第27話 監視する目

 昼食を食べ終わり、昼食代を払おうとする朋也と「素人の手料理にも親切でやった行為にも値段なんかつかない」という明がめにめているのを、どうしたものかと眺めていると、いつの間にか夏目が知広のそばに来ていた。


「あなた達、学校があるから帰らなきゃいけないのよね?いつから欠席しているの?」


「一昨日からです。二日間ズル休みしてしまいました。でも、休むことは保護者には伝えています。伝えても何の返事もなかった親もいますが。大輝だけは…ちょっとわかりません」


「大輝…あぁ、さ…畑中はたけなか大輝だいきくん。あなた達どうしても今日帰らなきゃいけない?」


「そんなことはないと思います。欠席は二日と三日なら大して変わらないし、不登校は長期化せずに登校を再開できるか、何度も繰り返さないかの問題だと思っています。義務教育までなら学校に行かなくても卒業できますし。ただ、受験生の僕らには内申点のことがあるので。でも、一度無断欠席してしまったら、二日も三日も大して変わらないかな」


「でも、朋也くんは帰ることにこだわっているわよね?どうして?」


「朋也くんはお爺さんをショートステイで預かってもらっているんです。それと、僕達には今日泊まる所がありません。朋也くんは安全とはいえない野宿や不法侵入を僕達にさせたくないみたいです。でも、この国には保護者の許可なく勝手に宿泊できる施設はないので」


 知広が答えると、夏目は目を丸くして知広を見つめていた。


「よくみているのね」


「はい。朋也くんは放課後はお爺さんの介護をしているんです。ちゃんとみています。凄いことだと思います」


「あなたのことよ」


「僕…?」


 夏目は「そう」と肯定したが、知広にはピンとこなかった。


 …何のことを言っているのだろう?


「実はね…ある人があなた達は帰らない方がいいと言うの」


「岩城中の管理者さん、ですか?それなら、僕達もお聞きしたいことがあるんです」


「ごめんなさい。何も教えられないわ」


「ある人って、誰ですか?」


「言えないの。お互いの身の安全を守るために」


 夏目はがんとして話す気がないようだった。


「管理者さんに会えますか?」


「どうかしら。会わない方がいいかもしれない」


 夏目は難しい顔で知広を見て言った


「宿泊場所は提供できます。岩城中でもいいし、私の借りてるアトリエでもいいし。もうしばらくの滞在…今週末をこちらで過ごすのに保護者の了承は得られる?きっと心配しているわよね?」


「朋也くんと相談します」


 知広が告げると、夏目は「そうしてくれる?」と、ほっとしたように微笑んだ。


 結局、豚丼のお礼の件は、朋也を含む将来いい男になりそうな少年四人を明がスマホで撮影するということで決着がついたらしい。だだっ広い庭で撮影している時に、明のうちで放し飼いになっている鶏たちが「コッコ、コッコ」と集まってきて、そのうちの一羽が朋也の前で卵を産んだ。その時の「朋也、責任とれよ。お前の子だって言ってるぜ」という悠真の変なジョークが妙にウケて、全員が大爆笑していた所を明は見逃さずに撮影していた。


「どう?」


 明が見せてくれたその写真は本当によく撮れていた。カメラ目線ではなかったが、活き活きしていて楽しそうな一瞬を見事に切り取っていた。


 …みんな笑ってる。いい顔だな。


「朋也笑ってんじゃん、珍しー」


「明ちゃん、これ、俺にも送って」


「りょ」


 悠真とコミュニケーションアプリのアカウントを交換していたらしい明は、その場で悠真に撮った画像を送信し、悠真はその画像を朋也と大輝に転送した。知広も欲しかったが、知広にスマホはなかった。知広はこの時ほど、自分がスマホを持っていないことを残念に思ったことはなかった。


 その後、夏目の提案を朋也に切り出すと、朋也はあっさりと了承した。「俺も知広が今帰るのは危ないと思ってたんだ」と言った。朋也にとって、その提案は渡りに船だったらしい。知広については、帰ってからも自宅に戻らずに、悠真のうちに匿ってもらうように言うつもりだったそうだ。

「爺さんのことを相談するから、ちょっと返事を待ってくれ」と言った朋也は、少し離れた場所に移動し、電話を掛けていた。


 それにしても、気になるのは管理者のことだ。

 屏風絵の赤いフェニックスは絶対に【アイオーンの時計】を示している。では、いったい何の目的で、誰に向けたメッセージなのか?


