第30話 不正と初恋
程なくして、夏目は「さっちゃんが心配だから、大学に直接迎えに行ってくる」と言って、山を下りた。【
夏目は去り際に妖しい魔性の笑みを浮かべて「神隠しに遭いたくなかったら、山を
夕方。
夏目はMAYと明を伴って、山小屋に戻って来た。
【さっちゃん】こと【MAY】は【
「山を開拓して、マンションだの何ちゃらリゾートだのゴルフ場だの作るって言ってるけど、こんな地盤の緩い土砂災害危険地帯にそんなもの作っても誰も来ないわよ。何で
紗月はツンとした狐のような雰囲気の美人だったが、父親には批判的で辛辣な悪口をのたまった。しかし、紗月が【岩城中】の管理者になれたのは社長である父親のおかげである。紗月は大学の【民話伝承系文学サークル】の活動拠点にするという理由で、父親にねだって、二年前に廃校を買い取らせていた。実際は廃墟キャンプ場を運営し、人探しの広報の手段として活用していたのだが。
「あなたが知広くん?メールを見て驚いたわ。誰が時計を持っているの?どうして、シリアルナンバーまで入手出来たの?」
この紗月という女子大生は今回の旅先で出会った人の中で、
「あいつら、不正は当たり前よ。多分、こっちでもやってたもの」
かくいう紗月も内申点水増しの恩恵を受けていた可能性のある生徒の一人らしい。不快そうな顔で「お父様は放っといても不動産所得が入ってくる
明は「でも、さっちゃんは全然知らなかったんだよね。それに、私やメイちゃんよりさっちゃんの方が頭良かったし、どこかでちょっとは勉強してたんだと思うよ。頭の中がお花畑だったのは否定しないけど」と、微妙な慰め方をした。
その後、紗月はポツリポツリと、担任の教師だった池田侑一朗を罠に
「お父様と先生達は私を利用して、侑一朗先生をハメたの。私も大馬鹿だったけど…後悔してもしきれないわ」
紗月は悔しそうな泣き出しそうな顔をしていた。
当時、【
「でも、結婚して他県に引っ越して、学校をやめちゃうって噂が出てたんだよね。私もショックだったー」
「そう。その噂を聞いて、居ても立っても居られなくなって。出来心だったのよね。お父様なんかに相談するんじゃなかった」
タツミ社長は学校の教師らと結託し、教室に隠しカメラを仕掛けて、紗月と池田侑一朗が二人きりになった所を撮影した。その時、紗月は父親の指示で先生の前で制服を脱ぎかけた。池田侑一朗が紗月の誘惑に落ちれば結婚は取りやめになるし、ならなくても撮影した画像で脅して、学校をやめないように交渉することが出来るだろうという話だった。
「その時ね、侑一朗先生は『やめなさい。服を着るんだ』って注意して、すぐに後ろを向いたのよ。
結局、池田侑一朗はその年に結婚することはなかった。そして、翌年三月の閉校後に行方不明になってしまった。
「お父様に撮っていた動画を私に渡すように言ったけど、はぐらかされて、どうしても手に入れることが出来なかった」
当時は大人の事情…しかも、自分の父親が悪事に加担しているとは思わず、紗月は全く気がつかなかった。気づいたのは高校二年生の時、たまたま見つけてしまった【学校裏サイト】で、内申点について、先生らによる不正行為が話題に上ったからだった。ほとんどは三年生の生徒だったが、不正に内申点を水増しされたらしい生徒の中には【巽紗月】も上げられていた。
その上、制服や物品販売の業者、運動場や校舎の補強や建て替え工事の業者の入札談合…事前に学校側と業者が話し合って、不正に落札価格や落札業者を決めているという犯罪行為も指摘されていた。
「あの先生達とお父様なら『絶対やってる』って思ったの。学校関連の工事って、何でもかんでも全部タツミ建設で請け負ってたし、娘の私を利用するくらいなら誰でも利用するわよ。サイッテー」
その時、ふと思いついたのが担任【池田侑一朗】のことだった。清く正しく…とても真面目で正義感の強い人柄だった。権力に屈さず不正を放っておかないような…
「あの破廉恥動画は別のことの脅しに使ったんじゃないかと思ったの。先生が不正を明るみに出すのを止めるためとか…」
しかし、犯罪の証拠はなく真相は薮の中だ。だけど、「あんな無茶苦茶な破廉恥動画で、あの芯の強い侑一朗先生が泣き寝入りするようにも思えなかった」と、紗月は言った。
「考えたくはないけど…侑一朗先生に何か大変なことが起きたんじゃないかと思ってるの」
紗月はそこまで話すと昏い顔で
…紗月さんは本当に強い。凄い。
「お父様は犯罪者かもしれない。でも、私は違う。私は侑一朗先生のようになりたいの。間違いは正すわ。誰が何と言っても。たとえ、お父様が捕まって会社が倒産しても。お母様もそれでいいって言ってくれた。お父様が罪を犯したならキッチリ償ってもらうわ」
紗月は顔を上げて、強い口調で言い放つ。いつの間にか紗月に寄り添っていた明と夏目が、紗月の頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。
「さっちゃんには私がいるから。何があってもずっと友達だよ」
「頼ってくれていいのよ、さっちゃん。困った時はお互い様なんだから」
紗月は「もぉ。髪がグチャグチャになったじゃない」と、文句を言いながら明と夏目と顔を見合わせて笑った。
「親と子は違いますか?」
そんな紗月に真剣な眼差しの朋也が問い掛ける。その問いに紗月は力強く答えた。
「全然違うわ。育ててもらって感謝はしてるけど、尊敬できるかどうかは別よ。私は私のなりたいと思う人になる。たとえ、親子の絆を失っても」
紗月の返事を聞いた朋也は嬉しそうに
…そうだよ。大丈夫。朋也くんはお父さんみたいな人にはならないよ。君は。君なら。
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