第36話 さっちゃんの友達

 佐倉刑事の話によると、全ての鍵になるのは【池田侑一朗】の遺体発見だった。紗月、明を含め、佐倉刑事も誰もが【池田侑一朗】が亡くなっていることを疑っていなかった。


「池田侑一朗先生は行方不明なんですよね?生きている可能性はないんですか?」


 ショッピングモールのフードコートで、佐倉刑事に奢ってもらった塩バターコーンラーメンをすすりながら、朋也が佐倉刑事と池田侑一朗の元教え子の二人に質問している。知広はちく天うどん、悠真はチーズバーガーとフライドポテトを食べている。


 紗月と明は「成人したら2-4で同窓会をする約束だったの。侑一朗先生が私達との約束を断りもなく破るなんて有り得ない。生きていたら病気でも怪我してても、何を差し置いても絶対に来てくれるはず」の一点張りだった。そして、佐倉刑事の返答もあまり歯切れのいいものではなかった。


「うーん。残念なんだけど、池田侑一朗先生の性格や状況からすると、どうしても家出は考えられないんだよね」


 池田侑一朗には婚約者がいて、半年後に結婚式の予定があった。その日の晩に志都和市内で会う約束もしていた。また、池田侑一朗の父親は行方不明になっており、池田侑一朗は一人暮らしの母親を気遣う優しい息子だった。しかし、池田侑一朗はこの二人のどちらにも連絡しないで行方をくらましている。スマホも財布も学校に置き去りになっていたデイパックから発見された。なくなったのは赤い時計アイオーンだけだった。


 池田侑一朗には人間関係に問題がなく、借金等なく、反社会的な繋がりもなく、勤務先の不正入札の件以外ではトラブルになりそうなことは何一つなかった。そして、当時はこの不正入札事件は全く疑われることなく、巧妙に隠されていた。岩城中学校は十五年前の土砂崩れで被災したこともあり、関連する工事の内容は長年多岐にわたり、件数も多く、関わる業者が複数だったこともあって、状況はとても複雑だった。


「池田侑一朗先生の足取りが掴めなくなったのは五年前の閉校式直後からなんだ。勿論もちろん、自宅に戻っていないし、何なら学校から一歩も出ていない可能性がある。当時の捜査記録でも【神隠し】のようだと書かれていた」


 そう言った佐倉刑事はチラッと大輝の方を見て、「大輝、俺のおごりだからってさ、ちょっと食べ過ぎなんじゃないの?」と、言った。大輝はラーメンを何杯かと炒飯と餃子をおかわりし、フライドチキンを三ピース食べた後も、フードコートの店を見回して、次に何を食べようかと物色していた。


「何でもいいって言ったの大知だろ。次、たこ焼きとお好み焼きにするわ」


 佐倉刑事は成長期の甥の底無しの胃袋にゲンナリした顔をした。


 食事の後、佐倉刑事は知広達四人を集めて、真剣な顔をして言った。


「雨が降る前にここを出て、志都和市内のホテルに行こうと思ってるよ。これはもう決定事項だから」


 昨日、夏目が危惧していたように、週末にかけて天気が悪くなるのは確実らしい。明日の未明辺りから線状降水帯が発生する可能性が高まっており、この瑞城町周辺は気象情報で警戒が呼び掛けられている。

 佐倉刑事は夕方までに池田侑一朗の死体が遺棄されていそうな場所を回ってみようと言った。そのどれもがタツミ建設と関連する業者が産業廃棄物や残土の処理作業中の現場だった。十五年前の御釈蛇ミシャクジ山が崩壊した土砂災害の後も、この地域ではそれよりは小規模だが数年毎に土砂災害が発生しており、あちこちに残土の盛り土が置かれ、現在も作業が続けられているのだという。

