両親の態度が急変して、僕をなじり今にも殺してやると言わん顔でにらみ、罵詈雑言がとんできた。散々わめいいていた彼らの言葉を背に左手の爪を全部はいだ時にだいぶ大人しくなった。それにしても、これだけやって泣きもしない子供を見ていると彼らは本当の親子じゃないのではと思い、尋問の方法を間違えたかと思ったが、次は右手を切り落とすと言ってナイフを手首にあてたら、青い顔をしてやめてくれと泣いて懇願してきた。情報を話すから子供だけでも命は助けてほしいと言ってきたので、言葉では了承せず、身振りで了承するふりをしてナイフを遠ざけたら、彼らは話を始めた。それを隣で聞いていた叔母さんの部下がうなずいた。これは、情報が本当でありこれから処分に移れという合図である。その合図をもとに子供の首をナイフでかっきり、渡されていた動力銃で両親を射殺した。その瞬間殺していたはずの心に初めての殺人が無抵抗な人間、それも子供を殺した事実に耐えられず、悪寒がすごく身震いをした挙句に、盛大に吐いた。それを別室で見ていた叔母さんが入室して後始末の支持をしながら僕のところに来てくれた。


 「人を傷つけたことや殺したことに平気でいなさいとは言いません。しかし、ウィル、あなたはこれから軍隊での生活に入ります。あなたが殺すことをためらえば大切な人を失うことを恐れなさい。現にあの親子は近づいた家の子供をそそのかし無自覚なスパイに仕立てていましたし、の子供に至っては、皇子と同じ学年であり、学園に入った後皇族を狙った自爆テロを行うよう教育されていました。ここで殺さなければ、王子と同じ年のあなたの大切なロイやローラが巻き込まれていたかもしれません。」


 厳しく指導をしながらも僕の罪悪感が減るよう言葉をたくさんくれた。そして、僕が折り合いをつけて落ち着くまでやさしく背中をさすってくれていたのである。


 その後も、軍での生活で少しでも生き延びられるように色々な知識を教えてもらった。そんな日々を過ごし学園の入学まであと10日となった日の朝に、やっと学園からの通知が届いたのである。

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