第38話 重たい自転車
その後、御礼を言って、四人と佐倉刑事は源田さんと別れた。
…やっぱり、
もうすぐ四時になる。捜索のために残された時間はあまりない。空全体が薄暗くなり、黒く厚い雲が空に広がっているのが見える。天候が崩れるのは思ったよりも早いのかもしれない。おそらくは日が暮れるより前に瑞城町を出て、
「大知さん。夏目さんは見つかりそうですか」
「うーん…」
朋也に問われた佐倉刑事は眉根を寄せて、ちょっと困った顔をした。
「まだ連絡がないんだよ」
「今晩、ゲリラ豪雨になるかもしれないです。早く見つけないと。俺達も夏目さんを探しましょう」
「…でも、今は手掛かりが何もないんだよね」
知広達も朋也に賛同して、佐倉刑事に詰め寄ったが、佐倉刑事の口は重かった。
「とりあえず、みんなで乗れる車を一台貸してもらえることになってて、岩城中の校庭に止めてくれてるそうなんだ。そこまで戻ろうか」
夏目の捜索には繋がらないが、他に出来ることもないので佐倉刑事の言葉に従って、再び自転車を
自転車を止めた四人が佐倉刑事の元に集まると、「夏目さんを探しながら、池田侑一朗先生を探そうか」と、穏やかに提案された。よく考えてみれば、いくら焦ったところで、夏目が監禁されている場所を示す情報は何もない。知広達に打つ手など何もなかった。
仕方なく、岩城中の東側の崖下に続く岩だらけの坂道を歩いて下る。かつて、御釈蛇山という大きな山があったという場所は、崩落してから十五年の間に低木や雑草が青々と
「掘り返して探すことは出来ないんですか?」
知広が問うと、佐倉刑事はまたしても難しい顔をして答えた。
「池田侑一朗先生の件はあくまでも失踪事件なんだ。俺としては戻って来る可能性はゼロだと思うし、警察もそう思ってるんだけど、何一つ、殺人事件に繋がる証拠がない。ここに埋まっている確証もない。人員と税金を使って、無闇に掘り返すことは出来ない」
五年前の失踪当時は疑わしいことが何もない神隠し事件として扱われていた。池田侑一朗の高価な腕時計を浦川が所持していたり、池田侑一朗の勤務先で不正談合や贈収賄が行われていたりと、きな臭い様相が明るみに出た今も、やはり失踪事件のままで捜索出来る範囲は変わらないのだという。
…せっかく、ここまで来たのに。
朋也や大輝、悠真の顔も落胆の色を隠せない様子だった。この上、夏目さんに何かあったらやりきれない。全員が黙り込んで、重たい空気が流れる…
その時。
静寂の中、空気を切り裂くような鋭い電話の着信音が鳴り響いた。
「西和署、佐倉です」
電話に出た佐倉刑事の声に全員がハッとなる。今までに聞いたことのない低く硬い声だった。佐倉刑事を見つめる四人を見回した佐倉刑事は「後で行く。みんなは岩城中に戻ってて」と言った。会話の内容は気になるが、有無を言わせない厳しい表情の佐倉刑事の指示には、渋々だが従うより他はない。四人並んでトボトボと岩城中に続く坂道を登った。
「夏目さん、見つかったのかな?」
知広が呟くと、朋也が小さく答える。
「いい情報なら俺達を追い払う必要がない」
最悪の事態になって欲しくない。そんなことは考えたくもない。浦川と思われる犯人との会話で、犯人は知広に『女を助けたければ、池田のことは絶対に警察には言うな』と言っていた。知広を口止めするのと引き換えに、夏目には危害を加えないはずではなかったのか。あれから知広は特に何も言っていない。でも…
…まさか。
知広は一つの可能性に気づいてゾッとした。偶然というか消去法というか、実はもうそれに
…でも、僕は知らないんだ。
今すぐに、浦川と話が通じるのなら、声を大にして訴えたい。
…知らない。本当に知らないんだ。僕に、わかるはずなんてないよ。
頭は必死で言い訳を繰り返し、何度も打ち消す。知広は全身がブルブルと震えだした。どこをどう歩いたかわからないまま、ただ前を行く朋也の背中を追って歩く。いつの間にか、知広は岩城中の校庭に
「知広、どうした?顔色が悪いぞ。大丈夫か?」
朋也が心配して呼び掛けてくるが、唇が震えて言葉にならない。それに、今、知広の心の中にある恐ろしい不安は、とても口に出せるものではなかった。
…池田侑一朗先生の遺体は間違いなくここだ。
浦川が知広に口止めしたかったのは【死体の
…夏目さんに何かあったら、僕のせいだ。
知広はどんどん追い詰められた気持ちになっていく。夏目のことが心配で心配で
「みんな、お待たせ」
佐倉刑事が坂道を走りながら校庭に戻って来た。息を切らせながら、開口一番に「夏目さんが見つかった」と衝撃の一言を言い放った。
「えっ?ほんとに?」
全員が驚きのあまりに声を上げる。佐倉刑事は「さっき、直接本人と話したから間違いないよ。無事だったし、元気そうだった」と、ホッとしたように言った。それを聞いた知広は安堵のあまりにヘタヘタと、その場に崩れ落ちそうになった。
最初に掛かってきた電話は
それが大人の都合なのかもしれないけど、お陰で最悪の想像をしてしまい、知広は寿命が百年くらい縮まった気がしていた。佐倉刑事が高羽署からの報告を聞き終え、通話を終了した直後に入ったのが、夏目夕本人からの着信だった。
「よくわからないんだけど、みんな急いで現場に来て欲しいと夕さんが言ってるんだ。ここからそう遠くないし、車より小回りが利くから自転車で行こう。みんなもついて来て」
佐倉刑事の言葉に、全員が脱兎の如く駐輪場に駆け出した。自転車にキーを差し込み、運動神経抜群の二人が揃ってヒラリと自転車に
…あれ?おかしい。
知広は自転車の違和感に気づいたが、みんな行ってしまった後だったので急いでキーを差し込み、電動自転車に跨った。
…自転車にバッテリーがついてない。
さっきの違和感はあるはずの物がついていないという違和感だ。でも、見える範囲には自転車のバッテリーなんて落ちていない。それなりに高価な物なので、もしかすると盗まれたのかもしれない。急がなければ置いて行かれる、と冷静になれなかったのが悔やまれる。みんなが運動場にいる間に大声で知らせれば良かったと思ったが後の祭りだ。もう声の届く範囲に誰もいない。
…どうしよう。
知広が自転車を降り、壊されたバッテリーのロック跡を眺めながら途方に暮れていた時、急に背後から腕が伸びてきて、大きな手で口が塞がれた。
「やっと捕まえたぞ、久保」
それは浦川だった。
知広は無茶苦茶に暴れて逃げ出そうともがいた。しかし、大きな浦川と痩せっぽちの知広では体格も筋力も差がありすぎて、いくら抵抗しても全く歯が立たない。知広は
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