 …まさか、時計の持ち主で、時計を探している?


 あの時計の最初の持ち主の時計職人は死んでいるし、紛失届けを出した職人の娘は遠い東北の岩出いわで県在住だ。いくら何でも場所が離れ過ぎているし、関係が繋がらない。


 …夫が行方不明だと言っていたけど。


 屏風絵のポロシャツの男のモデルと思われる【池田いけだ侑一朗ゆういちろう】は当時28歳の独身で、五年後の今は33歳。行方不明は共通するが、失踪した年も年齢も一致しない。何より、時計との関係が見えてこない。


 …でも、何かが引っ掛かる。


 もう一つ気になるのは【メイ】のことだ。

 岩城中の2-4のチョークアートで見た夏目あきらの同級生の一人の【Meiko】がミス青学の【メイちゃん】で【メイ】なのか。


 …いや、その【メイ】じゃない。


 もっと前から知っていた。見ていた。聞いていた。どこかおどろおどろしい印象の【メイ】。


 …オカルトの…メイ…?


 知広は思い出した。あの【メイ】は都市伝説の【MAY】だ。しかも【PATRICKパトリック PHELPSフェルプス】の時計について言及していた。【赤いフェニックス】ではなく、【青い薔薇】だったけれど、同じブランドの時計で、亡くなった藤河くりすについても触れていた。最後に何か気になるメッセージを残していたような気がする。


 …違和感があったんだ。あの時。


 知広が一人で悶々と脳内をフル稼働させていると、ちょうど電話が終わったらしい朋也が、こちらに向かって歩いて来ていた。


「知広。今週末は夏目さんにお世話になろう。爺さんは知り合いが金に物を言わせて何とかしてくれることになったから大丈夫だ」


 …持つべきものは金持ちの知り合いか。


 知広の両親は共にかなりの金持ちだ。特に東都とうとにある父方の実家は由緒正しい名家で旧家らしいが、あまりいい印象はない。人を利用し、簡単に使い捨てる。血を分けた我が子でも失敗作なららないのかもしれない。しかし、親切な金持ちというのも世の中のどこかには存在するのだろう。知広の家がそうではなかっただけで。


「あのさ、オカルトサイト見せてもらえないかな?」


 知広がさっき思いついた【メイ】について確認しようとすると、朋也は急な頼みにちょっと驚いたようだったが「それって、MAYのオカルトサイトだろ?」と言った。


「【時計】も【赤いコトリ】も【小依こより川】も、あまりにも詳し過ぎて、行く先々のことが一致してるもんだから気味悪くてさ。ライターの【MAY】の連絡先に『岩城中の関係者ですか?』って、メッセージ入れてみたんだけど『情報を下さい』としか返事が来なくて…」


「え?ちょっと待って。【赤いコトリ】と【小依川】って、何のこと?」


「あ、そうか。知広はスマホ持ってないから見てなかったのか。ごめん」


 朋也はスマホを取り出すと、その場で操作し、サイトを画面に表示させてくれた。しかし、途中で手が止まり、動揺したような声を漏らした。


「え?これ…今日アップされてるのって…」


 朋也が狼狽うろたえた顔で画面を凝視していた。


「どうしたの?」


 スマホの画面を覗き込んだ知広も心臓をギュッと鷲掴みにされたような気持ちになった。人ではない何か恐ろしいモノに見張られているような気がしてくる。


 …何だ、これ…


 ―――――【都市伝説】山奥の廃神社。


【MAYのオカルトサイト】に、今日の日付で新たに載せられていた記事は、先程行ったばかりの【朱鳥神社】について書かれたものだった。

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