第33話 三つの失踪事件

 午前中、知広と朋也は勉強、大輝と悠真はそれぞれ好きなように過ごし、女子大生たちも二階の部屋でお喋りしたり、スマホをいじったりしていたらしい。

 ところが、食料を調達して戻ると言って出た夏目は、昼の十二時になっても戻って来なかった。紗月が安否を問うメッセージを入れていたが既読にならない。


「夏目さん、どうしたんだろう…」


 夏目がしっかりした大人で、誰よりも状況をよくわかっていたとはいえ、女性一人で行かせてしまったのは良くなかったのかもしれない。


 …殺人事件が関わっているかもしれない。もし、夏目さんの身に何かあったら…


 朋也も大輝も悠真も同じ気持ちらしく、緊張した面持ちで明と紗月を囲み、夏目からの連絡を待っている。


「あの…警察に連絡した方が…」


 知広が重い沈黙を破って口を開くと、朋也が即答した。


大知だいちさんにはもう知らせてる。地元の警察も別件で動いてた所だった。昨夜から夏目さんの足取りが掴めないって」


 朋也の話では、スマホの電源が切られていて、GPSが追えないそうだ。夏目の車は岩屋いわや西のショッピングモールで発見されている。駐車場の防犯カメラで車が入場した所までは映っていたが、店内のカメラに夏目は一度も映っていない。駐車場のカメラの死角になる所で拉致された可能性が高いという。


「え?大知だいちに言ったのか?」


 大輝がとがめるような声を上げた。【大知だいち】とは…確か、大輝の伯父で西和署の刑事だ。


「隠しててごめん。爺さんとの約束で大知さんには俺のスマホで位置情報を知らせてる」


「いつからだ?」


「最初から」


「ええっ!俺、ずっとスマホの電源切ってたのに意味なかったのか」


「黙ってて悪かった。お前を連れて行く条件が【常時、位置情報を知らせる】と【大知さんが関わっていることを誰にも言わない】ことだった」


 …そうか。朋也くんの【大人の知り合い】って、大輝くんの伯父さんだったのか。


 確かに合点がいく。廃校キャンプ場に無断欠席している中学生を宿泊させることを【管理者】の紗月に承諾させることの出来た人物。紗月が許可したのは、大輝の伯父が警察の人間であり、この一件の協力者だったからだ。もしかすると、日善ひよし中の先生らに目をつけられた【知広と朋也】が危害を加えられないようにかくまう目的もあったのかもしれない。


 【朋也】―【大知】―【夏目】―【紗月】

連絡ルートはそれぞれの間だけに限定していた。


 伯父の大知を通じて情報を得ていたから、夏目はあんなにもピッタリのタイミングで朱鳥神社を訪れることが出来た。夏目が『あなた達が接触しないようにせっかく私達がガードしてたのに全部裏目に出ちゃったわ』と言っていたのも、このことを指していたのだ。

 伯父は朋也に管理者の紗月と直接連絡を取らせなかった。紗月とも夏目を介して連絡を取り合っていた。おそらく、紗月の父親サイドに動きを勘付かれることを警戒していたのだろう。


 …僕達と紗月さんが接触することで浮上するのは、【赤い時計アイオーン】と【池田いけだ侑一朗ゆういちろう】の関係だ。


 返す返すも知広…朋也が紗月にメールして、じかに繋がってしまったことが悔やまれる。接触がバレてしまった相手は、おそらくは紗月の父親の【タツミ社長】だ。


 …それなら、タツミ社長が夏目さんを拉致したんじゃ…


「紗月さん、お父さんと連絡は取れますか?」


「今は無理よ。でも、夕ちゃんを捕まえたのはお父様じゃないの。お父様は今それどころじゃないから」


 タツミ建設は旧岩城中学校の改修工事及び周辺の土砂災害対策工事受注に関する贈賄容疑で家宅捜索を受けているところだという。


佐倉さくら刑事から教えてもらったことをヒントに、お母様や従兄の健介けんすけさんと一緒に贈賄の証拠を探したの」


 佐倉刑事とは逆玉の輿で婿入りして姓を変えた大輝の伯父の【大知だいち】のことで、従兄の【たつみ健介けんすけ】はタツミ社長の兄の子だった。タツミ社長とは確執があり、二次下請けの子会社に出向させられたが、二人の間に入って便宜を図った紗月の母親や紗月との関係は良好だったそうだ。


 …タツミ社長サイドじゃないとなると…日善中の奴らの方か?


 校長や教頭はともかく、浦川には何をしでかすかわからない怖さがある。夏目が酷い目にわされていたらと思うと気が気でない。


 …だけど、疑問が残る。


 紗月の話では、赤い時計アイオーンが池田侑一朗の物であることを知っていたのは【紗月】と【タツミ社長】、それと、盗んだ張本人の【浦川うらかわ】だけだ。伯父や夏目が紗月の話を鵜呑みにして、全てを信じたのは何故なぜなのだろう。夏目はともかく、刑事である伯父は女子大生の証言だけでは動いたりしないはずだ。それが最初から確信したように警戒し、知広達を監視し続けている。必ず、【赤い時計アイオーン】と【池田侑一朗】には明確な繋がりが存在する。


「大輝くん、もうスマホ使っていいよね?もう一度、伯父さんの時計職人の話の録音を聞きたいんだけど、借りてもいい?」


「いいぜ。ほらよ」


 大輝は位置情報を隠す必要のなくなったスマホの電源を入れると素早くロックを外して、知広に寄越よこしてきた。知広はスピーカーに変えてから録音を再生する。


 …あ。もしかして…


岩清水志津子イワキミズシズコ】。岩城いわき中と志都和しずわ市と瑞城みずき町と岩見いわみ町を全部混ぜたような妙な【仮名】。それに、改めて注意深く聞いてみると、いくつか気がついた事があった。


 ・連れ合いが十五年前に行方不明になり故郷に戻った


 →故郷に戻る前にいたのは?瑞城みずき町ではないのか?


 ・時計職人は、赤い時計アイオーンを『遺産の代わりに私達に譲る』と言っていた。


 →時計は身内に譲られていた。


 極めつけは時計職人の娘の証言だ。


 ・『父の友人が亡くなって五年後に父が亡くなり、それから五年、十年と。どちらも行方がわからないままなんです。それで五年前に、あの時計のせいじゃないかと思ったんです。ちゃんと時計を供養すれば、帰ってくるのではないかと。それで、紛失届を出すことにしました』


 →行方不明者は二人いる。一人は十五年前で、もう一人は五年前。娘は五年前に行方不明になった人物が時計を持っていたと思っている。


 …娘婿は【六十代くらい】。池田侑一朗は失踪当時【二十代後半】。二人ともが時計職人から時計を遺産として、譲られていてもおかしくない近しい身内…あぁ、わかった。


「明さん、池田侑一朗先生って、行方不明になった当時は何歳でしたか?」


 ダメ押しで明に確認する。


「28歳だよ。先生に何歳か聞いてみたことあったんだよね」


「池田侑一朗先生は自分のお父さんの話をされてたことはなかったですか?」


 続けて問うと、次の質問には紗月が答えた。


「侑一朗先生のお父さんも先生だったそうよ。岩城中で美術を教えていたんですって。確か、十五年前の土砂崩れの時に行方不明になってしまって探していると聞いたことがあったわ」


 …【赤い時計アイオーン】と【池田侑一朗】が繋がった。


 ――――池田侑一朗は岩出県の時計職人の【孫】だ。

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