第五章:スピリティッド・アウェイ

第28話 トトロの姉妹

 …MAYは近くにいる。


 朋也のスマホを借り、気になった事を検索しながら、MAYのオカルトサイトの記事を全て閲覧した知広はそう結論づけた。記事を公開した順番に着目して、いろいろと気づいたことがある。

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 ニ年前:逢魔ヶ時と赤いコトリ


 一年前:赤子の霊が寄ってくる川


 六ヶ月前:死者の時計スペラ


 今日:山奥の廃神社


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 二年前、【逢魔ヶ時と赤いコトリ】の記事掲載後から、岩城中学校の廃校探索が動画サイトにアップされるようになった。

 廃校になったのは五年前だが、二年以上前の動画はない。それもそのはずで、岩城中が知る人ぞ知る廃校キャンプ場として再利用されるようになったのが二年前からだ。それ以降は定期的に二ヶ月に一本の割合で廃校探索が行われている。

 そして、屏風絵の存在は隠されているものの、あの屏風絵を思わせるテーマや関連したモチーフが頻出する。【死者の男】と【赤いコトリ】と【目】と【隠れんぼ】だ。

 MAYは廃校キャンプ場を利用して、訪れた者に屏風絵を見せ、内容を拡散させている。赤いフェニックスと行方不明の人物を匂わせ、反応を見て、情報を集める意図があるように思われた。


 一年前、【赤子の霊が寄ってくる川】の記事が掲載されたのは、MAYが最後にコメントしていたように『先日、廃校を訪れたYouTuberさんが、その後、小依川で水難事故に遭い、お二人が溺れて亡くなっていた』という事があったからだと思われる。

 調べてみると、実際に他県から遊びに来ていた大学生二人が小依川で溺死するという事故が起こっていた。図書室に本を並べ、付箋を貼って注意喚起していたのも、このことと関係がありそうだ。


 六ヶ月前、【死者の時計スペラ】を書いたのは、同じ【PATRICK PHELPS】のアイオーンを入手した藤河くりすが亡くなったことが話題になったので、そこに乗っかったのではないかと推測できる。

【青い】時計の話をしていたのに、最後に【赤い】時計について触れ、『もし、赤いパトリック・フェルプスをご存知の方で気になることがあったら、MAYにご一報下さいね』とコメントしていたのは誤字ではなかった。これはMAYが広報する目的で書いたメッセージだ。この時計の記事自体が赤い時計アイオーンの情報を得るために書かれたものなら、全てがに落ちる。


 そして、今回、【山奥の廃神社】が書かれた理由は、小依川の時と同じで、建物の倒壊と山の崩落の危険を知らせる注意喚起のためだと思われる。これを書いたのは、今日、知広達が不用意に朱鳥神社を訪れたからだ。


 …赤い時計アイオーンを探している。オカルトサイトや岩城中の廃校探索動画で噂を作り出し、広報している。そのくせ、訪問者の安全を気にしている。


【MAY】は危険な人物ではなさそうだ。

 そして、こんな風に巧みに廃校キャンプ場を利用できるのは管理者サイドの人間だけだ。

 しかし、朱鳥神社については、知広達が訪れることをどうやって知ったのだろうか?


 …朱鳥神社に現れた夏目さんがMAY?


 夏目が管理者サイドの人間であることは間違いない。夏目は朋也に『管理のお手伝いをしているといったところ』と言っていた。確かに夏目の言動は管理者本人というよりは、管理者と通じていて、管理者に協力しているように見える。

 それに、夏目が知広達と朱鳥神社で会ってから今までに、オカルトサイトに載せる記事を執筆している暇はない。知広達と行動を共にするか、車を運転していた。知広達が朱鳥神社に行ったのは、悠真がすぐに帰るのをゴネたから朋也が計画したからで、たまたま偶然だ。どこに立ち寄るかわからないのに記事を前もって用意することはできない。調べることが必要なあの記事を十分じゅっぷんやそこらで書き上げるのは、いくら何でも不可能だと思われた。夏目はMAYではない。


 ここで一つの疑問が残る。

【なぜ、夏目は朱鳥神社を訪れたのだろう?】

 このことは朱鳥神社で夏目と話していた朋也が何か知っているようだった。後で確認してみよう。


 …あきらさんも【管理者】を知っている可能性が高い。明さんが【MAY】?


