第3話 虚ろな器

彼はソファに横たわる長岡はそのままに、部屋の中をあらためることにした。


リビングに置かれたソファと大型テレビは、どちらも安くて有名なブランドのものだ。

寝室のベッドも安っぽいもので、クローゼットの中には同じようなパーカーにシャツ、ジーンズばかりが吊られていた。


書斎らしき部屋だけが異様で、サーバーのような大きなパソコンに、ディスプレイが4台接続されていた。

何をしているのだろうと思い彼が画面を見ると、長岡が何をしているかすぐに分かった。

そこには、証券会社の様々な画面が展開されていた。


彼はリビングに戻って長岡の様子を確認したが、息遣いがなく叩いても反応がない。


それにしても、この長岡という男の生活には、人間らしさが感じられない。

キッチンにある大きな冷蔵庫には、エナジードリンクと水、栄養バーしか入っていない。

オーディオや写真立て、ぬいぐるみなど趣味のインテリアも無く、洗濯機に残された服すら見当たらない。

玄関の靴も男物が二足しかなく、同居相手がいる気配も無かった。


彼は書斎に戻り、パソコンの前に座った。

画面を見ると、某オンライン証券会社の取引画面にログインしたままになっていた。

彼が知っている画面だったので、そのまま操作して履歴や口座情報画面を開く。

一日に何度も取引を繰り返しているので、デイトレーダーなのかもしれない。

そして何より驚かされたのは、預り金の項目だった。

そこに表示されていたのは、億を超える数字だった。


彼は長岡の状況を少しずつ理解し始めた。

こんなマンションに住んでいることからも明らかだが、金持ちのデイトレーダーだ。

趣味はない様子で、食事も外食で済ませていのだろう。


これは天啓だ、と彼は思った。

リビングにある死体から気をそらすために、そう思い込もうとしたのかもしれない。

だが間違いない、彼だけが手に入れることができる果実が、ここにあるのだ。


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