 佐倉刑事いわく、当時の状況からして、遺体遺棄に適していたと思われる場所の候補は四つあるらしい。


御釈蛇ミシャクジ山跡】

奴延ヌエヶ沼】

【旧瑞城災害ごみ一次仮置き場】

【旧岩見災害ごみ二次仮置き場】


 御釈蛇山跡については、岩城中の東側の崖下から朱鳥神社に行くまでに通りがかった盛り土と岩だらけの荒涼とした荒れ地全体を示すらしい。

 御釈蛇山以外の場所は少し距離があるので、明のうちに荷物を置き、預けていた自転車を取ってから向かおうということになった。佐倉刑事は明に事情を話し、オシャレな籐かご風バスケット付きレモンイエローのシティサイクル(26インチ)を借りていた。小柄な明の可愛らしい自転車は中年で白系ワイシャツとグレーのスラックス姿の佐倉刑事の身長と雰囲気に全く合っていなかったが、サドルを限界まで上げた佐倉刑事はあまり気にしていないようだった。


 明は「これから、実家の大事な用事があるから一緒に行けない」と無念そうに言い、紗月も「家の者が心配してるから一度戻るわ。お母様も気になるし」と話した。

 紗月の父親のタツミ社長は警察で取り調べを受けていて、実家も会社も大騒動になっているはずだ。それが自分のもたらした行動の所為せいなのだから、娘としては居ても立っても居られない気持ちだろう。明と紗月は「夕ちゃんと侑一朗先生を必ず見つけてね。お願いよ」と、後ろ髪を引かれる様子で、名残り惜しそうに五人を見送っていた。


 一行が最初に向かったのは距離的に最も近い【奴延ヌエヶ沼】だ。

 赤子を流したというトンデモない都市伝説のある小依こより川水系奴延ヶ沼は主に農業用水と上水道に大きく貢献する調整池、つまり、西国地方北部の【水ガメ】の役割を担っている。そして、この沼にも伝説があった。その話は朋也いわく、岩城中の図書室にあった【西国地方に伝わる怖い昔話】にも載っていたらしい。


「紗月さんに口利きしてもらって、三百年前に奴延ヶ沼の開発に最初に着手した名主の【源田げんだ染右衛門そめえもん】の子孫の方に来てもらったんだ。沼については誰よりも詳しいし、よく沼の周りを散歩してるんだって」


 奴延ヶ沼に着くと、佐倉刑事が道中に話していた名主の子孫という人物はすでに到着し、沼のほとりにあった屋根付きの休憩所のベンチで待ってくれていた。


「こんにちは」


 知広達が挨拶すると、よく日に焼け、短く刈り込まれた白髪の男性は、目尻の皺を深くし、目を細めて微笑んだ。この【源田げんだおさむ】という男性は初対面の美少年朋也を黙ってガン見しなかったので、朋也はいつものような感じの悪い態度をとらなかった。


「お待たせしましたか?」


 佐倉刑事が尋ねると源田は「なんの」と、首を振る。


「暑い時期は昼には作業せん。それに、これから雨が来るからの。ジジイは暇なんよ。孫みたいな話し相手が来てくれて喜んどる。それにさっちゃんの友達なら断れん」


 源田も明の家と同じような家族経営の農家だった。働き手が少ないので規模を縮小し、無農薬やオーガニックを売りにした野菜を契約したレストラン、道の駅等に直接販売している。源田の孫は志都和しずわ市内の学校に通う中学生と高校生らしい。当然、平日の今日は学校に行っているようだったが、源田は何か事情を察したのか、知広達には何もツッコまなかった。


「紗月さんと親しいんですか?」と、知広が尋ねると、源田は大きく頷く。


「さっちゃんとは一緒に本を出しとるんよ」


「本?」


 知広が聞き返すと、源田は嬉しそうに教えてくれた。その本とは【瑞城町の地理と歴史】、【怪異談・西の巻】、そして【西国地方に伝わる怖い昔話】だった。


 …もしかして、図書室に置いていたのは宣伝の意図もあったのかな…


 廃墟キャンプ場やオカルトサイトの運営といい、何をとっても紗月は商魂たくましい。父親とタツミ建設がどうにかなっても、タフな紗月なら転んでもただでは起きない気がした。悠真も「さっちゃんスゲーわ。園長より、よっぽど経営向いてるんじゃね」と、ひどく感銘を受けた様子だった。

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