 明は【メイ】と読める。でも、明は喋り過ぎて夏目に注意されていた。用心深く隠れながら、いろいろな情報を織り交ぜてオカルトサイトの記事を書くような印象ではない。そして、明の話していた【メイちゃん】は、おそらく2-4の【Meiko】だ。知広の追っている【メイ】は【MAY】であって、【Mei】ではない。【Meiメイちゃん】の青嶺学園大学青学は東都にあるので、この地の出来事を把握し、素早く対応するには遠すぎる。


 …わかった。【MAY】の正体。


 明がうっかり口にした2-4の三人の【メイ】の最後の一人。これが大きなヒントになった。


「朋也くん。僕、【MAY】がわかったと思う。たぶん、廃校キャンプ場の管理者は【MAY】だ。彼女はきっと、時計のこともポロシャツ先生のことも知っている。それに訪れた人が危ない目に遭わないように気を配るような人だ。夏目さんと明さんは彼女の秘密を守ろうとしていた。きっと悪い人じゃないよ」


 知広が朋也に告げると、朋也はとても驚いたようで、不思議そうに目をしばたたかせて知広を見た。


「誰?何でわかったんだ?」


 知広は思いついた人物とそれを裏付ける理由を朋也に伝えた後、朋也に一つ質問する。知広は朋也に聞きたいことがあった。


「何で夏目さんは僕達の前に現れたの?管理者に頼まれたんだよね?何で?」


「それは俺が管理者に『絵のことについて聞きたい』って、知り合いを通じて問い合わせたからだ。【絵】の存在をSNSのメッセージで誰かに伝えたり、非公開や鍵付きでもネット上に書き込まないように厳重注意されて、破った場合のペナルティーについて改めて説明を受けた。今回は直接やりとり出来ない事情があるから見逃してくれたけど、結構な金額を請求される所だった」


「そっか。この廃校キャンプ場の手続きしてくれたのは、大人の知り合いだって言ってたね。あのさ、知り合いって、誰?これだけガチガチに秘密にしてる管理者と交渉できる関係なんだよね。しかもズル休みしてる中学生の宿泊を了承させるのは…」


「ごめん。その質問には答えられない。誰にもバラさないことが条件だから」


 そう言った後、朋也は輝くばかりの笑顔を見せた。今まで見た中で一番の手放しの笑顔だった。知広は思わず見惚みとれてしまう。


「知広は凄い。本当に凄い。俺もMAYの正体が知りたくてワクワクしてる。今から連絡とってみようぜ。メッセージは何て入れたらいい?」


 …僕が凄い?


 興奮しているらしい朋也は日に透けて金色に輝く瞳に熱っぽい光を浮かべて知広を見ていた。朋也は知広を【凄い】と言った。朋也が知広を認めてくれた。両親にすら価値がないと見捨てられ、放っておかれて見向きもされない…そんな僕を。急に胸が熱くなってきた。心臓がドキドキする。嬉しいような恥ずかしいような感じがたまらなくこそばゆい。


 …MAYも気になるけど、僕は【知り合い】の正体も気になる。でも、朋也くんにはかなわないよ。


 かされた知広は、スマホを手にして待っている朋也にMAYに宛てたメッセージを伝える。


『岩城中2-4のサツキさん。当方は赤いフェニックスを持つ人物を知っています。証拠はシリアルナンバーです。こちらも隠れんぼの先生についてお聞きしたいです。連絡お待ちしています』


 ―――――三人の【メイ】。


Meikoメイコ】と【Akira】と【Satsuki皐月】。


 …サツキとメイ。ジブリ映画【となりのトトロ】の姉妹。皐月サツキは五月の旧暦名。五月は英語でMAYメイ


 ―――――サツキSatukiメイМAYだ。

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