第42話 モノマネと白球

 そして、ここからは話し手が朋也に移った。


 夏目の監禁場所に向かう途中で、知広がついて来ていないことに朋也が気づいたらしい。しかし、その時は一刻も早く夏目の元に急がなければならない状況だった。そこで、朋也は佐倉刑事と話し合い、朋也だけが岩城中に引き返すことになった。すると…


「校庭に人がいたんだ」


 坂の上の岩城中に知広ではない人影があるのに気づいた朋也はそっと自転車を倒し、その場に身を伏せて、人物の動向をうかがって驚いた。


「浦川が知広の自転車を校舎の方に移動させてたんだ。知広に何かあったと思った」


 朋也は紗月に電話し、校舎内の監視カメラを見てもらうように頼んだ。知広の予想通り、紗月は廃校キャンプ場の利用者がいない時はセキュリティシステムを作動させていなかった。

 監視カメラが見張っているのは校舎外側正面、体育館(舞台)、正面入口前の南北の廊下、職員室前の東西の廊下の四箇所だったが、監視カメラに映った浦川は東側トイレと校長室を出入りしていた。


「時間的に監禁出来るとしたら校舎内しかないと思った。でも、知広がどの部屋にいるのか確信が持てなかった。校舎に突入しても知広が見つけられなかったら浦川に逃げられるだけだし…」


「校長室の床下に防空壕があったんだ。そこに入れられてた。【川が増水したら出してやる】って言ってたよ」


 知広を除く全員が絶句した。

 知広がいないことに気づくのがもう少し遅ければ、朋也は校庭で浦川を見かけていない。校庭に知広の自転車がなければ、別の場所に移動していると思ってしまった可能性があった。


 …間一髪だったんだ。本当に。


 今さらながらに恐ろしくなる。あの時も思ったが、こうやって仲間と一緒にいると、ますます死にたくないと思える。みんなと、ずっと一緒にいたいと思ってしまう。今の知広の人生は【つまらない】ものなんかじゃない。


 悩んだ朋也は紗月に監視を続けるように頼み、佐倉刑事に連絡した。実はこの時、佐倉刑事の方も夏目救出に手をこまねいている所だった。


「夕さんが監禁されている家に向かって、子供全員、自分の名前とクラスと出席番号を言うようにって指示されたけど、朋也くんと知広くんがいないから困っちゃってさ。二人欠けててもいいのかどうか。犯人の狙いが全然わからないから何が正解かもわからなくて」


 佐倉刑事が苦渋の決断を迫られていたところに朋也からの電話が入った。


「朋也くんの情報のおかげで、犯人の狙いがわかった。知広くんは校舎に監禁されている。朋也くんがどこにいるかはまだ知られていない」


 …あ。そうか。この場合の正解って。


「僕以外の三人だけ答えたんだね」


「そう。危なかったよ。正直に二人ともいないことを言ってたら今頃どうなってたか。嘘をついて四人全員言った場合の展開も全く読めない。多分、別の確認方法を試されて行き詰まってたかも。犯人役はいろいろ脅して急かしてくるし、夕さんの命がかかってると思ってたから…」


 浦川は知広だけを上手く引き離せたかどうか確認したかったのだろう。殺人ではなく、増水した川に流して事故死させなければならないのに、知広と一緒にいる所を目撃されては困る。浦川が岩城中をただの廃校だと思い込んでいて、監視カメラの存在に気づかなかったことも幸いした。

 浦川の意図が読めた佐倉刑事は、悠真、大輝の後に再び、悠真に朋也の代返をさせた。


「俺、兄貴の演劇の台本読み合わせに付き合ってたから、声変えるの得意なんだ」


 芸達者な悠真はモノマネも声マネも得意だった。朋也そっくりの声マネで指定されたことを伝え、最後に「知広はいない。今いる子供は三人だけだ」と告げると、犯人役との通話は切れてしまった。おそらく浦川は拾った音声を犯人役に転送させて聞いていたのだろう。そして、浦川は思い通りに事が運んだのを確認し、通話を終了させた。


「高羽署の捜査員にも事情を話して、時限爆弾はハッタリの可能性が高いということになったので、夕さんの救出はお任せした」


 結局、時限爆弾と思わされた【危険物注意】の黒い箱の中には目覚まし時計が一つ入っていただけだった。夏目は無事に助け出された。


 そして、再び、話し手が朋也に戻る。


大知だいちさんに電話した後、紗月さんに扉を開けてもらって、校舎に潜入することにしたんだ。紗月さんに教えてもらえば、浦川の動きがわかるから何とかなると思った。これがあったし」


 朋也のイヤホンはハンズフリー通話が可能なものだった。


「あと、悠真の見つけたボールな」


 花火の後、悠真は校庭の手洗い場に戻しておいたらしい。


「直球ストレートで急所にぶつけたら何とかなるかと思って」


 朋也の言葉に全員がちぢみ上がった。


 …それはヤバいよ。


 朋也の球速は130キロを超えている。


「実際は顔面の方が固定させやすかったけど」


 その言葉を聞いた朋也以外の全員の顔には【朋也を怒らせるのは絶対にやめよう】と、ハッキリ書かれていた。


 そして、佐倉刑事が前に言っていた『咄嗟の状況判断と周囲を味方につける力は朋也くんにはとても敵わない。一人で戦っちゃ駄目だよ』という言葉の重みを、知広は改めて胸に刻み込んだ。


…もう一人で戦わなくていいんだ、僕も。

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