第43話 夢のお告げ

 明け方近く。


 ――――夢の中に、朱鳥フェニックスが舞い降りた。


 黄金の瞳。赤々と燃え上がる体躯からだ

 知広が憧れてまない美しい炎。

 花が咲くように、星がきらめくように。

 火花を散らし、光、輝く。


 朱鳥は御釈蛇ミシャクジ山跡で示したように片翼を広げた。

 赤い翼の先にあったのは東側の山の中腹。


阿吽ア・ウン


 くちばしを大きく開け、一声、鳴いた。


 チカッ。


 目の奥でまばゆい光が反射した。

 どこかで見た。何度か目にした。


 …そう。【反射】した。



 翌朝、旧瑞城町全域を包んでいた線状降水帯はゲリラ豪雨を引き起こすことなく、柔らかに雨を降らせて消えた。ニュースでは天気予報を大きく外したというようなことを言っていたが、【朱鳥あけどりさま】を目の当たりにした身としては、瑞城町を守る美しい神様の有り難い御利益ごりやくじゃないかと思えてならない。


 四人と佐倉刑事がシティホテルの朝食バイキングを堪能した後、夏目と紗月が赤と白それぞれの車で迎えに来てくれた。


「知広くん、大変だったわね。怖かったでしょう?」


 知広を見つけた夏目が駆け寄って来る。


「夏目さんも災難でしたね」


「えぇ。でも、おかげでいいものが描けたわ。ようやくスランプ脱出よ」


 監禁されていた間、暇を持て余した夏目はいつもバッグに入れていた筆ペンを使って、部屋の壁に絵を描いて時間を潰していた。思い立った時に何か書き残しておくために、濃度の少しずつ違う筆ペンを、常時何本か入れているらしい。


「長い間使われていない古民家だったのね。ちょうどいい感じの白壁だったのよ」


 その部屋は古びた和室だったらしい。和室の壁は薄っすらとすすけた趣のある白壁だった。見ているうちに日本画家のインスピレーションが刺激されてしまったそうだ。湧き上がる創作意欲を抑えきれなくなったと言っていた。そんな夏目の得意なのは【自画像風幽霊画セルフポートレート】だ。


「横恋慕された挙げ句に殺された遊女の幽霊を描いたの。誘拐されてとっても怖かったし、何だか気持ちもたかぶってたのね。筆ペンの頼りない線もあれはあれで良かったと思う。最近描いた中では一番いい絵が描けた」


 …監禁中に落書き…?


 知広は思わず心の中でツッコんだ。夏目は満足そうだったが、ぼうかすむ壁の中でっすらと邪悪な笑みをたたえてたたずむ夏目そっくりの女幽霊を想像した一同は黙り込んだ。おそらく、その女幽霊の絵は半端なく恐ろしいに違いない。


「俺も見てみたいな。ゆうさんが壁に描いた幽霊の絵」


 佐倉刑事がにこやかに口を挟んだ。この様子だと、佐倉刑事は夏目の絵を実際に目にしたことがないのだろう。見ていたら、そんな呑気なことは言わない。見たらきっと肝をつぶすに違いない。


「えぇ。機会があれば、是非。完成させたから、ちゃんとサインも入れています」


「あの辺り一帯の古民家はタツミの押さえてる物件だから、気に入ったなら、ゆうちゃんのいいように改装させるわ。どこかに展示するなら、壁だけにして運んでもいいし」


「そう?じゃ、お願いしようかしら」


 紗月の言葉に夏目は嬉しそうにうなずいた。何はともあれ、夏目が無事に戻って来たことに知広は安堵した。


 その日の午後、岩城中の現場検証で立ち会いをお願いしたいという高羽署捜査員からの依頼が、佐倉刑事を通じて知広と朋也に伝えられていた。そこで、チェックアウトの後は、すっかり雨の止んだ瑞城町に再び戻ることになった。夏目の赤い車には知広と朋也、紗月の白い車には大輝と悠真と佐倉刑事が乗り込む。


