第四章:アーバン・レジェンド

第21話 火鳥と蛇落

 翌朝、知広はまぶしい朝の光に満ちあふれる体育館で目覚めた。昨夜は中央付近で十字に寝ていたはずだったが、最初に寝ていたランタンの近くにいたのは知広だけだった。大輝は10mくらい移動した先で大の字になっていた。悠真は明け方近くに朋也に攻めこんだらしい。苦悶の表情を浮かべる朋也の腹の上には悠真の片足が乗っていた。


 …みんなが起きるまで、数学の問題でも解いておこうかな。


 リュックから筆記用具とノートと問題集を出して、広げる。それにしても、まだ朝の7時だというのに、照りつける日差しがきつい。今日もかなり暑くなりそうだな、と思う。


 …カーテン、ちょっとだけ閉めよう。ついでに、朋也くんに乗ってる足を退けてあげよう。


 知広は立ち上がりかけて、やっと思い出した。


「あっ!」


 昨日思い出せなかった素朴な疑問。


 …どうして、体育館にだけカーテンがついているのだろう?


 この廃校の他の部屋…保健室も教室も、本を置いていた図書室ですらも、どこにもカーテンはついていない。職員室と給食室、調理室を確認すれば、さらにハッキリする。たぶん、職員室にはない。給食室と調理室にはあるかもしれない。カーテンを使用する目的は【視線を遮り、見られないようにする】ため。もしかすると、紫外線による劣化ダメージを軽減するような使用目的も含まれているのかもしれない。


 …この体育館は【何か】を隠している。


「朋也くん、起きて。僕、わかったかも」


 知広は朋也を起こすために傍に寄り、声を掛けた。


「…早いな、知広」


 腹に乗っていた悠真の足を迷惑そうに横に押しやり、まだ眠そうな顔でうーんと伸びをして起きてきた朋也に、先程思いついたことを伝える。聞いた途端、朋也の瞳が鋭い光を帯びた。


 カーテンは体育館にしかない。

 閉めたままのカーテンは一つ。


緞帳どんちょうか?」


「そう。あの後ろに何かあると思う。じゃなきゃ、カーテンをここにだけ残しておく理由がわからない」


 あの重く分厚い生地は何かを隠すのにうってつけだ。すぐに確認するかと思いきや、朋也は考え込むような顔をして、腕を組んでいる。


「…確かにそうだな。朝飯食ってから全員で確認しようか」


「うん」


 知広は朋也の提案に賛成し、皆が起きるまで問題集の続きに取り掛かる。それを見た朋也も「尊敬に値するわ。知広が何で頭いいのかわかった」と言って、知広の隣で自分も問題集を広げ、勉強をし始めた。


 八時前になって、全員起きたので昨日、朝食用に買い込んでいた菓子パンや惣菜パンを分け合って食べることになった。各自で買っていた500mlの飲み物は昨夜飲み干してしまっていたので、共用として買っておいた2Lペットボトルの麦茶を紙コップに分けて配った。水道の水は出るには出るが、ここが廃校であることを思うと、飲用として口をつける気にはなれなかった。大輝は朝食として、惣菜パン二個、菓子パン三個、食パン五枚切り一袋を食べた後、「パンは消化が早いからすぐお腹が減るんだよな。もう少し買っておけば良かったぜ」と、しきりに後悔していた。


 朝食後、全員が揃った所で舞台袖の階段から舞台に上がる。重厚感のある緞帳どんちょうの前に立つと、知広は緊張してドキドキしてきた。


 …鬼が出るかじゃが出るか…


 電気が通っていないので緞帳は自動開閉しない。大輝と悠真が分厚い臙脂えんじ色の巨大なカーテンを引っ掴み、左右に引いていく…


「アッ」


 現れたモノを見た瞬間、全身の血管という血管の血が凍りついた気がした。冷たい氷の川に突き落とされたかのように動けなくなる。


 …本能が恐れる。濃ゆくくらい死の気配。


 ――――――屏風絵が二点。


 向かって左側に配置されたのは【赤】の絵。

 禍々しい燃えるような夕焼け。

 隠れるように木を背にして立つ若い男。

 おそれなのか哀しみなのか、叫ぶように大きく口を開け、両手で目を覆っている。

 薄汚れた白いポロシャツにスラックス。

 くすんで生気のない青白い肌。

 裸足の足先は溶けるように薄く透けていた。


 …隠れんぼする…死者…?


 背後には緋色のリングの中で翼を広げる炎の妖鳥。

 木の陰に隠れている男のことなど、すでにお見通しなのだろう。

 無慈悲で恐ろしげな黄金の瞳は、木を透かし、男を無感情に見つめる。

 鋭く尖ったくちばしは上下に開き、威嚇いかくするかのように開いていた。


「これは…」


 ―――――あの時計アイオーンの緋色の不死鳥だ。


 屏風絵の右の下には【昳】の文字。

 その下の朱の落款は【目】。

 足元に小さな横書きのプレートが置かれている。

 そこに書かれていたのは…


【コトリコドロコトリゾ】

 タイトル『火鳥図屏風(フェニックス)』


 屏風絵は右側にもあった。

 知広は全身に湧き上がる戦慄と戦いながらも、次の絵を見ずにはいられなかった。


 雨にけぶる岩城中学校の廃校舎。

 周囲を濁流に囲まれ、孤立している。

 二階の…2-4にあたる教室の窓に人影が一つ。

 墨色の頭巾の不気味な男が張り付いている。


 男の眼窩はカラ

 空いた穴の奥は虚無の闇。


 手前の濁った土石流に虚ろな視線の眼球が二つ。浮いているのか、沈みかけているのか。


 並んで流されていく…


 全体が薄墨をいたように薄暗い。

 影のようにふっと消え入りそうな印象だった。

 こちらも絵の右下に【昳】の文字と【目】という落款が押されていた。

 絵の下にプレートが置いてあるのも同様だった。


【見えない】

 タイトル『蛇落図屏風』


 そして、二つの屏風絵の間、やや手前に立て札がある。

 ―――――――――――――――――――――


 ※防犯カメラ作動中。


 撮影禁止。作品にお手を触れない下さい。


 無断で撮影及び破損等が生じた場合には、事前にお伝えしていた通り、損害賠償費用を請求致します。


 この【絵】について、口外しないで下さい。

 絵の【内容】については、ご自由にご拡散下さい。


―――――――――――――――――――――


 隣に立つ朋也は言葉を失った様子でたたずんでいた。

 大輝も悠真も顔を強張こわばらせて固まっている。

 無理もない。それは知広も同じだった。


 身の毛がよだつ…まさに、そんな絵だった。

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