第19話 冒険者たちの夜

 体育館の中でランタンをつけると、ほの明るいオレンジの光が周囲をぼんやりと照らし出す。非日常で幻想的な光景に、まるで、野宿をする冒険者のようなワクワクした気分になった。

 昨日と同じく、山は夜になると涼しいくらいで、心配していた虫も思ったより少ない。蚊は全く見かけなかった。もしかすると、施設側が薬剤散布してくれているのかもしれない。


 その晩、どういうフォーメーションで寝るか、誰が誰の隣で寝るかはかなりめたが、頭側を中心に十字の形で寝ることで落ち着いた。バスタオルを敷いただけの床は固かったが、誰も文句を言わなかった。そして、知広を含めて、全員が全く眠気を感じていなかった。

 四人の中央にランタン二つを置いて、腹這い、横向き、各々おのおのの好きな格好で寝そべる。


「なぁ、朋也。明日はどこ探すんだ?まさか、職員室から死体が出て来るってことはないよな?」


 悠真が頬杖をつきながら朋也に問う。朋也はきっぱりと否定した。


「死体はない。もしあったら宿泊施設として再利用してない」


 校舎の中で見ていないのは、鍵の掛かっていた【給食室】、【調理室】と【職員室】だけだ。しかし、ここが廃校キャンプ場で、飯盒炊爨やBBQが出来ることをかんがみると、給食室と調理室には調理道具が置かれていると考えるのが妥当だ。


 …職員室で探せるのは校長、教頭、浦川の繋がり。それから、資料が残っていれば当時の岩城中の状況はわかるかもしれない。不可解な自殺か事故死した職員か生徒が見つかれば上々。


 それにしても、この廃校には不思議なことが多すぎる。


「朋也くん、僕、廃墟動画見てないから教えて欲しいんだけど、理科室と美術室と音楽室があったって、ホント?」


「あぁ。理科室のは死体が目玉を探しに来る設定だったと思う」


 理科室には、骨格標本と色のげた人体模型が置いてあり、白くふやけたホルマリン漬けの眼球や蛇や鼠もおどろおどろしい雰囲気を演出していたという。音楽室の壁には少しずつ表情の違う薄気味悪いモーツァルトの絵がズラッと並んでおり、床には壊れた楽器や血のついた楽譜が散乱していたらしい。美術室では白い石膏像が血の涙を流し、モナリザに似た不気味に微笑む描きかけの女性の絵が、夜になると骸骨のように肉が削げ落ちた死人しびとに変わり、それが青白くぼんやりと浮かび上がって…


 朋也の話は所謂いわゆる学校の怪談みたいで怖かった。悠真と大輝は息を詰めて聞き入っている。【幽霊の正体見たり枯れ尾花】とはよく言ったものだ。知広も事実を知るまではわけもなく何もかもに怯えていた。しかし、ここがオカルトを売りにした商業施設だとわかった今は、怖さよりも興味深いとか面白いという感覚が勝ってしまう。そして、知広にはる疑問が生じていた。


「あのさ」


「どうした?」


「音楽室にピアノはないの?」


「ピアノはなかった…そうか!」


 朋也は声を出し、ハッと気づいたように真正面に位置していた知広の顔を見た。朋也に反応するかのようにオレンジの光がチラチラと揺らめく。


「うん。【音楽室で勝手に鳴るピアノ】は定番なのにないんだよね?今聞いた感じだと、持ち運び出来そうな物しか出て来てなさそう。会議室は空いてたし、そこを特別教室の何かにすることは出来るんじゃない?それこそ【オプション】ってヤツかな?」


「たぶん、そうだと思う」


 この廃校キャンプ場の予約は簡単便利なネット予約、電話予約は受け付けていない。知る人ぞ知るルートで限られた利用者しか受けない。利用規約もややこしいらしいし、高額な罰金が発生する事柄もある。そして、未成年の朋也が勝手に予約出来るはずもなく、朋也は祖父経由で知り合いに頼んで予約してもらったらしい。【運動場での花火】以外、ホラーオプション等は利用しなかったので、朋也は「詳しいことはわからない」と言った。


「でも、そうなると変なんだよね」


「何が?」と、右隣にいる悠真が聞いてきた。


「五年前までは普通に学校として使われていたのに、理科室や音楽室がないってことはないよね?そう言えば、技術室も視聴覚室もない。特別教室がなかったら、中学校の教育カリキュラムが全部こなせないよ」


「あー、確かに。じゃ、どうしてたんだ?」と、大輝が口を挟む。


「プレハブの仮設校舎でも建ってたんじゃない?あれなら建てるのも撤去も簡単だし、それこそ他所よそで使い回せるよね?」


 知広が思いついたことを話すと、三人とも納得したようで「スゲーわ。そうとしか考えられねぇ」と、頷いた。


 …耐震工事でもしてたのかな…


 理由が引っ掛かるが、それについての手掛かりは皆目見当がつかなかった。


「あと、この学校でアレ?って思ったことがあったんだけど、今、思い出せなくて…みんな、何か気がついたことってない?」


 知広が尋ねると、朋也が「図書室の昔話の本の【川赤子の怪】の所にわざわざ付箋が貼ってあったんだ。偶然にしてもドンピシャな話で、誰かが川で俺達を見ていたのかと思って驚いた」


「でも、あれはここの施設の人が、不特定多数のお客さんに向けた注意喚起だと思う。あの川は朋也くんが言うように凄く危なくて事故が多いんだよ、きっと。僕が見た観光ガイドブックには、小依こより川と土砂災害警戒区域の所に付箋があった…あ、そっか」


 …もしかすると、仮設校舎が建っていた理由って…


 そのことは明日、職員室に資料が残っていれば、ハッキリするのかもしれない。でも、知広が思い出せなくて気になっているのは、そのことではなかった。もっと素朴な疑問で、何でだろう?と思った他愛のないこと。

 結局、知広には思い出すことが出来なかった。


 その後、腹を空かせて騒ぎ出した大輝は菓子パンを三つも食べた上にスナック菓子まで開けて食べた。悠真は一人でトイレに行けないと言い出し、全員揃って職員室横のトイレまで連れションしに行かされた。終いに眠くなった朋也が不機嫌になって「お前ら、いい加減に寝ろ!」と怒り出し…と、いろいろなことが起こりながら、夜は更けていった。知広はいつの間にか眠ってしまっていた。


 ――――夢の中で、巨大なスカートが揺れていた。


 長くて、重そうな、暗い赤色の。

 どこかで見た。何度も目にした。


 …そう。カーテンみたいな。舞台幕のような。

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