「夏目さん」


「なぁに?」


「【朱鳥さま】って何なんですか?」


 明け方に見た夢のことをふと思い出した知広は、運転席の夏目に尋ねてみた。


「そうね。瑞城の守り神でもあるし、明ちゃんに降りた夏目のご先祖様でもあるんだけど…朱鳥は不死鳥フェニックスにも通じるのよ。再生と黄泉よみがえりの象徴でもあるし、この世に舞い戻った誰かの霊魂たましいかもしれない。勿論もちろん、恨めしやで化けて出るようなものじゃないわ。私の絵やさっちゃんのオカルト話はあくまで虚構ファンタジーよ。真っ赤なフェイク


 …【黄泉よみがえり】、【よみがえり】、【よみがえり】。


「死んだ人か、残された人が強く願っていたら、この世で再び会うことは出来るんですか?」


「そう、信じたいわね。この地には不思議な力があると思ってるの。私もずっとあの眼鏡の男の人に会いたいと願ってるのよ。まぁ、その人が生きてたら【黄泉がえる】ことはないんだけど」


 夏目と話しているうちに、知広は今朝の朱鳥あけどりを鮮明に思い出した。気になって仕方なかった。昨日見た御釈蛇山跡の朱鳥は夢のように美しくて、まるで幻のようにも思えたが、今朝の夢の中の朱鳥はやけに現実的リアルだった。


 …そう言えば、夏目さんと初めて会ったのも【朱鳥神社】だった。僕達は、よくよく朱鳥と縁があ…


「アッ」


 知広は夏目との出会いを思い出して、ハッとなった。


 …あの時も光った。【チカッ】と。


 朱鳥神社の絵を見るために懐中電灯で中を照らした時、反射して一瞬片隅が光った。昨日、パトカーの前照灯ヘッドライトに照らされて反射した光と同じ。あの廃神社には反射して光る何かがある。


阿吽ア・ウン


 何かに呼ばれた気がして、窓の外を見ると、朱鳥神社の緑の屋根と不思議なV字の形の飾りが木の間から飛び出しているのが見えた。


だ!夏目さん、止めて下さい!朱鳥神社だ!あそこにいる!誰かいる!」


 思わず知広は叫んだ。


「え?どういうこと?」


「朱鳥神社の北西のすみです。懐中電灯で照らせば光ります」


 夏目は戸惑いながらも国道かられ、朱鳥神社に向かう方向にあった少し広くなっているスペースに入って、停車した。状況を察した朋也がスマホで誰かに電話している…おそらくは、前を走っていた紗月の車の助手席に乗っていた佐倉刑事に。


「紗月さん、引き返してくれるそうです」


 間もなく、朋也の言葉通り、紗月のピカピカの外車が現れ、夏目の車の横に停車した。


「昨日雨が降ったから崩落の危険がある。君達は車で待ってて」


 佐倉刑事と夏目だけが、朱鳥神社に続く細い山道を登っていった。



 数分後。


「…どうしてわかったの?」


 泣きじゃくる夏目を連れて山を下りた佐倉刑事が、激しく泣いている夏目を紗月に託した後、夏目の車に戻って来て、真剣な顔で知広を問い詰めた。


ゆうさんがあの方は【池田先生】だと言ってる」


「え?」


「俺には夕さんの言う事が本当かどうかわからない。でも、確かに、あの廃社の中に誰かの白骨化した遺体が埋まっている。君がそれを知っていたのは何故なぜだ?」


 …それは【朱鳥さま】が…


「あの神社には懐中電灯に照らされて反射する物がありました。昨日見たお巡りさんの合羽レインコートも同じように反射して光っていた。僕はそのことを思い出したんです」


 佐倉刑事は知広を凝視しながらうなった。


「その通りだよ。合羽レインコートについている反射材だった…」


 そして、一変して顔をほころばせると「グッジョブ!」と言って、たたえるように知広の肩を叩いた。

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