第37話 ヌエの棲む沼
―――――――――――――――――――――
西国地方に伝わる怖い昔話【ぬえ沼の怪】
むかーしむかし、
西の国の山おくに
ぬえの沼があったとさ。
ヒョーヒョー
こえがする。
―――昔、西国の山奥には夜になるとヒョーヒョーとうら寂しい声で鳴き、雷を操るという恐ろしい物の怪が棲むという沼があった。
ぬえの沼には雨がふる。
長雨つづくと水にごる。
水がにごると蛇が出る。
ヒョーヒョー
つめをとぐ。
―――その沼は長雨大雨のたびに濁った水が溢れ、周囲の村は大きな被害を被っていた。ある日、沼の水を海に流す川工事のため、都の役人が人を連れて沼を訪れた。ところが夜になると不気味な鳴き声が聞こえてくる。翌朝、役人らが泊まっていた小屋の戸に大きな爪跡が残されていた。
ならぬならぬぞ。
ぬえの沼にはふれてはならぬ。
ごろつきごろつき。
かんなりかんなり。
にげよにげようはよにげよ。
―――丑三つ時。何度も小屋の扉を叩く音がするので役人らは目を覚ます。すると、扉の向こうで薄気味悪い鳴き声が聞こえる。意を決した役人らが扉の隙間からそっと外を覗くと、満面の笑みを浮かべた
ヒョーヒョー
ひひわらう。
ヒョーヒョー
ひひ、ひひ。
雲はうずまき雨走る。
ぴかりぴかりとかげぼうし。
あとにのこるはかげばしら。
ヒョーヒョー
ぬえがなく。
―――不意に小屋の扉が開くと、役人らを囲むようにどうと黒煙が押し寄せ、雷鳴がとどろき、激しい暴風雨が起こる。翌朝、赤い稲妻の入れ墨が入った十七のむくろがぷかりぷかりと沼に浮いているのが発見された。
ヒョーヒョー
ヒョーヒョー
ヒョーヒョー
ぬえが。
―――――――――――――――――――――
知広は読んだ後、理不尽だな、と思った。
…川の工事しに行っただけで、何で十七人も死体にならなきゃいけないんだろう?
源田がワクワクした顔で知広の感想を待っているので「怖かったです」と言うと、満足そうに「そうじゃろ、そうじゃろ」と何度も
ここでいう【ぬえ】とは【
「この地方は昔から落雷も多かったんよ」
奴延ヶ沼の
「今は大丈夫なんですか?」
「戦後の復興のどさくさに紛れて、何とか掘り進めたっちゅう話。でも、まだ終わってないんよ。何年かにいっぺん思い出したように掘っとる。ほれ、さっちゃんとこのタツミさんが」
そこに佐倉刑事が口を挟んだ。
「五年前にも工事はありましたか?」
「多分しとったよ」
「おかしなことはなかったですか?不自然な盛り土や埋め立て地が出来ていたとか、異臭がするとか」
源田は「いんや」と、否定してみせた。
「
獅子丸というのは源田が飼っているビーグル犬だ。この獅子丸は獲物の血の匂いを追うことを訓練された狩猟犬で、害獣を駆除する際に、地元猟友会が毎回借りに来るくらいの優秀な匂い探知犬だという。源田は土砂崩れの人命救助で何度も表彰されたという愛犬自慢ついでに
鼻には匂いを感知する嗅細胞のある嗅上皮があるのだが、犬の嗅上皮の面積は人よりもはるかに広く、嗅覚細胞の数も人とは比較にならない程多いらしい。また、犬はヒトが退化して持っていないヤコブソン器官という嗅覚器官を持っている。犬の嗅覚はおよそ人の1億倍はある。特にビーグル犬は【魔法の嗅覚】を持つ【ブラッドハウンド】の血統を加えて…
…そんな優秀な狩猟犬でも池田侑一朗先生の匂いを探知出来なかったのか。
「そうですか。そんなに優秀な獅子丸くんなら、変な匂いがしたら絶対に気づきますよね」
佐倉刑事が残念そうな声を出した。
「五年前といや、池田先生が神隠しにあった年じゃな。さっちゃんが獅子丸連れて毎日毎日探しとった。先生、まだ見つけられないんかいな。警察は何しとるんよ」
「…すみません」
今日は非番で、この地域の管轄ではないのだが、
「いんや。アンタを責めるつもりはないんよ。西和市からこんな田舎へ、よう来てくれたと思うとる」
「もしかして、紗月さんから子供達の事情を聞かれてますか?」
「そりゃ聞いとるよ。安心せい。さっちゃんと約束しとる。誰にも何も口外せん」
そして、この辺りの地域事情に詳しい源田は、池田侑一朗の遺体遺棄の候補地である四つの場所についての見解を述べた。結論を言うと、【
【
また、源田は【旧
旧瑞城町の一次仮置き場に集められた災害ごみは五種類に分別され、そこから業者に運ばれ、大きな物や腐敗しそうな物が処理される。その後、民間の処理業者に委託し、埋め立て可能な状態にするために、旧岩見町の二次仮置き場に運ばれ、さらに細かく分類、処理される。
「いろんな業者が出入りしとるから、
その人骨は身長150cm前後と見られる人物の足の骨の一部で、女性か子供だと言われており、池田侑一朗には該当しない。
「いつ頃死んだかもわからん。ここは熊も猿も出るから、どこぞから食い
源田は土砂災害で亡くなった人を
「昔を知る人がどんどんおらんようになって、忘れられていくんよ。どうにもならんもんかいね」
寂しげに呟いた源田だったが、「いかんいかん」と首を振った。
「どうもジジイは湿っぽくなっていかん。さっちゃんも朱鳥さんもおるし、アンタらも来てくれとる。愚痴っとらんで、あんじょう後押しせにゃな」
源田はそう言ったが、知広達の【池田侑一朗探し】は完全に暗礁に乗り上げていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます